4.離縁理由
「あの方が漆黒のグリフォースの……道理で」
「へぇ、あの髪の色は……」
ところどころ耳に入る単語に眉を寄せる。ちらちらとカーテンの隙間からぶしつけに覗いてくる衛兵たち。毅然とした態度で背筋を伸ばしているものの、内心はチーズが少しずつ下ろされるようにすり減っていた。
「……だ、第二魔獣騎士団ルートヴィヒ・レーンクヴィスト団長の奥方様ですね。どうぞお進みください」
やっとたくさんの目から解放され、止めていた息を吐き出す。
彼らが私の顔をしつこく眺めた気持ちもわからないでもない。愛され王女の恋敵がどんな悪女なのか、じっくり拝みたかったのだろう。
身分証を提示するのはここだけ。中に入ってしまえば私がルートヴィヒの妻だとは誰にもわからない。
……ああ、前世の記憶が戻って強気になったとはいえ、不躾な視線に晒されるのは嫌なものね。私が何をしたって言うのよ。
あまりの理不尽さに悔し涙が滲んでくる。
大丈夫、大丈夫よ、クラリス。
私は自分で自分を励まし、零れ落ちそうになる涙をぐっと堪えた。
ようやく入城した王城は広大な敷地内に政務棟がいくつも並び、文官たちが忙しそうに行き交っていた。遠くに見える白亜の城は王宮エリアだ。舞踏会などはあちらの城へ向かうのだけど、私はデビュタント以降、足を踏み入れていない。
そして、魔獣騎士団の常駐先はここからずっと右に進んでいったエリアに広がっている。
今頃、ルートヴィヒ様は王女殿下と一緒にいるんだろうな。
お二人が仲睦まじそうにボディタッチをしながら戯れる姿――世間的には剣術稽古ともいうのだけど――が頭に浮かび、妄想を打ち消すように頭を振った。
私は政務棟が立ち並ぶエリアまで馬車で進むと、御者に休憩するように伝え、一路図書館を目指す。
多くの人が出入りする図書館は国内随一の蔵書が揃う、宝の山のような場所だ。ルートヴィヒ様と結婚してよかったことと言えば、王城への入場許可証を与えられていることだろう。
通常、入城には複雑かつ面倒な手続きがあるものの、魔獣騎士団員の家族には入場証が与えられているため簡単に入ることができる。
まあ、これは騎士が怪我をするとか有事を考慮した制度らしいのだけど……とにかく、今のうちにこの特権を使い倒しておこう。
お目当ての本はすぐに見つかった。各種法典や諸手続きに関する書物をいくつか棚から選び、近くの机に重ねる。パラパラと複数冊の法律を確認したところ、離縁は可能だということが判明した。しかも私は離縁できる理由に該当している!
「やった……っ、」
興奮して叫びかけた口を両手で抑える。
よかった……! これなら簡単に離縁できる!
三年白い結婚なら女性側からも離縁を申請できるだなんて。あと一年乗り切ればいいのね?
そうと決まれば今後の人生設計を立てて、残り一年の間に準備を始めよう。以前だったら実家に帰って引きこもるの一択だったけど、今は違う。
離縁した女性は肩身が狭い?
ふっ。前世の記憶が甦った以上、我慢に我慢を重ねる結婚生活ですり減るより、後ろ指を指されても好きなことをした方がよっぽど有意義だって知っている。
クラリスも人生を楽しまなくちゃ。さあ、どうやって今世を満喫しようかしら。ここはやっぱり……。
「うん。もふもふカフェを開こう! 毎日もふもふに囲まれながらおいしいスイーツを食べられたら最高じゃない!」
そうと決まれば、さっそく帰って計画を練らなくちゃ。
ほくほく顔で図書館を後にし、馬車を止めてある場所まで歩いていく。いくつも立ち並ぶ古びた執務塔の合間を縫いながら周囲を見渡すと、すべてが輝いて見えた。
ああ、楽しみがあるとこんなにも景色が違うものなのか、とひとり頷く。
片隅に咲く健気な花、ベンチでうつらうつらしている疲れた中年の文官まで愛おしい。あちこちに笑顔にふりまき、植え込みにうずくまる水色の赤ちゃんドラゴンにもほほ笑んだ。
「あら、かわいいドラゴンの赤ちゃん。こんにち……んん? ド、ドラゴンの赤ちゃん!?」