Episode 2 ― 始まりの波紋
「正義の名のもとに犯罪者を裁く者が現れた」
ニュースキャスターの声がテレビ画面から響く。スタジオには専門家と称される人物が並び、謎のハッカー“0xJustice”についての議論が白熱していた。
「彼は救世主か、それとも脅威か――」
SNSでは賛否が分かれていた。「政府が動かないなら、0xJusticeに任せるべきだ」と賞賛の声もあれば、「こんな独断はテロと同じだ」と批判する者もいた。しかし確かなのは、世界が揺れ始めたという事実だった。
それから数週間が経過した。
“0xJustice”による連続的な暴露と糾弾により、世間の関心は日に日に高まっていく。
長谷川英人は、自室のディスプレイ越しにそれらの反応を見つめていた。
広がる憶測、乱れる情報、騒ぎ立てるメディア。それらをただ、冷めた目で見ていた。
「想定内だ」
無数のタブを開いたブラウザ。その一つには、国際的なサイバー犯罪対策組織が設立したばかりの“0xJustice特別調査班”のニュース記事。英人は興味すら示さず、タブを閉じた。
重要なのは騒がれることではない。
「次に、誰を裁くか」――それだけだ。
彼の眼差しは、すでに次の標的へと向いていた。
日本国内のある国会議員。表向きは福祉重視を掲げるクリーンな政治家。だがその裏で、税金の横流しと反社との癒着が噂されていた。英人は独自のネットワークとリバースエンジニアリングで、その足跡を静かに追い始めていた。
“正義”は、誰かに与えられるものではない。
奪い取ってでも、自分で定義するものだ。
深夜。東京の片隅。
英人は自室に籠もり、複数の仮想OSと匿名プロキシを駆使しながら、標的のサーバーへの侵入を試みていた。鍵となるのは、政治家の私設秘書のスマートフォンにある暗号鍵。
その端末のバックアップがクラウドに自動保存されていることを突き止めると、彼の指はほとんど迷いなく動いていた。
パスワード突破。ハッシュ解読。ファイル復号化。
それはもはや芸術のような手さばきだった。
「よし…」
スクリーンに浮かび上がる数十件の取引データと、裏金の流れを示す詳細な帳簿。
その中には、政財界の大物の名前がいくつも記されていた。
見た者の命を奪うほどの情報。それを、英人はただのデータとしか見ていなかった。
彼にとって重要なのは、事実を暴き、世界に晒すこと。
その夜、暗号化されたファイルが密かに複数のクラウドへとアップロードされた。
ダウンロードリンクと同時に、自動で世界各国の匿名掲示板やジャーナリストの連絡先へ送信されるプログラムも走る。
英人は、椅子に背を預けた。
手元のコーヒーは冷えきっている。それでも、満足げに口元がわずかにほころぶ。
「反吐が出る...」
彼の手元には、次のターゲット候補がすでに10名以上並んでいる。
政治、企業、宗教、メディア。
この腐った世界には、裁かれるべき者があまりに多い。
だが、すべてを暴く必要はない。
必要なのは、“象徴”となる数人を選び、人々の意識を変えることだ。
「正義とは、誰のためにある?」
静寂な部屋に、英人の声だけが響く。
その問いに答える者は、まだいない。
だが確実に、世界は変わり始めていた。
……その頃。
CGA(政府サイバー防衛機構)の一室では、ひとりの男が無言でモニターを見つめていた。
表示されているのは、“0xJustice”の最初の暴露に関するログファイル。
男の名は、西園寺煉。
その鋭い眼差しは、すでに何かを見抜こうとしていた――。




