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赤星 - 蛇蝎の因果 -  作者: 山川すすむ
第1章:赫子の胎動
6/8

第6話:錆色の憂い




 保護した子供について記録を残そうと思う。

 いずれこの子が意識を取り戻した時に、手記が役立つ時がくるだろう。

 そう考えながら、ダイン・アナバトスは、日誌の1ページ目に筆を走らせた――



 ***



 ■記録日:新星暦504年7月13日

 ■経過期間:1日目

 今日は、マガマの森を巡回している最中に、上流の川辺で意識不明の男の子を救出した。

 <発見時の詳細>

 [年齢]10歳前後

 [外見的特徴]黒髪、身長は約120センチ

 [救出場所]マガマの森、南西、崖付近の川辺

 [その他]赤い宝石?が付いた首飾りを所持

 意識不明の状態だが、体温は正常。呼吸も安定。

 肌の色は若干白っぽいが、発疹等の異常は無し。

 左胸に*型の傷跡あり。特に出血はしていない。

 古傷にしては新しそうな怪我。いつのだろう?

 チヨ婆の診察では危険な状態ではないとのこと。

 これから毎日、健康状態の経過を記録していく。


 ■記録日:新星暦504年7月14日

 ■経過期間:2日目

 子供はまだ目を覚さない。

 特に異常は無し。体温、呼吸ともに正常。


 ■記録日:新星暦504年7月15日

 ■経過期間:3日目

 子供はまだ目を覚さない。

 今日も念のためチヨ婆に診てもらった。

 特に異常は無し。早く目を覚ましてほしい。


 ・

 ・

 ・


 ■記録日:新星暦504年7月18日

 ■経過期間:6日目

 子供は相変わらず目を覚さない。

 だが、今日は悪い夢でも見ていたのか、

 うなされている瞬間が何度かあった。

 そろそろ目覚めそうな気がする。

 体調は特に異常無し。


 ■記録日:新星暦504年7月19日

 ■経過期間:7日目

 まだ、子供は目を覚さない。

 心配でチヨ婆に診てもらったが、

 今のところ命に関わる状況ではないそうだ。

 どうやら普通の子に比べて生命力が強いらしい。

 何か特別な星の加護でも受けているのだろうか?


 ■記録日:新星暦504年7月20日

 ■経過期間:8日目

 今日は何度か寝言を発していた。

 聞き取れた範囲では、

 お父さん・ごめんなさい・僕のせいだ (?)

 苦しそうな顔で何度も言っていた。

 父親と何か揉めたのだろうか?

 子供が父親と再会する時がきたら、

 仲直りの手伝いくらいはしようと思う。


 ・

 ・

 ・


 ■記録日:新星暦504年7月23日

 ■経過期間:11日目

 ついに子供が目を覚ました。

 起きたばかりで意識が混濁してるのか、

 こちらの声に対して返答がない。

 会話はまだ難しい。

 虚な目で天井だけをじっと見つめている。

 チヨ婆に診てもらったが、体調は問題ないそうだ。

 とりあえず意識を取り戻してくれてよかった。

 明日からは食事が取れるようにサポートしていく。


 ■記録日:新星暦504年7月24日

 ■経過期間:12日目

 今日はパンがゆを食べてくれた。

 むせて少し吐いてしまったが、一応完食。

 相変わらず、こちらの声かけに返答はなく、

 天井だけをずっと見つめている。

 あと、その様子を見て今さら気づいたが、

 瞳の色が髪と同じで“真っ黒”だった。

 髪と目がどちらも黒い人種は初めて見た。

 どこかの珍しい民族出身なのだろうか?

 ……手がかりになるかもしれない。

 知り合いの情報屋に調査を依頼しよう。


 ■記録日:新星暦504年7月25日

 ■経過期間:13日目

 チヨ婆の薬が効いたのか、顔色が良くなってきた。

 診察の結果も順調で、特に異常は無し。

 ただ、会話は未だにできていない。

 こちらの言葉は理解している様子なので、

 音が聞こえない、というわけではないようだ。

 何か喋れない事情があるのだろうか?


 ・

 ・

 ・


 ■記録日:新星暦504年7月29日

 ■経過期間:17日目

 今日は自力で立ち上がることができた。

 さっそく一人でトイレに行けるようになった。

 チヨ婆の言う通り、本当に生命力が強いらしい。

 相変わらず会話はできていないが、

 うなづいたり、首を振ったりすることで、

 簡易的な意思の疎通は取れるようになってきた。

 喋れるようになるまで気長に待とう。


 ■記録日:新星暦504年7月30日

 ■経過期間:18日目

 昨日から動けるようになったので、

 今日は、子供の気分転換になればと思って、

 少しの間だけ庭へ連れ出してみた。

 特に大きな変化はなかったが、

 これからは外の刺激を与えていこう。


 ■記録日:新星暦504年7月31日

 ■経過期間:19日目

 今日はおもしろい反応を見せてくれた。

 子供を庭に座らせている横で、

 日課の薪割りをこなしていたら、

 急に、こちらに対して指を向けてきた。

 反応を伺うと、腰鉈に興味を示したらしい。

 木こりの家で育ったのだろうか?

