45.馬鹿なんですよね?(カヤSide)
お嬢様はずいぶんお疲れだったようだ。話している最中から瞼が重そうにしていたが、無理もない。
屋敷に引きこもって本ばかり読んでいたお嬢様。てっきり、レーンクヴィスト家に来たらすぐに会えると思っていたのに、人だらけの魔獣祭りへ行ったと聞き驚いたのだから。
私はお嬢様が眠ったのを確認すると、そっと部屋を抜け出し隣の部屋をノックした。返事はなかったが気配はある。
「勝手に入りまーす」
「……」
「ルートヴィヒ様。まだここにいたのですか」
その目に飛び込んできたのはベッドに腰かけ、顔を両手で覆う男。
よくもクラリスお嬢様につらい思いを……!
お嬢様はお優しいから、私めが詰ってやろうじゃないの。口なら負ける気がしないわ。
「見損ないましたよ。お嬢様を絶対に幸せにするとあれだけ豪語したくせに」
「……」
「相変わらず口数が少ない、そして口下手なのですか。あんなに熱烈に求婚しておきながらよくも……馬鹿なんですか? 馬鹿なんですよね? あれですか、手に入ったら急に要らなくなっちゃうあの現象ですか?」
「………………なんでこんなことに」
「ふんっ。恥知らずの王女様とどうぞお幸せにっ!」
「……違うって言ってるだろ!?」
「とにかく! 九か月後に出て行きますから、せめてお嬢様が快適に過ごせるようにしてくださいよ? 本邸はクズばっかりみたいだし、別邸でいいですよね」
「待て待て! それはやめてくれ! ……あの密猟団が王都にいるかもしれないんだ。クラリスの安全のためにも警備しやすい本邸にいて欲しい」
「え……? それって……まさか、あの時の」
黒髪の男の目に殺気が宿る。
「……ああ。もうすぐ捕まえられそうなんだ」
へえ。あいつらをようやく見つけたんだ。……不本意ではあるけど、お嬢様の安全が第一。ここは警備がしっかりしている本邸で過ごすしかない。
「屋敷の警備を強化した。……使用人の問題についてもすぐに対処する」
「紹介状なしの解雇ごときで済ましたら、カヤがそいつらの後をつけて暗闇で解体しますからね」
「思っていてもやめろ。とりあえず、君はクラリスの側にいてくれ。……頼む」
そう言って部屋を出ていく、しょんぼりとした男の背を見送った。
「……」
もっと問い詰めて遣り込めてやりたかったのに張り合いがない。なんで落ち込んでるのかしら。
自分が王女と恋仲なことをお嬢様にバレたくなかったから? いい夫でいたかったなんて言い出したらその口を縫いつけてやる。
お嬢様が冷遇されていることを知らなかったみたいだけど、使用人が勝手に忖度したことがショックだった? はっ。世間では魔獣騎士団長なんて立派な肩書の立派な人だと思われているのに、家の使用人に舐められてるなんてね。
国民の妹? 青百合姫? うちのお嬢様の方がずーっとずーっとかわいいわっ!
ふんっと鼻息を荒げ、ふと見渡したご夫婦の寝室。その違和感に気づいた。
「……んっ?」
いたるところに飾られた花。……なんか、多すぎない? 王都のおうちってこんなに飾るもんなの? まるで初夜のようなロマンチックさね。
テーブルの上には人気店のスイーツを買い集めたらしきお菓子の数々に、何種類も揃えられた茶葉。二、三種類ならまだしも専門店でも開くのかと聞きたくなる数の茶瓶が置かれている。
豪奢な鏡台に目をやれば精巧な硝子に入れられた美容オイルの数々。サイドテーブルに置かれた繊細で美しいレースのショール。さりげなくチェストに並ぶ最新の人気作家の書籍……?
「どれもお嬢様が好きそう……?」
だけど、この部屋は使われていないって聞いたのに。
首を傾げながら、もしや……と思い浴室やクローゼットもチェックした。
「綺麗に整ってるけど、メイドというよりタオルもシーツも軍人が用意したような畳み方ね。…………まさか、あの男が自分の手で?」
見つけてしまったベッドサイドに置かれたメッセージカードには、砂糖菓子もびっくりの甘々な言葉が並んでいた。うへぇ。甘ったるい。読書好きのクラリスお嬢様に、よくこんなメッセージを贈ろうと思ったな。
……クラリスお嬢様に、………………贈ろうと?
「変ねぇ」
――許せないのは、愛してもいないくせに私のことを愛していると宣ったその二枚舌よ。
「確かにお嬢様はそう口にしていらしたはずなのに、これじゃあまるで……」
街の噂もこの屋敷の使用人たちも、あの男と王女が恋仲だと誰もが信じている。
邪魔者のお嬢様を嫌って冷遇しているって私もすっかり信じていたけど……。
堅物なあの男がプレイボーイのごとく、こんな手の込んだことをして偽りの愛をささやくかな? そもそもあれだけ執着したお嬢様以外の女性に、食指が伸びる? それにあの男は一貫して否定して……?
ひとつの可能性にたどり着くと、認めたくないけどストンと腑に落ちた。
「…………う~ん、クラリスお嬢様。何やらカヤもお嬢様も勘違いをしているのかもしれませんねぇ」




