18.ルーって呼んで?
……根掘り葉掘り、ずいぶん細かく聞いてくるわね。
一瞬訝しく思ったものの、もしかして第二魔獣騎士団にもお世話係を取り入れようと思い始めたのでは、と思い至る。
「厳しく調教されている」という子グリフォンたちが私みたいなお世話係と楽しく遊べるのならいいことじゃない? アロルド団長の「子供の仕事は遊ぶこと」には大賛成だもの。
私は喜んでルートヴィヒ様の質問に答える。すると彼は少し考えたそぶりをして、私と子ドラゴンをちらちらと交互に見つめた。
「その、……もしよかったらでいいんだが。時々見学させてもらえないだろうか」
「見学、ですか?」
「子ドラゴンとどんな風に過ごすのかを知りたくて」
なるほど。子グリフォンのお世話マニュアルを検討するにあたって、参考にしたいということね? えっと、今日は初日だし、とりあえず今後のことはノープランなんだけど。
「それでもかまわない。何かヒントになるかもしれないし……いいだろうか?」
「えーっと……」
どうしよう。ちらっとドラちゃんに視線を送ると、ルクラに向かってギャッギャッと楽しそうにはしゃいでいる。他の魔獣ともコミュニケーションを取るって、多分いいことよね?
ドラちゃんのためになるなら断る理由もないかな。それにルクラのもふもふにも触らせてもらえるし、一挙両得……!
「はい、いいですよ」
「……よかった」
心底安堵したとでも言うように、ルートヴィヒ様がくしゃりと笑う。いつもの無関心な顔ではない、嬉しそうな笑顔に心の底がざわついた。
「……っ!」
こ、こんなの不意打ちじゃない……。
顔が赤らむ自覚にそっぽを向いてしまったが、ルートヴィヒ様は楽しそうに次の約束を口にした。
「今日の午後から一週間遠征に出るから次に会えるのは来週だな。それじゃあ、八日後の午後の二つの鐘が鳴る頃にここで待っている」
「は、はい」
「あ、そうだ」
思い出したかのようにルートヴィヒ様が近づいてくる。
……え、近い近い!
手を伸ばせば触れられる距離まで近づくと彼はぴたりと止まった。彼の顔が近づいてくるのを感じ、慌ててガバッと下を向く。さすがにそんなに近かったらバレるでしょう!?
私のバクバクする心臓とは裏腹に、ルートヴィヒ様は気にした様子もない。
え? うなじに生暖かい吐息がかかったような……? ま、まさかね。本当だったら距離感おかしくない?
「……君の名前を聞いてなかったと思って」
な、なんでささやくのよっ!
「っ、クララです」
「クララ、ね。了解。俺のことはルーって呼んで?」
へ? 何言っちゃってんの? 勢いよく顔を上げた私の目の前には、端正な黒髪の男のアップ。
「えぇっ!? そ、そんなことできません」
「どうして? 許可しているのに」
「身分が違います!」
ドラちゃんのお世話係のクララは下町育ちの平民という設定だ。これはアロルド団長の渾身の創作。
『病気の母親を看病する健気なクララは昼夜問わず働きづめ。酔っ払いに絡まれたところをアロルド団長が救った縁で、ドラちゃんのお世話をすることになった孝行娘』
だそうだ。「そんなクララなら周囲も優しくしてくれるさ」だって。
いや、なんかアロルド団長の役回りがかっこいいんだけど。……ま、いっか。
前世日本人の私は庶民だったし、平民娘のふりは地でイケる。
というわけで、伯爵家跡取りのルートヴィヒ様を平民のクララちゃんが「ルー」なんて呼ぶわけにはいかない。そもそも妻のクラリスだって「ルートヴィヒ様」と呼んでいるのに。
困惑を隠せない私に、「それじゃあ八日後、楽しみにしている」と少年のような笑みを浮かべながらルートヴィヒ様は去って行った。それも、ルクラの綱を引き、何度も振り返りながら。
ちょ、……人の話、聞いてました? 聞いていませんでしたね?
「な、なんなのよ……」
第二魔獣騎士団にとっていい情報を得たからあんなにご機嫌なの? 子グリフォン育成計画が楽しみすぎて笑顔だったってこと?
「……ここ二年の結婚生活のトータルより、会話したんじゃないかしら」
私は彼の背中が見えなくなるまで、その場に立ち尽くしていた。
次話から毎朝1話の更新予定です。
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