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3.おひとり様に向けて

 ……とは思ったものの、そういえば、おひとり様にはどうしたらなれるのかがわからない。


 前世と同じように財産分与やら離縁届やらなんやらあるのかな? それ以前に、そもそも離縁がこの国で許されているのかも知らない。

 実のところ友達がいない弊害で、私の耳にはスキャンダルやゴシップの類は入ってこないのだ。

 

 使用人に聞いたら諸手を挙げて教えてくれそうだけど、あまり関わりたくないし。

 実家に手紙を書いて聞いてみようかしら。


 ――お父様、お母様。離縁ってどうしたらできますか?


 頭に血が上り真っ赤になる父親と、目を瞬かせ気絶する母親の姿が目に浮かび、青ざめた。嫁ぎ先で冷遇されているなんて知ったら……!

 うん。両親に尋ねるのは最終手段にしようとひとり頷く。ただでさえ騒がしい人たちなのに、大騒ぎになってしまうことは間違いない。


 それなら、久しぶりに王城図書館に行って調べてみよう。世の中のほとんどのことは先達が残した知識が解決してくれる。


 だから読書はやめられないのよ、と独り言ちながら、部屋を出て執事を探す。

 エントランスで何やら指示をしていた執事を呼び止めた。


「あの。王城に行くので魔獣車の手配をお願いします」


 気弱な奥様に呼び止められるとは思わなかったのだろう。執事の肩が揺れる。


「恐れながら奥様。王城にはどのような……」

「図書館へ行くの。何か問題でも?」

「とんでもございません。それでは、正面玄関前に魔獣車をご用意してお待ちしております」


 私は頷くと支度のために自室へ向かった。

 

 あの執事、明らかに動揺していたけど、当然よね。今日の朝まで、根暗で口ごもっていたクラリスが、突然別人のようにハキハキ話したら誰だって驚く。


 そういえば、執事は仕事ができそうだけど、私がメイド長を筆頭に女性使用人たちから冷たく扱われていることは知らないのだろうか、とふと思う。

 知らないのか、それとも知っているうえで止めないのか……。


 ううん、どちらにしても、この家の使用人はみんな同じ。気づけない無能か傍観者だもの。

 クラリス、誰も信用しちゃだめよ、と自分に言い聞かせた。


 これからもできるだけ自分のことは自分でしなくちゃ。離縁の準備をしているだなんて、使用人に知られるわけにはいかない。私に不都合な証拠や証言をでっちあげられ、実家に迷惑を掛けてしまう可能性だってあるもの。

 まあ、どっちみち身の回りの世話をしてくれる侍女もいないし、日替わりでやってくるメイドも私をそんざいに扱うから、自分でせざるを得ないのだけど。そもそも、夜会や茶会に行くこともないから着飾る機会もないし、特に問題はない。


 私は肩をすくめると、普段着用のクローゼットから着慣れたワンピースを手に取った。


 選んだのは白襟に紺色の落ち着いたワンピース。地味。これなら目立たないだろう。

 手早く身に付け、髪をアップにする。くすんでいるとは言え、グレーシルバーの髪は暗髪に混ざると目立ちやすいからコンパクトにまとめておこう。


「これでよし」


 鏡の前で全身をチェックし、足早にエントランスを通って魔獣車に乗り込んだ。

 

 ガタゴトと動き出し、レーンクヴィスト伯爵家が充分遠ざかった頃を見計らい、カバンから取り出した眼鏡をかける。小物があるだけで人はだいぶ印象が変わるからね。とにかく、不自然ではない程度に目立たないようにしておこう。

 

 王城は魔獣騎士団が常駐していて、ルートヴィヒ様もソフィア王女もいる。私は国民的カップルを邪魔する悪女ですもの。下手に目立って、身に覚えのないことで陰口を叩かれるのはごめんだわ。


 ――ルートヴィヒを追いかけまわす悪妻

 ――王女とルートヴィヒの仲を邪魔しに悪妻がわざわざ王城に来た


 言われかねない言葉を想像するだけでぞっとする。


 鉢合わせをすることは……ないわよね?

 大丈夫。魔獣騎士団の常駐場所はちゃんと頭に入っているし、会うことはない。

 

 私はきしむ胸を抑えながら深く息を吸いこみ、姿勢を正した。


 

 魔獣車の外に見えるのはセーデルホルム王国の首都。ここは壮大な城と魔獣の神殿が立ち並ぶ美しい都市だ。遠くに見える広大な森林や山岳地帯は魔獣たちが自由に飛び回り、これらの地域は魔獣たちの聖域とされるとともに、自然の要塞として我が国を守護している。

 古代の英雄セーデルホルム王はドラゴン、グリフォン、ヒッポグリフの三種の魔獣を従え、周囲の部族を統一。この国を建国したと伝えられている。

 

 そして、王は彼らと特別な契約を結び、魔獣の力を借りて王国を守ることを誓ったのだとか。この契約は今も王家に代々受け継がれているといわれ、三種の魔獣が率いる魔獣騎士団の活躍により王国は繁栄。周囲の国々からも一目置かれる存在となっているのだ。


 そう。魔獣が崇拝されるこの国では、ドラゴン、グリフォン、ヒッポグリフが神聖視され、彼らを象った神殿や祭りも多い。そして、夫であるルートヴィヒ様は第二魔獣騎士団――通称グリフォン騎士団の団長である。

 レーンクヴィスト伯爵家は代々第二魔獣騎士団の団長を務めてきた家門で、ルートヴィヒ様はいわゆるサラブレッドなのだ。

 

 騎士団に入るためには厳しい訓練が行われ、魔獣との絆を深めるための特別な教育が提供されると聞いている。そもそも魔獣と心を通わせることができる者だけが魔獣騎士団に入ることが許されるらしい。


 レーンクヴィスト伯爵家は地方にある領地で幼い頃からグリフォンと絆を深めるということは一応教わったのだけど……私の夫はあんなに無表情で無口なのに、どうやってグリフォンと心を通わせたのか不思議で仕方がない。もしかして、グリフォンには意外とおしゃべりだったりするんだろうか。


 私はその姿を想像して、小さく頭を振った。


 そうこうしているうちに魔獣車が王城の門へとたどり着いた。衛兵らしき人物が入城者を厳しくチェックしている。十数分ほどで、私の順番が回ってきた。


「はい次の方~。はいはい、身分証の提示を……っ! ごほん。レディ。身分証はお持ちですか?」

「こちらを」


 急にキリっとした衛兵は身分証の表裏を穴があきそうなほど確認し、「ちょっと失礼」と私の顔を何度も確認する。

 詰所にいる他の衛兵も野次馬とばかりに出てきてなんだか嫌な感じだ。

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