57.お呼び出し
「レーンクヴィスト小伯爵夫人、クラリス様でございますね。ソフィア殿下がお話をしたいとお呼びです。御足労願います」
王宮侍女の言葉に、とうとう来るべき時が来たのかと覚悟を決める。今日会ったらどんな話をしようと思っていたけど、向こうから来たわね。
――ルートヴィヒといつ別れてくれる? あの人を愛しているの。
潤んだ瞳でそんな風に切々と訴えられるのかな……。来年、白い結婚が成立するからそれまでもう少しだけお待ちくださいねって言ってみよう。その方が婚姻抹消で世間の目も和らぐし、体の関係がなかったと知ったら喜ぶはずだわ、きっと。
……だけど、胸がちくちくと痛む。
ここ最近、中途半端にルートヴィヒ様が優しかったせいだ。諦めよう、この想いを終わらせようと思っているのに本当に質が悪い。今になって愛妻家のごとく振る舞われたら、心が追いつかなくて当然だと思う。
侍女の申し出にカサンドラとジャックは訝し気だ。二人は顔を見合わせるとカサンドラが尋ねた。
「侍女の方。ソフィアはどこに? クラリス様をお守りするよう言われているので私たちもついていきますよ?」
「ええ。構いません」
カサンドラはひそひそと私に耳打ちをした。
「どうする? 会いたくなければ断ってもいいのよ?」
「え?」
いやいやいや、ダメでしょう。ソフィア王女は魔獣騎士団の一員とはいえ王族だもの。来いと言うのなら従わないと。引きこもり奥様だったとはいえ、一応私も貴族の端くれですもの。
「大丈夫、行くわ」
「……わかった。おそらく、ソフィアはルートヴィヒとの噂の件を謝罪したいんだと思う。話をするいい機会かもね」
「……」
うん、まあ、二人は隠したかったかもしれないけど、美男美女で目立っちゃうからバレるのも仕方がなかったよね。「大々的に噂が流れると思っていなくてごめんなさい」って言われるのかしら。
頭の中でいじわるなクラリスが自虐する。
――王女様の人気が高すぎた結果、客観的には不貞行為なのに美化されているんだから本当にすごいわよね。それもこれも、あんたの人徳がなさすぎて、誰もかばってくれなかったせいよ。
くっ……否定できないわ。そこへ、冷静なクラリスが現れた。
――おやめなさいな。そもそも見せかけの妻だったくせに、愛されたいと思ったクラリスが悪いんだから。身の程知らずもいいところよ。
いや、こういう時って片方はポジティブな意見を言うべきじゃ……。
「はぁ……」
まあ、これから王女様に会っても、きっと楽しい時間にはならないだろうっていうことね。果たして、王女様から謝られるのか、それとも早く別れてくれと言われるのか――。
別れるから安心してくださいねって先に言ってもいいんだけど。なんて思いながら侍女の後へ続く。……ルートヴィヒ様にもあなたの恋人に呼ばれたから、お話し合いしてくるわね、って伝えた方がいいかしら。
ホールを見渡してみたものの、彼の姿はなく。私はジャックとカサンドラを連れ、大ホールを後にした。
侍女に導かれるまま長い回廊を進むと徐々に人影が減っていく。
広間の喧騒がいつしか聞こえなくなりしばらくすると、視界の先に護衛が両脇に立つ重厚な扉が見えてきた。
「ここから先は王族のプライベート空間となります。護衛の方はこちらでお待ちください」
「いいえ、それでは護衛の意味がありません。私たちはクラリスから離れませんよ」
「この先は近衛騎士、もしくは許可証を持つ騎士しか入れません」
「はぁあ? 呼びつけといて護衛は入室させないだなんて、ずいぶん傲慢じゃない」
ちょ、ちょっとカサンドラ……。
折れそうもない侍女と譲らなそうなカサンドラは一触即発の雰囲気だ。……仕方がない。さっさと終わらせたいし。
「あの、カサンドラ、ジャックさん。王女様とささっと話して帰ってきますから、ここで待っていてもらえますか?」
「クラリス、だめよ。一人で出歩いて危険な目にでも遭ったら……」
「王宮内なのに、大丈夫ですよ」
「いいえ。必ず護衛をつけないと。私たちがルートヴィヒに殺されるからやめて」
「えぇ……?」
いや、ルートヴィヒ様はそんなタイプの人じゃないでしょう。口数が少ないし、部下のこともあまり叱ったりしなさそう……ではないの? コワモテジャックさんが震えて……?
「……」
なかなか譲らない私たちに、侍女はしびれを切らした様子。イラつきが滲む声で提案してきた。
「はぁ……では、ここから先は近衛騎士をつけるということでいかがですか? 王族を警護する腕利きの精鋭たちですから、ご心配には及ばないかと」
バチバチの侍女とカサンドラだったけど、カサンドラが私の方をちらりと見た。うん、それならいいんじゃない?
カサンドラはしぶしぶと言った感じだったけど、二人は扉の前で待っていてくれることに。ようやくか、といわんばかりに侍女が目を細めた。
「では、まいりましょう」
「は、はい。カサンドラ、ジャックさん、また後で」
開かれた重厚な扉の奥へ、侍女へ続いて足を踏み入れる。数歩進んだところで、背後から重い扉が閉められた音がした。
うわぁ、初めて王族のプライベート空間へ足を踏み入れる……! 最初で最後の体験になるだろうな、とふかふかの絨毯が敷き詰められた廊下を踏みしめる。
耳鳴りがしそうな静寂の中、侍女、私に続いて後ろを歩く近衛騎士が二人。
長い廊下を歩きながら、そろそろ着くのかな~なんてのんきに思っていたら、後ろからハンカチで口を押えられ、「あれ?」と思った時には意識が遠のいていた。




