27.妻に恋愛相談?
ルートヴィヒ様が遠征に行っている間、ここぞとばかりに別邸に移って一週間。帰宅した彼とはクララとして会ったものの、クラリスとしては会っていない。
「妻が別邸で暮らし始めたと知ったらどう思うのかな……」
ふと独り言ちてみるも、すぐに答えは出た。うん、気にするはずないわね。っていうか、気づかないかも?
「そろそろ本邸に到着したかな。ルートヴィヒ様、今日はずぶ濡れになっていたから熱いお湯に浸かってゆっくり休んで……って、私ったら何を」
あんな冷たい夫、気にしてどうするのよ。挨拶すら返してくれない夫のことをいくら心配しようとも思いは届かないんだし、来年には離縁するんだから気にしたって無駄なのに。
そんな私の気持ちをあざ笑うかのように、ルートヴィヒ様からは何の連絡もなく。傍から見ればレーンクヴィスト家は普段と変わらない様子で日々が過ぎていた。
──そして、あの雨の日から数日が経った。
相変わらず空気扱いされるクラリスとは対照的に、クララはルートヴィヒ様と距離を詰めている。午後二つの鐘から三つの鐘の間は、なぜかルートヴィヒ様とルクラと過ごすことが日課に。
う~ん。ドラちゃんのための交流だと思って一緒に過ごしているけれど……家では全く接点がないのに、なんだかおかしなことになってしまった。
今日は木陰のある芝生の上でルクラがドラちゃんと戯れているのを眺めているところだ。
「ギャ、ギャ!」
「グルル」
顔は鷲、体はライオンのグリフォンは大柄な人間を載せてもびくともしないほど大きいのに対し、ドラちゃんはまだ私の膝ほど。
好奇心旺盛なドラちゃんはルクラのしっぽを握ったり脚に絡みついたりしているけど、ルクラは決して怒ったりせず、ドラちゃんを前足でごろごろ転がして遊んでくれている。
……うん。ちょっと豪快な気がするけど、ルクラは穏やかな性格なのね。
その姿を微笑ましく思いながら見つめていると、隣に座っているルートヴィヒ様から話しかけられた。
「クララは魔獣が怖くないのか? 馴染みがないと怖がる人が多いんだけど」
「怖くないですよ。元々動物が好きなんです。特にもふもふしている動物が」
「毛並みが気持ちいい動物のこと? へぇ、……だけど、なかなか王都にはいないかもしれないな。そうなると、もふもふはグリフォンやヒッポグリフくらいだろうか」
「そうみたいですね。もふもふ動物たちは魔獣を怖がって王都から離れたところにいるって聞きました」
そんなたわいもない話をしていたら、ルートヴィヒ様が急にもじもじしだした。……トイレでも我慢しているのかしら。
「その……、ちょっと相談してもいいだろうか。女性に関してなんだが」
え? 妻に恋愛相談? ……カオスなんだけど。
聞きたくないけど、嫌ですとも言えないし……。
ぎゅっと唇を噛み締める。王女様との閨の悩みなんて聞かされたらどうしよう。
「えっと……お答えできることなら」
「その、好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしいんだ」
「………………はい?」
「実は、好きな人の機嫌を損ねてしまったようで……謝るにはどうしたらいいだろうか」
「ごめんなさいって言えばいいのでは?」
「顔を合わせてもらえるかどうか……」
そんなに怒らせるなんて、一体何をしてしまったのかしら。口数が少ないくせに、ようやく開いたその口が失言したのなら、金輪際黙っていた方がいいわね。
「う~ん……それじゃあ、プレゼントで心を開かせるとか?」
「……贈り物で心を開けるものなのか?」
「誰でも自分のために一生懸命選んでくれたものは嬉しいものですよ」
「……なんでも好きな物を買っていいって言っても買わない人なんだが」
ああ。王女様はお金には不自由していないだろうし、それじゃあ心に響かないわよ。心を込めたものがいいんじゃないかしら。
「金額じゃないですよ。お相手の好きなスイーツなんかでも嬉しいと思いますよ。ああ、この人は私のことをちゃんとわかってくれているんだなって」
「相手の好きな物……幼い頃に好きだった物でもいいだろうか」
は? さすがに子供の頃と今では欲しい物も違うわよ。
あれだけ毎日一緒に過ごしていて何も知らないの? ルートヴィヒ様って意外とポンコツなのね。……なんだか気の毒になってきた。来年、私と離縁した後、この人はちゃんと王女様の気持ちを繋ぎとめられるのかしら。まあ、私が心配することじゃないけど。
「それじゃあリサーチからですね。お相手の周りの人に協力してもらったらどうです?」
「ちなみに君の好きな――」
「あ、そろそろ帰らなくちゃ。ドラちゃーん!」
私の呼ぶ声に、ドラちゃんとルクラが寄ってきた。
「ルクラ、ドラちゃんと遊んでくれてありがとう。ルー、うまくいくといいわね。じゃあ、またね」
ルクラの首を撫でるとうれしそうに目を細めてくれた。本当に、ありがとうね。
ドラちゃんと手を繋いで第一魔獣騎士団の騎士塔エリアへ向かう。ちらっと振り返ると、ルートヴィヒ様とルクラがその場に立ったまま、私たちを見送ってくれていた。……なんか恥ずかしいな。
――姿が見えなくなるまで見送ってくれた彼が、その後まさかあんなことを言っていただなんて知る由もなく。
「……聞いたか? ルクラ。彼女が気に入る贈り物をしたら、本邸に帰ってきてくれるかな……」
「グルルルル……」
「そうなんだよ。クラリスが子供の頃好きだった物は知っている。だけど大人になってからは本ともふもふ以外、何が好きなのかわからないんだ……困ったな」




