51.やんごとなき事情
「ほう。今日からクララではなくクラリスで働きたいと。それで、かつらと眼鏡をつけていないのか」
「アロルド団長、ダメでしょうか?」
「いや、うちはダメではないんだが、クラリスの容姿だと……。う~ん、まあ、王城内は子ドラゴンとずっと一緒だし、強そうな専属メイドもいるようだから大丈夫か」
何かを懸念するかのような口調のアロルド団長だったけど、最終的にはクラリスとして働くことを了承してくれることに。
そんなわけで、今日の私は第一魔獣騎士団の制服に編み込んだ銀髪を背中に垂らした姿で、クラリスがむき出しだ。まあ、茶会にも夜会にも顔を出さないから、私がクラリス・レーンクヴィストでルートヴィヒ様の妻だとは誰もわからないだろうけど。
「とりあえず団員たちが混乱しないように」とのことで、アロルド団長が第一魔獣騎士団の皆さんに改めて紹介してくれることになった。
朝一のドラゴン魔獣舎は、魔獣騎士たちがパートナーであるドラゴンとコミュニケーションを取る時間。部屋の清掃や食事をしたり、身体チェックをして過ごしている。
パンパン、と大きく手を叩いたアロルド団長。その音に騎士だけでなくドラゴンたちもこちらを向く。
「はい、注目! え~、『病気の母親を看病する健気で昼夜問わず働きづめ、酔っ払いに絡まれたところを俺が救った縁で、子ドラゴンのお世話をすることになった孝行娘のクララ』だが……。やんごとなき事情があり、偽名を名乗っていた! 今後は本来の姿で本名のクラリスという名を使うことになったから、よろしく頼む!」
「あの、……改めましてクラリスです。騙していてすみませんでした」
魔獣舎の中、ざわめく団員たち。
「えっ? い、いや、多分みんな知って……ううん、全然気にするなって!」
「そ、そうだよ、だけどその美貌だと……」
「グオォォォ――!」
「ああ、かつらと眼鏡、取っちゃうんだ。あれはあれでダサくてかわいかったのに」
「ガァァァ――ッ!」
「あ、ちゃんとバラしてくれるんだ。なんかいいな、こういうの」
相変わらずドラゴンたちが騒がしくて、何を言っているのかは聞き取れないけど、みんな笑顔だし大丈夫そうだよね? 好意的な雰囲気で一安心だ。
「え~、やんごとなき事情は追求しないように。というか、これ以上こじれないように関わるな。それから、クラリスのメイドが護衛兼という形で同行する。不審者ではないので、各自そのつもりで。以上!」
え? なんだか聞き捨てならないような……? ま、いっか。
騎士たちが業務に戻っていくなか、私はカヤに振り返った。
「カヤ、さっそくドラちゃんを紹介するわね」
ドラちゃんははじめましてのカヤに興味津々だ。
カヤはカヤで「初めて子どものドラゴンを見ました」と感無量な様子。そうなのよ、ドラゴンの子どもってなかなか生まれなくて珍しいんですって。
ぐるりと魔獣舎を見渡すと巨大なドラゴンたち。ドラちゃんもいつかこんな風に大きくなるのよね。
そろそろお散歩に……、と言おうとしたら、団員たちの噂話がふと耳に入った。
「おい、聞いたか? 街で一斉取り締まりがあったらしいぞ」
「ええ? じゃあアロルド団長の馴染みの娼婦たちのうち、誰かひとりくらいは捕まったんじゃ」
「いや、それが違法娼館や違法賭博場じゃなくてさぁ、とある観劇と小説の一斉排除なんだと」
「なんだそれ」
「いや、なんか第二の団長がえらくご立腹らしく……」
ん? 第二の団長ってルートヴィヒ様のこと? それじゃあ観劇と小説の排除って、もしかしてオパールがはまったソニア王女とルルド団長の……。
……やることがあると言ってたのはこのことなんだろうか。
とぼとぼといつもの散歩コースを歩いていく。ドラちゃんと手をつないでいるものの、「ギャ……」と気遣うような声にはっとした。
「あ、ごめんね。ちょっと考え事していただけよ? それより私の髪、茶色から銀髪になって変な感じでしょう」
「ギャ、ギャ!」
「え? こっちの方が良い? うふふ、ありがとね」
「クラリス様いいな~。カヤもドラちゃんと仲良くしたいですぅ。ですが、カヤは言葉が通じないので……体で分かり合うしかありませんね」
「……ギャ」
キラッと目を光らせ合ったドラちゃんとカヤ。
何か通じるものがあったらしく、二人は芝生の上でごろごろと取っ組み合いを始めてしまった。遊び方がワイルドだわ。さすがカヤね……!
ドラちゃんを投げたり、一緒に転がったり、楽しそうな様子を眺めていたら、バリトンボイスに背後から声をかけられた。
「おう……、すごいなカヤは。スカートがめくれているのに全くいやらしくない。だけど、制服を貸せば良かったな」
振り返ったそこには安定のアロルド団長。……と、ルートヴィヒ様!?
「あぅ! あ、え、いや、なんで一緒に!?」
スンとした顔でカヤとドラちゃんを眺めるルートヴィヒ様とは対照的に、アロルド団長はにやりと口角を上げた。
「俺が呼んできたんだ」




