34.漆黒のグリフォース(ルートヴィヒSide)
第二魔獣騎士団の遠征も最終日を迎えた。明日は王都へ戻れる。
クラリスと行く魔獣祭りが待っているかと思うと、楽しみ過ぎて頬が緩み、そわそわしっぱなしだ。この遠征中、マルセロから「顔っ!」と何度も窘められている。
野生魔獣の定期巡回と密猟者の捕縛が目的の遠征だが、今回も一週間の間にかなりの密猟者を捕まえることができた。季節はちょうど動物たちが出産に向け、その体に命を宿す時期。赤ちゃん魔獣を欲しがる密猟者が増える季節でもあり、巡回を強化しているところだ。
そして、個人的には長年追っている、悪質な違法商団の手がかりを掴むという目的もある。
雲隠れをしたやつらが数年前から再び動き出した結果、ここ最近捕まえた密猟者から少しずつ情報を掴んでいる。まるでパズルのピースをひとつずつ渡されるかのごとく、そのかけらをかき集めている。今回も、何か情報があればいいんだが。
「くそぉっ! 離せったら!」
「リーダー、やばいっす。漆黒のグリフォースっすよ……!」
「よりにもよって漆黒のグリフォースに掴まるだなんて……」
目の前にいるのは十数名の密猟者グループ。武器を手にこちらを睨んでいるのはリーダーだけ。血気盛んなその男は先ほどから悪態をついているが、後ろにいるやつらはすでに戦意喪失しているのは火を見るより明らかだ。
「……おまえがリーダーか。トラばさみで魔獣を捕まえようとしたんだな?」
「ちっ。ああそうだよ! 脚の腱を切って売り飛ばすつもりだったんだ! 野生の魔獣を捕まえて何が悪い!」
トラばさみで怪我を負わせたうえに脚の腱を切る……。麻酔銃だってあるのに、魔獣から立ち上がるすべを奪おうとしたのか。それがどんなに残酷なことなのか理解していないのだろう。
俺は何度かうなずき、「そうか」と言いながら、リーダーに近づいた。
「くそぉっ!くたばれっ!」と振り上げられた斧。
剣を抜く必要もない。拳と蹴りを全身余すところなく入れてやろうと心に決め、男の顔に拳をめり込ませてやった。
一心不乱に連打していると、血飛沫が舞い上がったが、手を止めるつもりはない。
やめてくれ、死んじまうと阿鼻叫喚の密猟者たちを無視して殴り続けていると、離れた所にいたマルセロたちが慌てて駆け寄る姿が目に入った。
「おいっ、ルートヴィヒ! それ以上やったら死んじまう!」
「ちょっと、ルートヴィヒ! やめなさいってばっ!」
団員が俺を羽交い絞めにしてリーダーから引き離す。……仕方ない、ここまでか。リーダーは白目をむいて気絶していたが、パンパンに腫れ上がった顔はもはや別人。その鼻は曲がり、傍らには血だまりにいくつかの白い歯が落ちていたが、その数が思いのほか少なく無意識に舌打ちが出た。
「あぁ、言わんこっちゃない……漆黒のグリフォースに歯向かうだなんて」
「グリフォン騎士団は噂通り、本当に容赦がない……」
ぶるぶる震える密猟者たちはおとなしく両手を差し出し、「縛ってくれ」「抵抗しない」と懇願し始めた。
俺は血まみれになったグローブを外すとその場に捨て、新しいグローブを嵌め直す。遠巻きに見ていた団員たちが緊張の面持ちで俺を見つめているのを感じた。
青ざめた若い団員たちが、ひそひそと話す声が耳に届く。
「うちの団長、物静かな方だけど密猟者に対する制裁だけ、異常に厳しいと思わないか?」
「ああ……俺、他の魔獣騎士団は密猟者を半殺しにしないって聞いて驚いたんだ。無傷で牢に連れて行くらしいぞ?」
……生温い。二度と密猟に手を出させないよう、教育するべきだ。
その話を眉を顰めて聞いていたマルセロは団員たちに指示を出すと、俺を人けのない場所まで連れて来た。
「……ルートヴィヒ。おまえがあの違法商団を天敵として憎んでいることは重々承知している。だけど密猟者を毎度あそこまで痛めつけるのは周りの目もあるし、少しは自重しないとダメだ」
「……」
「俺たちの仕事はやつらを捕まえ、魔獣を保護することで、制裁を加える権限は持ち合わせていないんだぞ?」
「……密猟者たちのせいでクラリスは……いや、俺が巻き込んだせいで……」
「あれはおまえのせいじゃない。奥様は怖い思いをされたと思うが……、記憶がないんだろう? よかったと思うべきだし、おまえも私情を切り離して職務に向き合え」
「……あの商団を捕まえたらな」
マルセロは俺の説得を諦めたようだ。
わかったと口にすると、俺の肩をぽんぽんと叩いた。
「絶対、捕まえよう。奥様のためにも」
……ああ、もちろん。
全魔獣の敵であり、幼いクラリスを誘拐したあの違法商団を許すつもりはない。
クラリスから笑顔と記憶を奪ったあいつらに絶対報復してやる。
――それこそが俺の悲願だ。




