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43.私からのお願い

 やっぱり。オパールがカヤを温かく迎えるはずはないと思ったわ。


 毛を逆立てた猫のようにカヤはルートヴィヒ様を威嚇している。


「カヤ、嫌な思いをさせてごめんなさい……」

「お嬢様が謝る必要はございませんっ!」


 貴族の婚姻なんて政略結婚が多いし、お互いに愛人がいることも珍しくない。子爵令嬢だった私が格上の伯爵家に嫁いだのだから仕方がないし、……ただ、冷遇するくらいなら結婚しなければよかったのにと思うだけだ。


「噂の真相を調べて来いと言われました。ですが、わずか半日で確信を持ったカヤは上々の成果をあげたと言って過言ではないでしょう。さあ、クラリス様。お部屋に戻って荷造りを――」

「……待て待て待て。ちょっと待ってくれ。どういうことだ?」


 私の腕を引き、立たせようとしていたカヤがぴたりと動きを止めた。

 フリーズしていたルートヴィヒ様が頭を抱え真っ青な顔をしている。


「ですから、『実家に帰らせてもらいます!』ってやつですよ。クラリス様は忍耐力が強すぎるので、不肖カヤが代弁し――」

「いや、それも待って欲しいんだけど、その前の! オパールがなんだって? 王女と俺? 根暗な奥様?」

「……」


 カヤは優しく私の腕を下ろすと、ルートヴィヒ様に体ごと向き直った。


「レーンクヴィスト伯爵令息。……いえ、ルートヴィヒ様。わたくしは今回、ヴェルナール家からお預かりしたそこそこのお小遣いを渋々ギルドに全額突っ込み、王都における噂の調査をしてからまいりました。あなた様はクラリス様の置かれている状況をご存じないのですか?」

「……一体なんのことだ?」

「世間では、ルートヴィヒ様と王女殿下が理想のカップルと呼ばれ、クラリス様はお邪魔虫の傲慢な妻だとか」

「はぁ? 俺とソフィアはただの同僚だ! 誓って何もない!」


 ばっと私へ振り返ったルートヴィヒ様。どこからどう見ても困惑しているけど……浮気がバレた男の典型的な言い訳に見えるわね。俺はやってない、知らないと言い続け、けむに巻くつもりかしら。

 ただの同僚って言われても……いろいろ見てるし信じられるわけもない。


「それに、この屋敷の使用人たちの態度。クラリス様が大切にされていたとは思えません。……ルートヴィヒ様」


 きわめて事務的に名前を読んだカヤへ、ルートヴィヒ様が呆然としながら顔を向けた。


「カヤは理解に苦しみますが、貴族に愛人がいることくらい普通なのでしょう。ですが、お嬢様が悲しんでいるのなら話は別です。ヴェルナール家はクラリスお嬢様が万が一苦境に立たされているようなら、離縁をと――」

「待ってくれ!」


 語気を荒げたルートヴィヒ様にスンとした表情のカヤ。私も困惑する彼の顔が解せない。


「カヤ。君はクラリスの専属メイドとして雇って欲しいと言うから許可をしたのに、本当は俺とクラリスを離縁させて連れて帰る目的で来たのか?」

「はぁ……ルートヴィヒ様。そこは問題ではありません。ね、クラリス様」


 二人の視線が私に向けられる。うん。カヤの言うとおり、問題はそこではないわね。だけど……。


「まず、カヤ。私は今すぐ離縁してヴェルナール家へ帰る気はないわ。だけど、あなたにも手伝ってもらいたいことがあるし、専属メイドとして側にいてくれるとうれしい」


 私の言葉にカヤは「もちろんです」と大きく頷く。


「それから、ルートヴィヒ様」

「クラリス……」

「カヤの言うとおりです。私はこの家で死にかけたこともあります。ご存じありませんでしたか?」

「な、なんだって……!?」


 あら。くるみアレルギーの件は報告されてないのかしら?

 義父母がいた頃の主要な使用人たちはほとんど領地に行って代替わりしたとはいえ、王都にいる使用人を新しく雇ったのはルートヴィヒ様よね? あなたがちゃんと管理するべきでしょう?

 本来は女主人の仕事? そうね。あなたは騎士団長でお忙しいんだから、私の仕事だったのかもしれない。だけど残念ながら、女主人の仕事を私に与えなかったのはルートヴィヒ様なのだし、庇う気はさらさらないわ。


「重篤なアレルギーを起こすくるみは出さないでくれと言ったのに、何度も出されました。あなたがいない日は残飯のような食事の日も。湯船はお湯ではなく水で、風邪を引いて寝込んだことも一度や二度ではありません」

「なっ、……噓だろ……?」

「ご存じありませんでした? 過ぎたことですし、この際、知っていても知らなかったとしてもどちらでも構いません。それよりも私が許せないのは」


 視線を上げた先、ルートヴィヒ様は絶望するような瞳をしていた。


「許せないのは、愛してもいないくせに私のことを愛していると宣ったその二枚舌よ」

「クラリス、何か誤解を……」

「誤解だろうがなかろうが、カヤが言うように私が冷遇されたことは事実です。あなたも毎朝の見送りの際、私を無視していましたよね?」

「違うっ! あれは――」

「ルートヴィヒ様。私からのお願い、聞いてくださるんですよね?」


 ぎゅっと唇を噛み締めるルートヴィヒ様。心なしか瞳が潤んでいる……?

 ううん、絆されたらダメ。これはお互いの幸せのためなのよ。


 ふぅっと小さく息を吐き、私は背筋を伸ばした。


「ルートヴィヒ様。九か月後、私と離縁してくださいませ」

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