32.いつからもふもふが?
そう言われてみれば、遠征が多いような気もする。へえ。野生の魔獣狩りをする悪い人たちを捕まえようとしているんだ。それってすごく重要な仕事だよね。
だって野生の魔獣って縄張り意識が強いから、人間を敵だと認識するようになったら関係のない一般人にも被害が出そうじゃない? そもそも、ペットにしたところで強い彼らは懐かないだろうし、「危ないから処分しよう」なんてことになったら、魔獣たちの怨嗟が募るだけだ。勝手に捕まえて、手に負えないから殺すだなんて、迷惑極まりないし、酷すぎる。
魔獣たちが山に住み着いているおかげで自然が守られているし、自然の要塞として外敵の侵入を防いでいる見方もあるのに。
つまり、私も違法商団は根絶してほしいと切に願っているわけで、ルートヴィヒ様を全面的に応援したい!
とは言ってもクラリスからは応援できないわね。それじゃあ、クララがソフィア王女の耳寄りな情報でも仕入れておけば頑張る原動力になってくれるかしら、と頭をひねっていたらアロルド団長が尋ねてきた。
「クラリスはずいぶん動物が好きだよな。地方の子爵家出身だったと思うが、動物に囲まれて育ったのか?」
「う~ん。実は六歳以前の記憶がないんですが……覚えている範囲では、身近に動物はいませんでしたね」
そう。クラリスってば六歳以前の記憶がないのだ。両親曰く、高熱を出してずいぶん長く寝込んだらしい。ふわふわした大きな生き物に抱きついたことがあるような記憶は確かにあるんだけど……家族に聞いてもそんな事実はないの一点張り。
「そうか。貴族が動物に触れる機会なんてなかなかないだろうしな……クラリスは絵本に出てくる動物と夢のなかで遊んでいたのかもな」
確かに。地方は動物がたくさんいたとしても、乳牛や羊なんかに貴族令嬢が触れる機会はない。記憶ではなくて願望だったのかもしれないし、ふわふわ生物に抱きついたのは一時的に前世のもふもふカフェを思い出していたのかも。
「ところで、急にどうしてそんなことを?」
アロルド団長、何か思うことでもあったのかしらと聞いてみたのだけど。色気ムンムンのイケオジはう~んと困ったような笑みを浮かべた。
「いや……おまえたちの問題だから介入しないでおこうとは思っているんだが。クラリスは一体どこまで知っているのか気になってな」
「え、どういう意味ですか?」
なんですか、その歯に物が挟まったようなむずがゆい発言。なにか私の知らないことがあって、アロルド団長は知っているってこと? おまえたちの問題って、私とルートヴィヒ様のこと?
「ルートヴィヒに関しては思うことが多々あるが、不器用なやつだと思ったらなんだか急にかわいらしく思えてな」
「……アロルド団長くらい大人の余裕があるとそんな風に思えるんですね」
「ははっ。クラリスはそんな言葉じゃ片付けられないよな。だけど、おまえたちはもっとお互いに歩み寄るべきだ。クラリス。ルートヴィヒのこと、好きなんだろう?」
「……」
「『星霜の酒亭』でおまえと初めて飲んだ日。ルートヴィヒへの熱い想いを語ってじゃないか」
「…………へ? ほ、ほんとですか!?」
「初めて会ったのは十歳の時。王宮の子供向け茶話会で人見知りをし、泣きべそをかいていたおまえを助けてくれたのがルートヴィヒ。二度目に会ったのは十三歳の時、兄の学園卒業をお祝いしようと家族総出で王都へ……」
「ぎゃあっ! 言わなくていいです!」
顔がぶわっと熱くなったのを感じる。
酔っぱらったあの日のクラリスさんへ。
……しゃべりすぎです。いや、ほんと、お酒って怖い。
確かに。実のところ、ルートヴィヒ様のことは子供の頃から知っているのだ。
偶然の出会いが積み重なったのだけど、そのたびにいじわるな子からさりげなく守ってくれたり、本屋で届かなかった本を取ってくれたり。
ささいなこと過ぎてルートヴィヒ様は覚えていないだろうけど、出会いが少なかった田舎の引きこもり令嬢クラリスにとって、あか抜けていてかっこいいルートヴィヒは王子様だったのだ。初恋に落ちても仕方なくない?
だから、婚約を打診されたと聞いた時は本当にうれしかったのにな。
……まあ、いまだにソフィア王女とのことを聞けば心が痛むし、ルートヴィヒ様に近づけば胸がドキドキしてしまうけど、離縁をする時までに気持ちの整理ができればいいかな、と思う。
私の気持ちを「そうか」と頷きながら聞いてくれたアロルド団長は、ふっと寂しそうに微笑んだ。
「だけどな、クラリス。まだ好きな気持ちがあるなら、諦める前にぶつかってみたらどうだ? 後悔してほしくないんだ」
「えぇ? でも……」
そんなことして意味があるのかな。傷つくのは自分だってわかっているのに。
「クラリスにある愚かな男の話をしてやろう。十数年前、敗戦国から救った貴族女性を妻にしたことで、侯爵家から廃嫡された男の後悔の物語だ」




