49.信じられるわけがない
魔獣祭りの翌日。
カヤがいるし、久しぶりに優雅な朝食を部屋で楽しもうと思っていたら、マルセロが部屋にやってきた。ルートヴィヒ様が話をしたいと言っているらしい。
「このまま九か月無視し続けたらダメかしら。私は二年も放っておかれたのに」
「クラリス様……っ! 申し訳ございませんでした……!」
マルセロは神妙な面持ちでその場に膝をついた。
「言い訳をするつもりはありません。クラリス様がそんな状況にあったなんて、私も気づいておらず……」
「あなたは私と接する機会もなかったんだし、しょうがないわ。気にしないで」
「~~~~っ、その、ルートヴィヒも私と同じように何も知らず――」
「あなたと彼とでは罪の重さが違うじゃない。だって、彼は夫なのよ?」
「うっ……、は、はい……。あらゆることにおいて、ルートヴィヒが全面的に悪いです。私ももっと、あいつのケツを蹴飛ばしてでもできることがあったのに……。クラリス様が味わった長い歳月は取り返しがつきません……。ですが、どうかあいつの話も直接聞いてもらえないでしょうか」
……まあ、確かに。このままうやむやに過ごすわけにはいかないか。
「そうね。離縁まであと九か月あるんだし、今のうちにお互いの不可侵ルールでも決めておいた方がいいわね」
「そ、そんな…………。いえ、はい……、向き合っていただけるだけでも感謝いたします」
きっと使用人に関する報告もあるはずよね。……うん、嫌なことは早く片付けちゃいましょう。
カヤを連れて訪れた執務室。
ノックをして入ると、そこには目の下にくっきりとクマを作ったルートヴィヒ様がいた。寝てないのかしら。
私に気づいた彼は椅子から立ち上がると早足で近づいてきた。
「クラリス……来てくれてありがとう」
「……いえ」
無視するわけにもいかなくて、もごもご返事しちゃったけど、視線が痛い。……ちょ、ちょっと! 今まで視界にも入れなかったくせに、穴が開くほど見られるのもどうかと思うんだけど!?
気まずすぎて視線を彷徨わせていると、ルートヴィヒ様は切々と謝罪の言葉を口にした。街の噂を知らなかったこと、使用人たちは噂に惑わされていたこと、先導していたオパールは小説と観劇の大ファンで、王女様とルートヴィヒ様をくっつけようと画策していたこと――。
「クラリス……本当に謝って許されることじゃないと思っているけど、言わせてほしい。……君を蔑ろに……したつもりはなかったんだが、……いや、結果としてそうなってたんだから言い訳に過ぎない。本当にすまなかった。……ソフィア殿下との噂も誤解なんだ。彼女はずっと……ひとりの人を想い続けているし、俺もずっと君のことを想ってきた」
……は? そんな話を信じろと……?
ああ、揉めに揉めて離縁なんてしたら、王女様との結婚もさすがに批難されるかもしれないものね。
「あの、……円満に離縁しますから大丈夫ですよ?」
「いや、クラリス。そうじゃなくて……。俺は離縁をしたくな――」
「それより、使用人はどうされるんですか?」
「あ、ああ。全員、紹介状なしの解雇……」
ちらっとカヤを見たルートヴィヒ様。つられて見た先ではカヤが憤怒で顔を歪めていた。……な、なんかあったの?
「生温いです、ルートヴィヒ様! ……カヤが追加で制裁を与えましょうか?」
ごそごそとポケットを探るカヤ。ちょ、ちょっと、なんでお仕着せのスカートの中から金属の音がしてるのよ!
「カヤ……納得がいかないかもしれないが、紹介状なしの解雇がどれほど厳しい罰なのかわかるだろう? もちろん、クラリスが望むなら拷問でもなんでも、気が済むまでやらせてもらうつもりだ」
えぇ……? 何それ。カヤも嬉しそうにそんなに頷かないでよ。
「はぁ……拷問なんて望んでいません。使用人の解雇もけっこうです」
「えぇ!? クラリス様、ご冗談を! お人好しにもほどがありますよっ!」
「クラリス、さすがにそんなわけには……」
私は首を左右に振った。
「また新たに雇うのは大変じゃないですか。九か月後、私はどうせ離縁したらここを出て行きますから、お構いなく。ああ……、オパールだけは王女様にお返ししてくださいね」
「……君がそう言うのなら、使用人に関してはそうする。二度はないと念を押して彼らには仕事をさせると誓うよ」
「そうしていただけると助かります」
「クラリス……、これだけは信じてもらえないだろうか」
「……何ですか」
「君が言っていた、毎朝の見送りの話だが……」
――誤解だろうがなかろうが、カヤが言うように私が冷遇されたことは事実です。あなたも毎朝の見送りの際、私を無視していましたよね?
……あぁ。昨日ぶちまけたんだったわね。
「……君が可愛すぎて、視界に入れられなかったんだ。……その、照れてしまって……」
「は? あんなに不機嫌そうだったのに?」
「不機嫌になんか……! 君と話せるだけでもうれしいのに」
そう言ったルートヴィヒ様はむすっとした顔で視線を彷徨わせた。そう、この顔よ。
……え? これ、照れてる顔なの?
「……」
「それに、誓って二枚舌なんかじゃない。俺はずっと、……もう十数年も君のことを想い続けている。……愛しているんだ、クラリス」
………………いやいやいや。信じられるわけがないでしょ?




