10.アロルド団長
「それで? ずいぶん度数の高いお酒を飲んでいるみたいだな」
「うん、あたしぃ、お金いっぱい持ってるから高いお酒頼んだの」
自分の宝石を売ったお金だもん。誰にも文句は言わせないわ。強いて言えば、私の両親。だけど、あの人たちならきっと許してくれるわ。
「高いんじゃなくて強いんじゃ……」
団長がじろっと視線を送る先にはマスター。視線を泳がせた気がするけど、マスターは悪くないよ? 高いお酒をオーダー通りに出してくれたもの。
ため息をつきながら、アロルド団長が私に尋ねた。
「で、君はこんなところで飲んでいていいのか?」
「いいのいいの。あたしのことなんて、誰も待ってないし」
「ん? 結婚してるだろう?」
「けっこん?」
ぎゅっと眉を寄せてアロルド団長を見つめると「ん?」とほほ笑まれた。イケオジめ~!
「はんっ! あんなのけっこんって言わないわっ! ……あたしのこと、あの人は空気にしか思ってないのよっ」
「ルートヴィヒが? そんなはずは……」
眉間にしわを寄せる団長。……ん? それより今、ルートヴィヒって言った?
あ。
……その表情は私のことも知ってたんだ。
「……っ」
てっきり、私のことは知らないと思ってた。だから気さくに話しかけてくれるんだって思ってたのに……。そうだよね、この王都でお二人の噂を知らない人なんていない。
ちらっとアロルド団長を見ると、彼は「どうした?」と優しく首を傾げた。
……急に恥ずかしさといたたまれなさに包まれる。だって、私に向けられる目に悪意が含まれていないんだもの。やめて。そんな優しい目で見られたら気が緩んじゃう。
「……うふふ。知ってる? 私って、夫と王女様の仲を邪魔する悪妻なんだよ?」
あ、やばい。涙が出そう。普段ならこの場からさっと立ち去るのに、そうしなかったのはお酒と目の前のイケオジの包容力のせい。
それに、なんとなく口が固そうで見守るような視線を送ってくるマスターに安心してしまったからなのかも。
「うっ……、あの人が、結婚してくれって言ったくせに……あたし、当て馬にされて、悪者にされて……」
もうダメだ。ぽろぽろと涙がこぼれた。
「……かわいそうに。たくさん傷ついたんだな」
「傷つくどころか、……あたし、レーンクヴィスト家で殺されかけたんですよ」
「……なんだって?」
「聞いてくださいよぉ」
積もり積もった愚痴が堰を切ったように溢れ出す。
使用人からの扱い、ルートヴィヒ様の冷たい態度、挙句の果てにいつまでも出されるくるみの話。
「あたしが、何をしたって言うのよぉ……」
さりげなく差し出されたハンカチで涙と鼻水でぐっちゃぐちゃの顔を拭いた。……いいにおい。イケオジのハンカチはいいにおい。
思いの丈を吐き出したら、想像以上にすっきり。
「ぐすっ、だけどもういいの。あたし、後一年したら白い結婚で離縁できるんだぁ。えへへ」
「おっ? 離縁するのか?」
「はい! 離縁したらぁ、実家の領地の隅っこで、もふもふカフェを開いてぇ、動物と子供が戯れる姿を眺めて――」
「ほぅ! クラリス嬢、願ってもない!」
ぐっと顔を寄せられるとイケオジの顔が間近に迫った。僥倖です。
「ん? 何がです?」
「動物が好きなんだろう? かわいい動物のお世話係を探しているんだけど、やってみないか?」
かわいい動物? もふもふが王都にいるの?
カフェをオープンするための軍資金も稼ぎたいけど、貴族の夫人が外で働くのはハードルが高い。仕事を見つけるのも一苦労だなと思っていたのに、もふもふと働けるなんて断る理由がないじゃない。
「やる! やります!」
「よかった。なかなか人手が見つからなくて。それじゃあ、来れる日からこの間のドラゴンの獣舎でよろしく」
「ん? ドラゴンの獣舎?」
「そ、ドラゴン。この間の水色の子ドラゴン、君によく懐いてたようだし、適任が見つかって本当によかった」
「……へ?」
ドラちゃんのお世話係ってこと? そりゃ、ドラちゃんはかわいいけど、ドラちゃんはもふもふじゃない……。それにあそこで仕事するってことは、どう考えたってルートヴィヒ様に会いそうな気がするんですが?
私の心配を見抜いているのか、アロルド団長は問題ないと言う。いや、あるよ!
「大丈夫。偽名を用意して、かつらと眼鏡を使えばルートヴィヒにもバレないさ。どう?」
……バレない、かなぁ。アロルド団長が協力してくれるんだったら、いけるかも? どっちみちお金を稼ぎたいし、よくわからないところで働いて危ない目に遭うよりもいいかも? 平和な日本育ち、今世は箱入り娘だったクラリスは、なんだかんだいってこの世界の街の様子がよくわからないし、安心できる職場は重要だ。
冷遇するくせに口うるさいレーンクヴィスト家にも、「王城に行ってくる」って外出しやすいのも魅力的。……うん、答えは一択しかないわ。
「はい、ぜひ働かせてください!」
こうしてアロルド団長と楽しく飲み、ドラゴンの話や最近の遠征の話を聞かせてもらった記憶はあるのだけど。
気がついたら私は自分のベッドの上にいたのだ。……しかも、裸で。




