2:知ってるか、地面の味って奴をよ
目を開けば森の中。
「……しまった。場所を聞くの忘れてた」
どうすんの、これ?
サバイバル知識とか、ほとんど無いんですけど?
森の中から始まるなんて、全くの想定外。
「……女神様、女神様、女神様」
必死の神頼みを行う。
なにかしら返答くれるっしょ……
無言で森の中、手を組み、膝を地面につけ、祈りの姿勢。
少し待っても返答はない。
せいぜい、森の中で鳥の鳴き声が聞こえたくらいだ。
「……女神様、女神様、女神様」
キモイとか言われてたからなぁ……
もしかして見捨てられてる?
いや、まだまだ! 三度目の正直だろ!!
「……女神様、女神様、女神様」
土下座して、指に力を入れながら祈る。
木の葉が風で擦れる音、鳥の鳴き声。
なんて、心地の良い環境音だろうかっぁああ!!!
「女神さまっぁあああ!!? マジで放置っ!?」
しばらくの間、俺はその場から動く事もせず、ただただ地面に額と口を擦りつけて、祈り続けた。
「……死ぬ思いってか、下手すりゃこのまま死ぬ可能性が出てきたんだが。つうか、簡易的な異世界知識があっても、そもそもここがどこか分からないのは駄目じゃね?」
異世界に来てボッチ。
いや、ボッチでも構やしない気がするな。元からそうだったのかもしれない。
とりあえず、まっすぐ進んでみるか。
地面に枝で線でも引いていけば、遭難もしないだろ!
「ある~日~、森の中~」
「……」
「熊さんに~、出会った~」
「……」
「花咲く……どなた?」
子どもが俺を見ていた。
「……」
「あぁ、大丈夫。俺、見ての通り人畜無害だからさ! 言葉分かる? ここどこかな? ねぇ、教えてよ」
俺の最高の笑顔で子どもに話しかける。
これでイチコロさ。
「……ひっ」
あ、あれ? おかしいな……
いや、待て。森の中でいきなり笑顔で話しかけられたら怖いか。
よし、ここは対話だ。対話して恐怖心を消してもらおう!
「大丈夫、怖くないって! マジで怖くないからさ! ほら、見てよ! 持ってるの木の枝だけだろ? こんなので何するって――あ、待って! いかないで!」
「いやぁあああっ!!」
子どもは慌てて背中を向けると走り出した。
ここで希望の芽を引きちぎる訳にはいかねぇ!! 枝持ってる場合じゃねぇ!!
「大丈夫だって!! マジ!! なんもしないって約束できるから! 待ってよ! 話聞けって! 一度止まれよぉお!」
だんだん楽しくなってきちゃったぜ……!!
ほぉ~ら、捕まえても何もしないぞ~。ただの追いかけっこだぞぉ~!
「ぱ、パパあぁああ!!」
泣きじゃくる子ども。
その先に……民家が見えた。
「民家だ!!! 民家!!! なんだよ、意外と、近くに……」
近付く民家。徐々に遅くなる足。
森を抜け、民家がすぐ目の前に来た時には完全に足は止まった。
子どもの泣きじゃくる声に、大人たちが集まったようだ。
「あの、私……怪しい者じゃ……ないんです」
森を抜けて、複数人の男たちに包囲された。
手を挙げて伝えると、無害である事を理解してもらえたようだ。
男たちは頷いて、俺の傍に近寄ってくる。
「あぁ、分かってもらえましたか! 実は森の中で迷子に――」
男性が近付き……手を挙げる。
挨拶かな? それともハイタッ――いでででで!?
か、関節がっ!?
「あの、イダダ!? 不審者じゃないんです! 事案じゃないんですよ!! まじで迷子、迷子だったんですうう!!」
「……」
無言でもう片方の手も掴まれる。もう一人が手首に何かを巻き付けているようだ。
「冤罪だから! 冤罪、駄目、絶対!! 本当、迷子になって困ってただけなんです! そこにさっきの子がいたから、テンション上がっちゃっただけなんですっ!!?」
そのまま無言で男たちに連行され、小さな小屋に入れられた。
気分はドナドナ……なんちゃって……どうすんだよ、これ……
異世界、初っ端から良い事ないんだけど。
「あの、扉を開けてくださいっ! 心の扉も開いて……お願いです」
「静かにしろっ! その内に村長が来る! お前の処遇はその時に決まる!」
「そんなの絶対、罪人ルートじゃないかっ!! 出してくれ、頼みます! お願いしますぅう!」
ガンッ、と扉が衝撃と音を伝えた。
俺への返答はこれだけ。
「どうじで……どぼじで……」
女の子座りでめそめそしちゃう。
だって、私、女の子だもん……!
