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22.気安く触るな!

「ルートヴィヒ。おまえの留守中、魔獣騎士団会議で議論した事案だ。目を通しておいてくれ」

「……わざわざありがとうございます」


 二人の間にピンとした緊張感が張り詰める。アロルドはルートヴィヒに対する嫌悪感を隠そうともせず、ルートヴィヒも明らかにアロルドを睨む。


「あれ……? お二人って仲が悪かったっけ?」

「いいや? だけどなんだか……何があったんだ?」


 徐々に殺気立つ二人の周りから緊張感が広がろうとしていたその時、場の空気を宥めるような高い女性の声が響いた。


「あの、ア、アロルド団長! お久しぶりです」

「……ソフィア殿下。相変わらず美しいな」

「っ! あ、ありがとうございます……! アロルド団長にそんな風に言っていただけるなんて。だけど、騎士団では敬称を外していただけると……」


 頬を染め下を向くソフィア。その様子をアロルドは顔に嫌悪感を貼り付けたまま冷たく見下ろした。


「サファイヤのような美しい瞳を持つ青百合姫。全国民から愛される国民の妹だったか」

「そんな……お恥ずかしいです」

「お恥ずかしいだろうな。おまえにそんな呼び名はふさわしくないんだから」

「え……?」


 みるみるうちに血の気が引き、ソフィアは顔面蒼白となりその場に立ち尽くした。あまりの言いようにルートヴィヒが慌てて会話に割り込む。


「なっ! アロルド団長、ソフィアに謝ってください。何の権利があって彼女を傷つけるんですか!?」


 はぁっとため息をついたアロルドは周囲を見渡した。ソフィアへきつくあたったことで敵意をむき出しにする団員もわずかながらいるものの、多くは困惑する団員だ。


「ルートヴィヒ。ちっぽけな正義感だけは一人前なんだな。まったく、第二魔獣騎士団の程度の低いことよ」

「アロルド団長! 今の言葉は聞き逃せません! 訂正してくださいっ!」

「賢いグリフォン達がよくおまえらに従うな。俺は本っ当に、心からグリフォンたちが気の毒だ。……ルートヴィヒ。おまえの危機管理能力のなさと情報収集能力の低さにはほとほと呆れたよ。それからソフィア」


 はっとして顔を上げたソフィアはすでに涙ぐんでいた。だが、アロルドは何の感慨もなさそうに言い放った。


「今年で二十二だったか? 分別のつかない子供でもあるまい。おまえが親し気に触れる男には恋い慕う女性がいるとは考えたことがなかったのか? 傍観する周囲も同罪だ」

「そ、そんな……私はそんなこと」

「……アロルド団長、ソフィアが男性ならそんなこと言いましたか? 明らかにそれは差別ではないでしょうか」

「ルートヴィヒ。たとえお前がソフィアを女だと思っていなくても周りはそうじゃない。はぁ……もういい。幼稚なおまえたちと話していると気が狂いそうだ」


 目元を片手で覆い、帰ろうとするアロルドの腕にソフィアが追いすがる。


「お、お待ちください、アロルド団長! 何か誤解を――」

「気安く触るな!」


 パンッとその手を跳ねのけたアロルドの語気の強さに場の空気が凍り付く。打たれた手の甲を胸の前で握り締め、ソフィアは呆然としながらアロルドを見つめた。


「……おいしい魚介のごった煮が待っているから、俺は戻る」


 しんと静まり返った。アロルドが立ち去るや否や再びざわめきに包まれるも、多くはソフィアに同情する声だ。彼女はハラハラと涙をこぼし、魔獣舎へ駈け込んでしまった。団員たちが気の毒そうにその背中を見つめる。


「泣き顔を見られたくなかったんだろうな……。かわいそうに」

「アロルド団長はなんだってわざわざこっちまで来てソフィアをいじめたんだ?」

「さあ……? 機嫌が悪かったとか? だけどルートヴィヒ団長がソフィアの後を追っていったから、きっと慰めているさ」

「そうだな。我らが自慢の国民的カップルだもんな。そっとしておいてやろうぜ」


 

 魔獣舎へ駈け込んだソフィアは号泣していた。その傍らに腰を下ろし、ルートヴィヒが慰める。


「ルートヴィヒ……うっ、なんで? なんでかなぁ……うぅ、わ、私、嫌われてる……」

「なあ、ソフィア。アロルド団長のこと、まだ諦められないか?」

「う、うっ、私が十五年以上片思いしていること、知っているでしょう? ぐすっ……あの人の……、アロルドのことを愛しているの」

「だけど、今日は尾行を止めた方が良さそうだ。バレたら烈火のごとく怒られそうだぞ?」

「……ぐすっ、そ、うね……。今日は、諦める……」


 ソフィアは七歳の頃から一途にアロルドを思い続けている。この十五年の間にアロルドは最愛と出会って命を授かり、その腕に抱くことなく二人を同時に失った。その後は特定の恋人を持っていない。

 

「亡くなった、奥様の代わりにはっ、なれないってわかってる……だけど、この気持ちはどうしようもないのっ!」

「ああ、わかってる。俺もクラリスを諦められなくて十二年もかかって結婚したんだ。まったく、……お互いに執着がひどいよな」

「ぐずっ……、自分ばっかりずるい……。私のこと、励ましてよ。ルートヴィヒは最愛を手に入れたんだから」

 


 二人を応援する周囲が「余計なことを耳に入れないように」「気を遣わせないように」とおかしな団結をした結果、ルートヴィヒは全く知らなかったのである。

 

 まさか、国民の理想のカップルだと呼ばれ、相思相愛だと思われていることを。


 そして、ルートヴィヒの最愛であるクラリスが、二人の障壁である悪女として認識されていることを。

 

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