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長い眠りの後で  作者: たろう
第一章 出会い
8/40

9

朝から一悶着あったその日、僕らは午後から買い物に出かけることにした。


午前中はスタンにお休みをあげる。本人のたっての希望で、鈍った両足を鍛えたいといったから。


突然走り回ったりは無理だから、街を散歩しながら、ちょっとずつ筋力の恢復を図るのだそうだ。


最初は小一時間程度。その後、宿に戻ってきて足を休ませ、食事を摂ってから買い物へ。


そういう約束をした。


これから毎日歩き回るのなら、しっかりした履き物の方がいいから買いに行こうというと、スタンに遠慮されてしまった。もう色々なものを頂いたからと。受けた恩を返す方法が見つけられないからと。


律儀な性格だ。そして、好ましくも不器用だ。


それでもなんとか説得しようとしたけどできなくて、無理やり連れ出した。先行投資だから!出世払いだから!なんでも買ってあげる!と呪文のように繰り返しながら。





店へ向かう途中に冒険者協会の建物があった。


「そういえば、冒険者協会ってよくわからない。なんで冒険者って言うの?」

「あぁ、それは昔の呼称のなごりなんですよ。三百年以上も前にこの国が、いえこの大陸全土が一度滅亡の危機に瀕したことがありました。大災害ですね」

「それは知ってる。具体的にどういうことがあったのかは知らないけど……」


それが起きる前に眠りについたから。ただ、僕は数百年も眠りについていたというのか。信じられない。それほどの長い時間が経過してしまっていたという衝撃に耐えるのに僕は必死だった。


「大丈夫ですか?お顔の色が優れませんが」

「大丈夫。続けて」


スタンが頷く。


「大陸中で一斉に大地震が起きたと言われています。過去これほどの大規模な地震が起こった記録はこのときだけです。地震自体、この大陸では一部地域で起きるだけですから。そして、この国だけではなく多くの国がそれによって深刻な被害を受けました。この国について言えば、多くの建築物がその時崩壊し多くの人命が失われたと言われています。さらに時を置かずして大津波がこの国の沿岸部を襲いました。その後、トマス火山の噴火が起こりました。地震の影響ではないかと言われています。幸運なことに、その時の火砕流は隣国の方へ流れ出し、この国無事でした。しかし、小さな町は言うに及ばず、王都、交易の要の港、交易都市が破壊されたことによって、未曽有の大混乱に陥ったと聞いています。しかし、他国はこの国以上の被害状況だったようです」

「それから?」

「はい。比較的被害が軽微だったこの国はなんとかこの惨禍を生き延び、大災害以降も国家として機能し続けました。人々も辛抱強くその影響に耐えたそうです。その時、国の復興を目的として作られたのが冒険者協会であり、その始まりです。彼らは軍ができない部分を補う形でこの国の復興に貢献しました。荒れ地となった大陸全土に冒険者は散らばり、残された国々と様々な情報や資源をやりとりする仲立ちを務めました。災害後の影響が色濃くのこり、魔物が跋扈する大地を駆け回ったといいます。冒険者協会は各国にもその支部を増やしました。その復興支援が終わっても、協会は維持され、冒険者という呼称が残っているというわけですね。今となっては、誰も冒険などしませんが」

「なるほど。よくわかったよ。ありがとう、先生」


そう言って僕はおどけて大仰に頭を下げて見せる。


「どういたしまして。さぁ着きました」


スタンのほうを向いていた視線を、彼の視線に合わせると、そこには古くも立派な店舗があった。


「なんかわくわくする」

「そうですね。さぁ入りましょう」


扉は開け放たれているので、そのまま入ると、埃と油と皮製品と布と虫よけの薬とその他いろいろなものの匂いがないまぜになった、一種独特で不思議な匂いに包まれた。


陳列棚には所狭しと商品が並んでいる。並んでいるというか、ぎゅうぎゅうに押し込まれているというか。よく見ると、きちんと品物が間隔を開けて陳列されている一角もある。たぶん商品価値、価格の違いで並べ方が違うのだろう。


相場も作法も何もわからないので、僕はスタンについてまわる。


「こういうお店にスタンは来たことがある?」

「ええと、まぁ、似たような店なら。私がまだ愚か者だったころ、調子に乗って冒険者登録をした際に、色々と道具を見繕いました」

「なるほど。経験者というわけだ。いいね。スタンはどれくらいの実力なの?」

「剣術と魔法につきましては、学院で習いました。実家でも少し」

「学院?それは、教会に併設されている学校とは違う?」

「はい。そちらは一般家庭の子供が、就職を見越して基本的な学問を学ぶための場所です」


学校だけでもすごいのに、その上の教育機関があるなんて。あらためてすごい時代だ……。しかも、昔は特殊技能だった魔法が、学院に入学できればしっかりと教えてもらえるなんて。