んなわきゃ、あるかぁあ!!!
こんなところで捕まってたまるか! どうにかして逃げてやる!!
「……魔力! 魔術を使えば!!」
でも、どう使うんだ……想像して呟けって言ってたか?
目を閉じながら考える。
「何を想像すりゃ良い……? 小屋に大穴でも開ける回転ドリルが飛んでく想像でもすりゃぁ――」
指先に何かを感じて目を開けば、小さなドリルが出ていた。
「ふぉおおおっ!? こういう事をぉおお!? え、これを飛ばせば良いのか!? いけ!! ドリルっ!!」
想像と呟き通りに小屋の壁へドリルが飛んでいく。
突き刺さると回転し、木くずを出して――止まる。そして消えた。
「……え? こんだけ? 貫通すらしてないんだけど、受けるわ」
そして襲ってくる疲労感。
あぁ~、だめだこりゃ……
何もする気も起きずに、俺はその場に大の字になると、疲労感に抗えず眠りこけた。
★☆★★☆★
「おい、起きろ!」
「いてっ」
男に足を蹴られた衝撃で起きる。
「お前の話を聞く。さぁ、とっとと立って歩け」
「む、無実ですからね? そこんところ、お願いしますよ。ほんと」
「村長の前で言うんだな」
手首に縛られた縄を引っ張られ、小屋を出て歩く。
歩きながら村を見れば、それなりに人がいようだ。
連行される俺を、奇異の目で見ている。
「村長、連れてきました」
他の家よりも少し大きい家に着くと、男はそれだけ言って玄関を開ける。
「おぉ、ダンカン。連れてきてくれたか」
「こいつが森でジョーイの子どもを追っかけてた不審者です。本人が言いたい事があるみたいでしてね」
……この、しわがれたお爺さんが村長。
しっかりと伝えないと、この異世界だと死罪も……
今更ながらの現実にゾッとして、震えそうになりながら口を開く。
「あ、あの……俺、あ、いや、私は怪しいものじゃなくですね……森で迷子、迷って! それで!」
「……迷った? あんな小さな森で?」
「気が付いたらあそこにいたんです! だからここがどこかも分からなくて! そこに子どもがいたから、つい嬉しくなって!」
「……追いかけた、と?」
そうなんだけど、別になんかしようとした訳じゃないんだ!
「追いかけたのは事実です。パット見、不審者に見えます……! でも、人がいて嬉しくなっちゃっただけなんです! 本当なんです!」
「子どもが言うには、へんてこな歌いながら歩いてたって聞いてるんですがね」
仕方ねぇだろ! あんな森にいきなりいたら歌ってたって……!
「き、気晴らしに歌ってたんです……! 本当なんですぅ!! 許してください!!」
バッ、と土下座の姿勢を取る。
「……一応、ジョーイのお子さんに場所を聞かれた、とも聞いてます」
「ふぅむ……お前さん、本当にあの森にいた理由も記憶もないのか?」
「本当に、本当に知らない場所なんです! お願いします! 見捨てないで!」
土下座したまま必死の懇願をする。
お願い、許して! あと、出来れば村で住まわせて!
「こう言って居るし、ダンカン……」
「……分かりました」
土下座したままの俺の手首から縄が外される。
やった……! これで助かった!
「ありがとうございます! ありがとうございますうぅ!!」
今なら村長の靴も舐められます!
「それで……君、名前は? それも忘れてしまったか?」
「お、俺の名前ですか? 俺の名前は……」
一難去って、異世界に来て初の名乗りか。
ここは威勢よく、言うところだ!
「俺は賢者になる男、『大木本木』だ!」