31.ルートヴィヒの悲願
別邸で暮らし始めてからしばらく経ったけど、相変わらずレーンクヴィスト伯爵家の使用人たちは別邸に寄り付かず。そんなわけで、当然ながら本邸の情報が全く入ってこない。
知りたいこともないから特に問題はないのだけど、第一魔獣騎士団で働いているおかげで、ルートヴィヒ様の予定をしっかり把握できてしまっていて複雑な気持ちだ。
この日も少し息を切らせながら、いつもの交流場所にやってきた彼は、クララを見るや否や開口一番宣った。
「すまない。今日は会議があって、すぐに戻らないといけないんだ。それから、明日から一週間遠征で……次に会えるのは八日後になると思う」
……えっと、別に約束してるわけじゃないし、謝られても。
困惑してしまうけど、とにかくここ最近の第二魔獣騎士団は度々遠征に出かけているようで、来れないことをいちいちこんな感じで伝えに来てくれるのだ。
雨の日のことがあったから、細かく伝えてくれるのかしら。
その誠実さと律義さを妻であるクラリスに爪の先ほどでも向けてくれれば、私たちの関係は何か違っていたかもしれないのに。
そんな恨み節が喉から出かかったものの、ぐっと呑み込む。
私はクララとして目の前で眉尻を下げる彼に社交辞令を口にした。
「怪我をしないように、気をつけて行ってきてくださいね」
心の中では鍛えてるんだし怪我なんて間違ってもしないでしょ、ふんっと思いつつ、「ありがとう」とうれしそうに頷く彼の姿を見ると心がキュンとしてしまう。……白い結婚を理由に離縁しようとしているくせに、私の心の弱いことったら!
だけど、揺らいでも仕方がないよね。前世の記憶が戻っても、クラリスがルートヴィヒ様のことを好きだった過去はなくならないし、人を想う気持ちはそう簡単に変わらないんだもん。
それより、彼が笑顔を浮かべる相手はクララであって、クラリスじゃないのだから、そこのところ勘違いしちゃダメよ、と自分に念押しする。彼は同僚とコミュニケーションを取っただけなのだから。
「はぁ、……なんだか不毛なことをしているわよね」
「ギャ……」
「やっぱり、ドラちゃんもそう思う?」
ドラちゃんにも同情されながら、散歩を終えてドラゴン獣舎に戻った時だった。
「よお、クララ。調子はどうだ?」
「あ、アロルド団長。訓練は終わったんですか?」
私とドラちゃんのお散歩中、第一魔獣騎士団はグラウンドで模擬戦形式の稽古だと聞いていたのだけど。後方を見ればボロボロな団員たちがよろよろと騎士塔に戻るところだ。それに比べ、目の前のアロルド団長はいつもの色気を振りまきながら、疲れた様子もない。団長って口頭で指示を出すだけなのかしら?
「え? 訓練中は監督をしているのかって? まさか。全員としっかり対戦してぼっこぼっこに打ちのめしてやったさ。あいつら最近たるんでいるからな」
「ひぇ……。やっぱり団長と名がつくだけの実力をお持ちなんですね」
……ルートヴィヒ様もそれなりにお強いのかしら。ふと、第二魔獣騎士団の団長を務める彼を思い浮かべる。代々レーンクヴィスト家が団長を務めるのが習わしとはいえ、それなりに実力がなければ周囲から認めてはもらえないだろう。
そんな私の思考を見透かしたように、アロルド団長が笑った。
「ははっ。それでいうと君の夫はまだ少し経験不足が否めないな。怒りを制御できないところを直さないと、積年の恨みも果たせないだろうに」
「怒りを制御できない風には見えないですけど……。それより、積年の恨み? 何のことです?」
「聞いたことないのか? ルートヴィヒには長年追っている違法商団があるんだ。野生の魔獣を捕まえて売り捌くようなやつらなんだが……、ここ最近動きが活発だってことで遠征も多いだろ?」




