13.ありったけの理性をかき集めて(ルートヴィヒSide)
読書が好きな彼女のためにあらゆる本を取り揃え、社交が苦手なクラリスが煩わしい思いをしないよう、招待状はすべてこちらで管理し丁重にお断りしている。
願いがあればなんでも聞く準備があるというのに、クラリスは欲しい物ひとつねだらない。品質保持費に割り当てた金額も十分の一が消費されるのがやっとだ。
食も細いと聞くからシェフには腕を振るうよう伝えてあるが、残すことが多いと聞いた。してあげられることが少なすぎて、クラリスへの愛情を持て余しているところだというのに。
……この時間までひとりで外にいたことを責めているのなら、完全にこちらの落ち度だ。護衛は全て入れ替えよう。領地にいる父が何事かと慌てて飛んできそうだが、とりあえず明日の朝、一旦全員をなぎ倒さなければ気が済まない。
アロルドはじゃあな、と手を挙げるとすぐに帰ってしまった。お礼はまた改めてすればいいだろう。毎日王城で顔を合わすのだし、詳しいことはまた明日改めて聞いてもいい。それよりも今は――。
腕の中にいる大切なクラリスを寝室に連れて行き、早く寝かせてあげたい。
閉じられた瞼がぴくぴくと動き、少し開いたふっくらした唇が愛らしい。思わず見とれていると護衛騎士が駆け寄り、両手を差し出してきた。
「ルートヴィヒ様。私めが代わります」
は? なぜおまえにクラリスを渡せねばならぬのだ。
「……いい。全員もう下がれ」
ちらっと執事に目を向けると、心得たと言うようにうなずいた。マルセロもすばやく使用人たちに近寄っていく。以心伝心とはまさにこのことだ。クラリスの酔っぱらった仔細を広めたりでもしたら、長年仕えた使用人だろうがただじゃおかない。
クラリスの部屋に入ると、ふわっといいにおいがした。花? なんの花のにおいだろう。
この部屋に入るのは、クラリスが嫁いでくる前日に自ら内装の確認を再度した時が最後か。実に二年ぶりに足を踏み入れたクラリスの部屋。ベッドへそっと下ろす。
「う~ん、くるしぃ……」
「苦しい? どうすればいい?」
変な物でも食べたんだろうか。アロルドのようなワイルドなやつと同じ食事を取ったとしたら、繊細なクラリスの体が拒否反応を起こした可能性もある。医者を呼んだ方がいいのか?
あたふたとしていたら、もぞもぞと手を動かすクラリスの仕草で気がついた。
「あ、……もしかして、コルセットが苦しいのか」
「うぅ……、とりたい……」
「っ」
どうする? 使用人を呼ぶか? いや、こんな酔っぱらったかわいいクラリスを同性とはいえ見せるのは悔しい。ごくりと唾を飲み込み。クラリスに尋ねる。
「……俺が、外してもいいか?」
「うん」
こくこくと頷くクラリス。
どうしたらいいんだ? まずはこのワンピースを脱がさなければコルセットは外せない。
「……脱がすぞ」
リボンやボタンの類を外し、ワンピースを脱がしていく。うつらうつら目を閉じたままなのに協力的なクラリスは、脱がしやすいように体を動かしてくれる。しゅるしゅるとワンピースを脱がす音だけが部屋の中で響き、自分の心臓の音がドッドッと耳の中でこだました。……なんだ、このシチュエーション。
あまりのかわいらしさに貪る自信がありすぎて初夜から逃げて以来、タイミングを逃し続けて早二年。遠征を合間合間に挟んだとは言え、期間を空けすぎてもはやどう接していいのかわからないところまできてしまった。
極度の人見知りで社交はおろか、夫である俺ともなかなか目を合わせられないクラリス。使用人たちにもあまり構い過ぎないよう、必要最低限の人員であたるよう念を押してある。それでも報告によると「ひとりでいることが気楽」らしい
……結婚できたことが奇跡だ。まさか受け入れてもらえるとは思わなかった。
長年想い続けたクラリス。君が心を開くまで、俺は何年でも待てると思ったのに。
これは神様がくれたチャンスなんだろうか。