「学院はその上にあたる教育機関です。社交や交渉術、魔法に剣術、いくつかの外国語、歴史や哲学・宗教、論理学、地理政治等色々な学問をある程度まで学ぶことができます。そこから先、専門的な内容については、有名な学者や実力者に師事するという感じでしょうか。多くの貴族の子弟は、学院を出たら家に戻ってそれぞれの得意分野を生かして家に貢献する形となります。国の各機関への就職、軍部への士官候補として入隊などもあります。そして、この学院は成績優秀な者や商人などのある程度裕福な家庭の子女も通い、同様の道を進みます。一般の子女が出世するためには、この学院への入学がほぼ必須条件と言われています。ただ、この街に学院はありません。もっと大きい街へ行かないと」

「もっと大きい街があるの!」

「もちろんです。話を戻しますが、学院には条件に合致する者は必ず通わなければならないというような決まりはありませんので、上位の貴族者は入学しないこともままありますね。また、富豪の子女も、家を継ぐために経済や商売について各家庭で専門の家庭教師に師事したりもするので、やはり学院に通わないという選択をすることもあります」

「スタンは成績優秀だったんだね」

「どうしてそう思いましたか?」

「え?だって学院に入学できる子供は成績優秀って……。まさか、貴族?」


スタンがしまったという顔をした。


「……もう関係ありませんので」

「えっえっえっ?」

「奴隷堕ちした者など社交界の格好の噂の的です。死んでいるほうがよほど実家には都合が良いと思います。それに私には弟たちがいますので、後継者問題も起こりません。今の私は家名を持たないただのコンスタントです」

「ごめん。君の家族のこと全然考えていなかった。ごめん。家族がいるんだもん。家に帰りたいよね」

「いえ。今の私は家に帰ることなどできません。この体では今更合わせる顔もありませんし、帰ったところで実家に迷惑しかかからないのは明白です。貴族だった私は一度死にました。さらに言えば、もう四年もたっています。向こうももう私は死んだと思っているでしょう。そんな時、ふらっと戻ったりしたら、無駄に家を混乱させるだけです」


自己嫌悪。そうだ。どうして思い至らなかったんだろう。彼には今も家族がいるのに。


「それから一つ訂正させてください。私は当時クソガキでしたので、全然優秀ではありませんでしたよ」


押し黙った僕を励ます様に、スタンが心持ち高めの調子で話しかけてくる。


「ええと、私に新しい履物を買って下さるのですよね。でしたら、私はこういう形の物が好きなのですが」


そう言って、いかにも高そうなブーツを指さす。


「いや、それ絶対高いって。予算超過。というか破産だよ破産。値札がなかろうと、僕にもわかる高級感!」

「なんでも買って下さるのでは?」

「えぇ……」

「先行投資ですよ。私は優良物件ですよ?誠実。忍耐強い。それなりに知識もあり戦闘技能もあっておまけに顔が良い」

「違うよ出世払いだよ。それと、君、成績不良だったんでしょ」

「それは過去の話です。私は未来の話をしておりますので。こんないい男、手放す手はないですよ」


そんな感じでぎゃーぎゃーやっていたら、御用伺いに店員が近づいてきた。


予算を告げて購入できそうな品物をいくつか見繕ってもらう。その中からスタンが好きなものを聞いた。


「本当に買われるのですか?本当に、私は別に今のままでも……」

「えぇ、今更?いいのいいの。これは先行投資。いざというときに、やっぱりそれなりのものじゃないと実力が発揮できないでしょ?」

「実力って……。そんな機会ありませんよ」

「いやぁわからないよ。例えば、急に僕が暴漢に襲われたりね」

「はぁ、まぁ、治安の悪い地区に近づけばそういうこともあるでしょうが、私があなたをそういうところに近づけないよう配慮しますので」

「優秀な人材が側にいてくれて僕は嬉しい!」


そう言って、無事良さげなブーツを購入することができた。数百年経っても、やはり身に付ける物の多くは高級品だ。


無事購入するとすぐ店を出た。これ以上いるとほかにも欲しくなってしまう。あの種々雑多な感じはあまりに魅力的すぎる。


帰りしな、僕はスタンに買ったばかりのブーツを履いてみてと言ったけれど、まだ履けないのだと言われた。新しい履物は叩いたり揉んだりなんなりして慣らしてからでないと、靴擦れの原因になるかららしい。


すみませんと、スタンが眉を下げて僕に言った。僕は返事を笑顔で返すにとどめた。


日がだいぶ落ちて、僕らは自分たちの長い影を追いかける形で帰路についた。


スタンは大事そうにブーツを抱えて歩いた。

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