 体調次第で、薪割りを手伝わせてみよう。

 何かいい変化があるかもしれない。


 ・

 ・

 ・


 ■記録日:新星暦504年8月4日

 ■経過期間:23日目

 ついに、子供が喋ってくれた。

 ただ、素直に喜びづらいのが正直な感想だ。

 初めて夜に外へ連れ出して、庭で焚き火をした。

 最初はぼーっと火を眺めていたが、

 突然、苦しそうに頭を抱えはじめて、

 お父さん・ごめんなさい・僕のせいだ

 と、前に寝言でも聞いた言葉を、

 うわ言のように繰り返していた。

 どうやら……大きな心の傷を負っていそうだ。

 今はようやく落ち着いて、ベッドで眠っている。

 焚き火を見せるのはやめておこう。


 ・

 ・

 ・


 ■記録日:新星暦504年8月15日

 ■経過期間:34日目

 最近は、日課の薪割りを手伝うようになった。

 チヨ婆の定期診察は今日で最後だ。

 体調は完全に回復した、とお墨付きをもらった。

 焚き火の日以来、未だに喋れていないが、

 これから少しずつ外との交流を増やして、

 徐々に話せるようになってほしい。

 保護してから一ヶ月が経過している。

 いい加減、親と再会させてあげたい。


 ■記録日:新星暦504年8月16日

 ■経過期間:35日目

 今日はようやく情報屋からの回答があった。

 ……黒髪黒目の民族は“情報がない”らしい。

 あいつの情報筋でも分からないのか。

 やはり、直接本人から聞き出すしかない。


 ■記録日:新星暦504年8月17日

 ■経過期間:36日目

 今日は近所の子供たちと交流させた。

 相変わらず無口ではあるが、

 心なしか楽しそうにしていた。

 あと、他の子よりも足が速かった。

 ちょっとだけ誇らしい。


 ・

 ・

 ・


 ■記録日:新星暦504年8月24日

 ■経過期間:43日目

 最近は、村の皆との交流が増えた。

 表情も明るくなっている。

 今日は仕事で家を空けている日中に、

 一人で外に出て、チヨ婆のところへ行ったらしい。

 いい傾向だ。

 少し奮発して晩飯は肉を多めにしよう。

 あの子の喜んだ顔が見たい。


 ■記録日:新星暦504年8月25日

 ■経過期間:44日目

 今日は森の巡回に付き合わせてみた。

 どうやら森は歩き慣れているようで、

 息も上がらずについてきた。強い子だ。

 未だに無口なままではあるが、

 表情で考えが分かるようになってきた。

 蛇が苦手という子供らしい一面も知れた。


 ・

 ・

 ・


 ■記録日:新星暦504年8月28日

 ■経過期間:47日目

 髪が伸びてきたので切ろうとしたら、

 思いの外、嫌がられてしまった。

 どうやら後ろ髪だけは伸ばしたいらしい。

 子供の考えは時々分からないことがある。

 でもきっと、あの子なりの意思があるのだろう。

 これからは好き嫌いの情報もちゃんと把握しよう。


 ・

 ・

 ・


 ■記録日:新星暦504年9月3日

 ■経過期間:53日目

 魚よりも肉が好きな傾向にある。

 野菜の好き嫌いは特に激しい。

 自分の料理レパートリーの少なさを痛感している。

 チヨ婆にバランスの良い献立を相談してみよう。


 ■記録日:新星暦504年9月4日

 ■経過期間:54日目

 チヨ婆から献立をたくさん教わった。

 さっそく今晩、新しいレシピを試してみよう。

 あと、チヨ婆に言われた言葉が頭に残っている。

 俺の雰囲気が丸くなった、と言っていた。

 正直、自分では分からない。……だが。

 言われてみれば、最近は笑顔が増えた気がする。


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


 ■記録日:新星暦504年9月15日

 ■経過期間:65日目

 ようやく名前を聞き出すことができた。

 子供の名前は『シャウラ』というらしい。

 名前を聞けたのがきっかけだったのか、

 簡単な会話もできるようになった。

 これなら故郷へ帰せる日も近いだろう。


 この日常も終わりが見えてきた。



 ***



 今日分の記録を書き終えて、日誌が閉じられる。

 感情を絞り出すように「ふぅ……」と吐息をもらしながら、執筆者――ダイン・アナバトスは、万年筆を静かに机へと置いた。


「……俺は、……どうしちまったんだろうな」


 短く刈り上げられた錆色の髪を、左手でガシガシと乱暴に掻きむしる。

 腕の動きに合わせて、筋肉が大きく躍動する様を見れば、彼がこれまで人並み外れた鍛錬を積んできたことがよく分かる。

 服の上からでも目立つほど、発達した筋肉に(おお)われるその姿は、そろそろ五十路が近いようにはとても見えない。


 いわゆる肉体派に分類される彼に、意外にも筆忠実(ふでまめ)な一面があることを知る者はいないだろう。彼自身でさえ、ここまで日誌が続くとは思いもしなかった。

 彼は、自らの変化に戸惑っていた。独りで生きるのは慣れているはずなのに。心の奥底では孤独に疲れてしまったのか。

 (たくま)しい風貌に反して、錆色の瞳には懊悩(おうのう)の想いが浮かんでいた。


 ダインはおもむろに席から立ち上がると、隣の部屋へ足を向かわせる。

 部屋の奥に設けられたベッドで、規則正しい寝息を立てる黒髪の少年――シャウラを見つめながら、本日二度目の深い溜息を吐き出した。


「……俺にも人間らしい感情があるんだな」


 分厚い口元から穏やかな声音がこぼれ落ちる。

 心の内に芽生えつつある感情を自覚して、普段は吊り上がっている目尻が少しだけ和らいだ。



 

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