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長い眠りの後で  作者: たろう
第一章 出会い
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8

「今のが占いですか?」


遠ざかっていく女性の後ろ姿が雑踏に紛れて消えた。


「そうだよ」

「奇妙な……。とても奇妙だ……」

「やっていることは単純なんだよ。符丁と連想」

「符丁と連想ですか?」

「そう。あらゆるものは繋がっている。繋がっていく。収束していく。ある一つの事柄に。みんな無意識にそこへ集まる。日々の暮らしの中で、誰かに聞いた言葉に、夜見た夢に、風の音に、星の光に、鳥のさえずりに、一枚の絵画に、そういったたくさんのものに僕たちは支配されている。無意識に、無意識に、ある一点へと集まる。拡散していくように見えても。誰も逃れられない。みんな繋がって、集まって……」

「集まって……?」

「……秘密」


スタンが僕を見つめる。その黒い瞳には何が見える?


「さぁ、次の客を呼び込まないと。寒いからもっと温かな服を買いたいんだ。あまりにも寒すぎる!それから、食べる物を買うためのお金、宿代も早急に入用だ。僕たちは生きているだけでお金がかかるからね」


それから夕暮れまでの間に、何人かを占った。失せ物探し、明日の天気、今年の麦の価格、晩御飯のメニュー、近道と遠回りどっちの道を通って帰るべきか、などなど。


男性女性、お年寄りに子供、妙齢の女性に働き盛りの男性、裕福な貴族の子弟、破落戸、冒険者、貧しい者、いろんな人がやってきて去っていった。


翌日も朝から占いをした。その翌日も、翌々日も。僕らは街角に立ち続けた。

運が良かった。天気がよく日差しは温かく。





僕らが占いを一緒に初めてから五日目だった。


その日はすこし天気が崩れて、薄曇りの日で、気温は上がらず随分寒かった。


寒いと左足や右腕が痛むのだとスタンは言っていたけれど、いつものように彼は僕の後についてきた。


昨日くらいからスタンは何か言いたげだった。言いたいことがある風に僕の方をみて、でも何も言わずに自分の仕事を全うしていた。


僕はそんなスタンの様子に気付いていたけれど、気付いていないふりをして、いつものように呼び込みを始める。今日も稼がないと!


その日は、客足もまばらだった。寒いからみんな一つ所にじっとして占いをしてもらうなんて気にならないのだろう。


そんな折、高齢の女性がやおら現れた。


「猫の居場所を占ってほしいの」


総白髪に肌の白さが相まってなんとも儚げな印象のご婦人だった。緑色の瞳が悪戯っぽい光を湛えて、とても愛らしかった。着ているものも品があって、お金持ちの奥様といった感じだ。


「できるかしら?」

「はい。大丈夫です。確実とは言えないのですが」

「ええ、そうね。占いですものね。承知の上よ。ずっと探しているの。ここ一月ほど見かけていないわ。いなくなったと気づいたときすぐに探していればと思うけれど、後悔しても何も変わらないものね。いなくなって一週間したころに、おかしいと思って探し始めたのだけれど、どこにも手がかりがなくて、いまだに見つけられないでいるの」

「飼い猫ですか?」

「ええ、そう。飼い猫だけど、とても自由で。ときどきふらっと家から抜け出して冒険にでかけるの。でも、一週間もしないうちに、ひょっこり帰ってきたのよ。今までは……」

「それはさぞおつらいでしょうね。どういった猫ですか?」

「三毛猫よ。名前はエリー。娘が名前をつけてくれたの。半年近く前に亡くなってしまったけれど。エリーはもういい歳だから、見つからないということはもしかしたらどこかで……なんて思うけれど、あきらめきれなくて。でも、この寒さですものね?一月も姿を現さないということから、見つかる可能性が高くはないとわかっているの。けど、やっぱり……家族がいなくなると寂しいでしょう?」

