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2.人生はこれから

 ――花咲さくら、二十八歳。会社帰りに、わき見運転の車にはねられ死亡。


 っ、懐かしいような……、もしかして私の前世……?


 そう、そうだわ、……思い出した! 

 

 ブラックすぎる会社で社畜エンジニアとして働き、二徹後に朦朧としながらもふもふカフェへ癒されに行こうとして……!


 手元にあったナプキンに急いでくるみを吐き出し、水で口をゆすぐ。少し喉が痒いが、飲み込んでいないし少量だったから大丈夫だろう。そうそう、前世もくるみアレルギーだったわ!

 

 わあ、日本人だった頃の文明の利器に美食。便利な生活も懐かしい。今世は中世ヨーロッパ風の異世界? 気弱なクラリス・レーンクヴィストも私だけど、花咲さくらからしたらクラリスはずいぶんとハードモードな気がするわ。

 神様が気弱なクラリスが少しでも生きやすいように、前世の記憶を掘り起こしてくださったのかしら。さくらはしっかり者で、どちらかといえば姉御肌なタイプだったものね。今世のクラリスとは大違いだわ……!


 うんうん。確かに、このままだと私は心身を病んでしまうところだったと思う。それもこれも、妻に無関心な夫のせいね。


 初夜だって……。


『え? ル、ルートヴィヒ様、初夜なのに、い、一緒の部屋をお使いにならないのですか……?』

『……ああ。今日はいい』


 スケスケのランジェリーを着させられ、破裂しそうな胸を抑えながら何時間も待っていた私。

 冷たく見下ろしてきた大好きな夫からの一言。

 夫婦の寝室に一人置き去りにされた私の心もとなさ……。


 いや、まじでひどくない? 男がリードしてしかるべきだって言うのに尻込みしてさ。この世界で初夜で夫に抱かれることがどれほど重要なのか知らなかったとは言わせない。シーツに破瓜の痕跡がなかったことで私たちは初夜をしていないことがバレたどころか、その後も致していないことがバレバレだ。


 ちゃんと義務を果たしてくれないから。

 夫が妻を邪険にするから使用人たちも敬わないのだ。


 そりゃあ、使用人たちだって気弱な名ばかりの奥様に対して横柄にもなるってもの。うら若いクラリスを放置し続けたルートヴィヒが悪い。


 彼らのクラリスに対する些細ないじわるは枚挙にいとまがない。湯船だってルートヴィヒの帰りが遅い日は水のまま。クラリスは凍えながら身を清めている。

 だけど、アレルギーを知っているうえでの食事の提供……、命にかかわる仕打ちは悪質すぎる。

 耐え忍ぶしかないと思ってたけど、前世を思い出した今となっては離縁すればいいだけよ。こんな生活、早く抜け出さないと。


 そもそもこうなったのは、ルートヴィヒ様に愛する人がいるからなんだもの。


 お相手はソフィア・セーデルホルム殿下。この国の第二王女であり、ルートヴィヒ様と同じ第二魔獣騎士団の団員。抜群のスタイルに王族らしい輝く金髪と海のようなターコイズブルーの瞳を携えた絶世の美女は、国民の妹として人気が高い。


 愛され王女と漆黒のグリフォースの二つ名を持つルートヴィヒは、絵に描いたような美男美女、悲劇のカップルとして小説や演劇の題材になるほど人気なのだ。


 そして私は二人の愛の障壁となる悪者で、傲慢な妻なのだそう。


 まったく、ひどい話だ。縁談を持ち込んだのはレーンクヴィスト伯爵家なのに。

 ソフィア王女とは家格が合わなくて、義両親はルートヴィヒ様に諦めさせようと私を当て馬にしたのかしら。だとしたら、大失敗ね。


 そう思った瞬間、胸がずきんと痛んだ。

 

 わかってる。ルートヴィヒはクラリスの初恋の人だった。

 だからこそ、身の程知らずとわかっていても、縁談の申し込みをされた時は天にも昇る気持ちだったよね……。


「……っ」


 世間の冷たい風当たりを一心に受けてきたけど、それも今日で終わり。

 十八歳で嫁いだ私も二十歳になった。二年も耐えた。えらい、私。

 

 まだ二十歳。人生はこれからだと思ったら、ワクワクしてきた。


「よし。ルートヴィヒ様とは離縁して、とっととシングルライフを謳歌しましょう」

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