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19.悠々自適

 思わぬ形で出勤初日からルートヴィヒ様と鉢合わせしてしまったけど、家に戻れば一気に現実に引き戻されるわけで。使用人からは相変わらず「出来損ないの奥様」扱いで、歯止めが効かない。


 夕食の時間になり食堂に向かうと、そこには大皿に乗った貧相なワンプレートが置かれていた。あら。メインディッシュは身が崩れた魚のソテー? 捨てる野菜を集めたしなびたサラダに野菜くずが浮かんだスープ、焦げたパン。以前にもましてひどくなったわね!?

 

 ああ、ルートヴィヒ様は今日からしばらく帰ってこないんだったということを思い出す。今朝、「なるべく早く帰ってくる」って言ったのは遠征先からってことだったのね。てっきり今夜のことだと思ったのに……クララは一週間遠征があるって聞いたけど、クラリスは聞いていないんですが? 

 まったく、意思疎通がここまでできないってどうかしているわ。


 皿をじっと見つめる私に、メイド長のオパールが胸をそらして威張り散らした。


「仕事も何にもしない奥様。最近毎日遊び歩いてさぞかしおいしいものをお召し上がりでしょう? もう外で済ませていていらないのかと思ってました」

「……」


 以前の私なら、ここで「す、すみません……」と消え入りそうな声で謝っていただろう。だけど私は以前の気弱なクラリスではない。


「あなたの言う通りね。女主人としての仕事をしていないのだから、そう言われても仕方がないわ。だけど、そういうあなたは自分の仕事をまっとうしているの?」


 室内にいる他のメイドや執事を見回した。ここにいる誰一人、私を女主人として敬う人はいない。私も悪かったかもしれないけど、そもそも仕事を与えられてもいないのにどうしろと?

 何もしなくていいと言ったのはルートヴィヒ様だし、「そんなわけにはいかない、仕事を教えてほしい」と頼んだ私を無碍にしたのは、執事長とメイド長だ。

 

 ……わかっている。みんな、自慢のルートヴィヒ様が王女様と結婚してほしいと願う気持ちが強すぎるだけなんだよね。うんうん。あと一年で穏便にすべてを終わるから、波風を立てないでもらえるだけで私はいいのよ。


「これから先、私の世話はいらないわ。自分のことは自分でします。明日の朝、敷地内の別邸に移りますから、そのつもりでいてください」


 さくらの一人暮らし経験があるから料理も掃除もできるし、こんな針の筵で暮らす必要なんてないもの。執事は慌てて「ルートヴィヒ様が遠征からお戻りになられてから確認する」の一点張り。

 オパールたちは動揺したものの、急に生意気になった奥様にじわじわといらだちが募って来た様子。喜びを隠せないと言った表情で、執事に詰め寄った。


「奥様の命令なんだから従えばいいじゃないですか~」

「そうですよ。無口な奥様たっての希望なんですから」


 ……もう呆れて言葉もないわね。


 こうして、ルートヴィヒ様が一週間の遠征で首都を留守にしている間に、私は無事に別邸という安住の地を得て、お世話係ライフを楽しむことになったのだ。


 いつ来客が来てもいいようにと定期的に掃除がされていた別邸は快適の一言に尽きる。使用人の立ち入りを禁じた結果、別荘で一人暮らしをしているような感覚で、もうサイコーとしか言いようがない。

 三日も経つと大胆になった私は平民っぽいワンピースにウィッグを被り、クララのまま裏門から出て出勤。屋敷の誰もクラリスだって気づかないんだから、よほどクラリスの印象が薄いんだろう。「奥様が勝手に雇った使用人が出入りしている」とでも思っているようだ。うん、まさか引きこもりのクラリスが出かけるとは思わないものね。

 

 その結果、お世話係の帰りに市場によって食材を買い求め、夜は自炊をするという生活を楽しんでいる。

 ワイングラス片手に料理するだなんて、この世界の人たちにはありえないでしょうね。


 何もできないクラリスが、今頃ひとり寂しく食べることもままならずにいるんじゃないか?なんて心配する使用人はいないようで。


 こうして私は、悠々自適な生活を手に入れたのだ。

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