「わかります。ぜひお手伝いをさせてください」

「ありがとう」

彼女が占い料を僕に支払う。彼女の細い指が僕の手に触れた。


「これからする僕の質問に口を挟まず簡潔に答えてください」

「ええ、いいわ」

「エリーは、どこで生まれましたか」

「排水路の中」

「エリーは、どこが好きでしたか」

「玄関塀の上」

「娘さんは足は速かったですか」

「いいえ」

「旦那様の職業は」

「小さな商会の会長」

「植物には詳しいですか」

「あまり」

「お手伝いさんはたくさんいますか」

「住み込みは五人。通いが三人。臨時でときどき何人か」

「庭はありますか」

「はい」

「日当たりは」

「良いところも悪いところも」

「庭師はいますか」

「もう二十年以上お願いしている人が」

「教会へはどの程度の頻度で来ますか」

「週に一度」

「最近、夢を見ましたか」

「見ました」

「良い夢でしたか?悪い夢でしたか?」

「良い夢よ」

「あなたが嫌いな場所は」

「暗いところ」

「細い道と大きな道、どちらが好きですか」

「細い道」

「庭の木は大きいですか」

「大きくならないように剪定してもらっています」

「好きな色は」

「茶」

「嫌いな色は」

「赤」

「時間には正確ですか」

「よく忘れるわ」

「ありがとうございました」

「いいえ。それで、何かわかりましたの?」

「はい」

「まぁ!こんなものでわかるなんて。是非教えてくださらない?」

「あなたの家に」

「え?」

「エリーは、おそらくあなたの家にいます」

「わからないわ」

「わからないところにいるのです」

「それはどういう……」

「あなたの知っている場所を探してください」


女性は納得しかねるといった表情をしながらも、噴水のある方へ向かって去っていった。


「今日はこれで帰ろう」

「……わかりました」

「スタン、帰ったらまた足のマッサージしようね」

「はい。お願いします」

「素直でよろしい」


僕らはそのまま宿に帰った。スタンは護衛よろしく、僕の真横について歩く。僕からほとんど遅れることなく歩いていることに僕は気づいた。





「……信じられない」


翌朝、僕はそんなスタンの声で目が覚めた。


驚きに強張った顔で、眠い目をこする僕の方に、器用に顔だけを動かし、僕の顔を凝視している。


「きちんと立つことができる……」


見ると、スタンがベッド脇に立っている。


体の向きを僕の方に変える。スムーズな動作だった。


「良かった!これでもう君は一人で自由に動き回れるんだね!」


僕は喜びを表現するために、努めて明るい声を出して、彼の恢復を祝福したが、スタンは僕の発言に怪訝そうな顔。僕は演技が下手なようだ。


「ええ。ありがとうございます……。でも、まだ信じられない。そんなことがありえるのか?」


そう言って、軽く飛び跳ねたり、屈伸をしたり、片足立ちをしたりして、左足の具合を確かめている。


「どうして……?」

「マッサージのおかげかな?」


僕はのんびりその質問に答えた。


「そんなはずはない!いえ、大変失礼しました。謝罪いたします。取り乱しました」

「大丈夫。僕は気にしない」

「そんなはずはないと、マッサージなどのせいではないと、あなたはご存知なのではないですか?」

「まさか」

「あなたからマッサージを受けるようになって、二日目か三日目くらいから足の調子が変わってきたのがわかりました」


そこで一息ついて僕を窺う。


「昨日の朝、明確に足の違和感が薄れていることに気付きました」

「何か言いたげに見えたのはそのせいだったのかな」

「自分の気のせいだとも思いました。たまたま調子が良い、そんな日もごくまれにあるかもしれませんから」

「そうだね」

「ですが、今日!今日は、もう、何の違和感もないのです。信じられません。本当に、何もない。痺れも違和感も痛みも脱力感も何も!」

「奇跡だよ」

「それを私に信じろとおっしゃる?」

「そうだよ」

「できるはずない!」


珍しく大きな声を出す。スタンが落ち着きを完全に失っていた。


「でも、君はできる」


僕は落ち着いて答える。


「どうやったのかをお聞きしても?」

「ごめんね。それは言えない。これは奇跡なんだ」

「あなたの?」

「君の」

「どうか茶化さないでください。これは、現実です」

「僕は本気だよ」

「私はもう普通に歩くことはできないと絶望していました。それに、そうあることを受け入れて生きて行こうと思っていました。なのに、今、こうして完全に諦めたことが叶いました。私は……私は……」

「良かったね」

「あなたは、治癒魔法を使うことができるのですか?」

「ううん。僕にできるのはいくつかのおまじないと簡単な魔法だけ。君を眠らせたりね」

「……あの晩、知らぬ間に寝てしまっていたのはあなたの仕業でしたか」

「さぁて、どうかな」

「いや、それよりもこの足です。どうやってこんなことが可能なのか?治癒魔法?いや、違う。治癒魔法にはこんな力はない……。何かもっと違う力……?」

「君は願った。治りたいと。そしてそれが叶った。それでいいじゃない」

「ですが……」

「しつこく詮索すると、その腕は治らないかも」


スタンがぎょっとした顔をする。それが可笑しくて僕は吹き出した。右腕が治る。その可能性に今思い至ったという風に、自分の上手く動かせない右腕をさすっている。


「今日からは朝夕の二回、右腕のマッサージをしよう」

「……ありがとうございます」


スタンが潤む瞳で僕の顔を見つめながら、僕の両手を力強く握り込む。


「ありがとうございます」

「いや、こっちこそ」


――ごめんね

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