54.お飾り妻を手放したくない?
「うふふ。ご自宅でお会いするなんて不思議な感じがするわね、クララ……いえ、クラリス」
「カ、カサンドラ?」
あれから三日後。ルートヴィヒ様が屋敷に連れて来たのは、第一魔獣騎士団団員のカサンドラとデザイナー軍団だった。
カサンドラは紫紺のロングの髪を姫カットにした可愛らしいご令嬢だ。柔らかくも上品な言葉遣いから察するに、高位貴族のご令嬢だと思っていたのだけど。
彼女は頬を薔薇色に染めながら、私の両手を取った。
「クラリスを着飾って来月の式典に出させたいってルートヴィヒから聞いて、喜んで承諾したのよ。うちにはドレスを扱う商家があるの。一番のデザイナーを連れて来たから、あなたにぴったりなドレスを作らせてもらうわね!」
「あ、……ありがとうございます」
「さあ、今からは男子禁制です。ルートヴィヒと護衛たちは出て行ってちょうだい」
「は?」と目を見開いたルートヴィヒ様が急にごねだす。
「カサンドラ、何言ってるんだ。夫婦で揃いの衣装を初めて作る記念すべき日になるというのに、夫がいなくてどうする?」
「結婚して二年も経つのにようやくだなんて、ポンコツ過ぎ……」
カサンドラのつぶやきをうっかり耳が拾ってしまう。口元がぴくぴくしてしまった私とは対照的に、カサンドラはしれっとルートヴィヒ様の退出を促した。
「下着姿に何度もなっていただきますし、クラリスもルートヴィヒにずっといられては恥ずかしいかと……」
「あっ、うっ、そ、そうか。気が利かなかった……! そ、それじゃあ、いくつか候補を絞ったら呼んでもらえるだろうか」
「もちろんです」とにっこり笑い、ルートヴィヒを追い出してしまったカサンドラ。くるっと振り向くと私ににっこりと微笑んだ。
「ふふっ。衝立があるからあなたに恥ずかしい思いなんてさせないわ、安心してね。ルートヴィヒがいたら話しにくいもの。女子トークをしながら、楽しくドレスを選びましょう」
ぱちっとウィンクをする姿が色っぽい。は~、さすが第一魔獣騎士団団員。団長のフェロモンを伝承しているわね……!
「あなたはドラゴンたちがかわいがる末っ子ドラちゃんのお世話係。みんなのアイドル、ドラちゃんが大好きなクララ、もといクラリスはもはや第一魔獣騎士団の寵児と言って過言ではないわ。そのクラリスにした仕打ち、思い知らせてやりましょうね」
「そんな、思い知らせるだなんて……」
誰に何を思い知らせていいのかもわからなくて、カサンドラの言葉に困惑してしまう。
「大まかに事情は聴いたわ。噂が流れるような言動をとったあの二人が悪いし、噂を流した周りにも責任があります。どちらにしても、あなたに非はないわ」
「そうですよ、クラリス様。もっと堂々と胸を張るべきです」とはカヤだ。
「堂々と」
以前の内気なクラリスでは難しかったけど、前世の記憶が戻った今なら大丈夫な気がする。
……うん。パーティーには胸を張って出よう。
「そうですね。……私は何一つやましいことなんてしていないもの」
「そのとおり」
「離縁してもふもふカフェを軌道に乗せるためにも、悪女クラリスの噂を一蹴しておきたいし」
「り、離縁……?」とカサンドラは目を見開いたが、ため息をつくと小首をかしげた。
「ねえ、クラリス。ルートヴィヒとソフィアは恋仲じゃないと言ったら信じる?」
「いいえ、信じません」
私はきっぱり言い切る。というか、言っている意味がさっぱりわからない。
だって、この目で二人がいちゃいちゃするところ、見たもの。
それに、レーンクヴィスト家の使用人をはじめ、王都のドレスショップでもお二人の恋を邪魔するなとさんざん言われてきたし。小説や劇中歌だってお二人の悲恋を歌っているでしょう?
今になってルートヴィヒ様が排除したらしいけど、離縁の話が出たから都合のいいお飾り妻を手放したくなくて、あれこれ動いているんじゃないの? 今日のドレスだって、婚姻中にきちんと夫の務めを果たしていたことにしたい、ってことでしょう?
「今さら二人は恋仲じゃないと言われても信じられないわ」
「……やっぱり、そうよね。アロルド団長も言っても無駄だと思うって言ってらしたけど。でもね、二人は本当に恋仲じゃないのよ」
「あはは……だけど、もう離縁の話をすすめていますし、私を慰めてくれなくても大丈夫ですよ」
そう言った私に、カサンドラは困ったように笑った。
「……じゃあ、その前に美しく着飾ってルートヴィヒを後悔させてやりましょう。誰よりも美しく、ソフィアよりも輝いて式典で目立ちましょうねっ!」
「え? いや、その、着飾っても私は髪も瞳もぼんやりした色だし、そもそも目立つのはあまり――」
「さあ、ドレスを並べてちょうだい!」
カサンドラは私の情けない声を打ち消すように、デザイナー軍団を呼び入れた。
彼女の合図で未発表だという高位貴族向けのドレスが次から次へと運びこまれ、私は服を脱がされ着せ替え人形状態に。
「まあ、どんなお色のドレスもお似合いになるから選びがいがありますね」
「ラインはどうしましょう。スタイルが際立つマーメイドラインも最近流行りなのですよ」
カサンドラとカヤを中心にあれやこれやと熱論が繰り広げられ、ヘアセットやアクセサリーまで何度も替えられた私のライフはすでにゼロだ。
ようやく渾身の一着が決まった頃、部屋に呼ばれたルートヴィヒ様。
彼は私の姿を見て固まった。




