表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
赤星 - 蛇蝎の因果 -  作者: 山川すすむ
序章:赫灼の魔人
4/8

第4話:森の祠

残酷な描写が含まれています。

苦手な方はご注意ください。




 草木が鬱蒼(うっそう)と生い茂る森の中を、ただ一点だけを目指してシャウラが走っていく。

 地面がどんなに悪路でも、脇目もふらずに、悲痛な面持ちで駆けていく。


 シャウラはひたすら祈っていた。父が無事であることを。これから向かう『(ほこら)』でこの願いが聞き届けられることを。

 祠まではそう遠くないはずなのに。普段使い慣れた山道がやけに長く感じる。

 抜け道を使いたくても、祠へ向かうにはこの山道が最短だ。肝心な時に役立たない自分の知識――それはシャウラにとって、あまりに皮肉な現実だった。


 シャウラの耳に、地面が爆ぜるような音が届く。

 森に入った直後から聞こえてくる轟音は、後方での戦闘の激しさを物語っていた。

 音以外にも、ときどき光や熱が届くこともある。

 一度、()()()()を背中から浴びた時は、驚いて足を止めてしまった。父の身に何かあったのではないか。そう思って村へ戻ろうとした。

 しかし、すぐに届いた第二波の赤い熱風が、動揺するシャウラの頬を叩き、まるでサバトに「前を向いて走れ!」と叱られているような熱さを残した。

 その想いを受け取ったシャウラは『戦う音が聞こえる内は父が生きている証』だと考えて、振り向かずに前だけを見て走り続けた。


 戦闘音は……まだ続いている。祠までの距離は残り三分の一を切った。

 あと少し――、あと少し――、あと少し――、

 ぜいぜいと息が上がって、最低限の思考すらもままならない中、自分へ言い聞かせるように『あと少し』だけ全力を振り絞る。


 脚が重い。肺が痛い。呼吸が追いつかない。

 体はとっくに限界を迎えている。

 それでも『父の戦う音』が心を鼓舞して、意志の力だけで体を動かしていく。


 最後の石段を駆けのぼると――ようやく目的の祠が見えてくる。

 シャウラは走る速度をさらに上げた。

 体の負担なんて後で考えればいい。

 肺が潰れそうなほどの痛みを感じながら、限界を超えた速度で走っていき、


「…………ぁ!」


 ――滑り込むような体勢で祠の(もと)に辿りつく。

 勢いが乗りすぎたあまり、祠の台座に激しくぶつかりながらも、ようやく目的の場所へ到着した。

 息が乱れた状態のまま、シャウラは台座に手をかけて立ち上がる。

 体を酷使した結果、全身から悲鳴が上がっていた。だが今は、休んでいる暇なんて一秒たりともない。


 僕にできることはこれしかないから――

 シャウラは覚悟を決めた目で腕を振り上げると、

 ()()()()()()()を握りしめた手で、恐れ知らずにも祠の『扉』を力いっぱい叩き出した。


「アカボシ様! アカボシ様! 聞こえていますか!

 僕の全てをささげます! ですので、どうか!

 僕のおとうさんを! お助けください!」


 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、


「アカボシ様! アカボシ様!」


 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、


「お助けください! 聞こえていませんか!」


 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、


「お願いです! 僕のおとうさんを!」


 そう叫びながら、何百回も『扉』を叩き続けた。

 しかし……祠から返事が返ってくることはなく、シャウラの泣き叫ぶ声だけが木霊(こだま)する。

 静寂な森の中で独擅(どくせん)的に響き渡るその声。

 この場で聞こえる音は()()()()()()だけ。

 それが、意味することは――


「おやおや、ずいぶんと楽しそうですね」


 シャウラの背後から、ねっとりとした声が届く。

 シャウラにとって“この世で一番聞きたくない声”といっても過言ではない。

 蛇のような笑顔を浮かべるそいつは、ゆっくりと、緩慢な動作で近づいてくる。不気味な灰色の祭服を身に纏い、片手で()()()()を持ちながら。


「…………ぁ」


 振り返ったシャウラの目が『それ』を捉える。

 目の前の男に対して、ではない。男が手に持っている『それ』が目についてしまった。


「ああ……()()のことですか。

 貴方への手土産にお持ちしました」


 シャウラの視線に気がついた狂人は、蛇のような笑顔をさらに深めながら、(あか)く濡れた『それ』を自慢げに持ち上げる。


「…………ぇ、……おと……さん」


 放心状態のシャウラが『それ』を正しく認識する。

 その様子を見た狂人――ロビウスは、糸目の隙間から紫色の瞳を妖しく覗かせて、無造作に『それ』を放り投げてくる。


「感動的な親子の再会ですねェ。

 私は今、非常に、非常に、非常に感激しています」


 シャウラの足元に『それ』が転がる。

 間近で『それ』を目に入れた瞬間、許容限界を超えたシャウラの心が粉々に砕け散っていく。


「…………ぁ、……ぅぁ、…………ぁ!」


 虚空を見つめて(うわ)言を呟きながら、自分の顔をガリガリと掻きむしるシャウラ。

 その姿を観たかったとばかりに、ロビウスは大袈裟な身振り手振りで喜びを表現する。


「ああ、素晴らしい。非常に素晴らしいです。

 なんと甘美な絶望でしょう。

 このデザートを味わうために、わざわざそれをお持ちした甲斐がありました」


 愉悦に満ちた声がシャウラの鼓膜を叩く。

 耳から入る不快な音が、砕かれた心の残滓に強烈な刺激を与える。

 すると、徐々に。自我を失いかけていたシャウラの心に、ひとつの感情が灯りはじめる。


 それは――『憎悪』

 父を殺したロビウスに対する激しい憎しみ。

 感情の抜け落ちた心が、濃密な『憎悪』で急速に満たされていく。

 ……次第に、シャウラの思考が殺意で染められ、目の前の狂人を殺すことが唯一の()()に成り代わる。


 殺したい、殺したい、殺したい、壊したい――

 そんな破壊的な()()に呼応したのか。突如、手に握る()()()()()()()が赤い光を放ち出す。

 やがて光が激しく点滅しはじめると、上空に赤黒い雲が出現し、あたり一帯に強風を振り撒いていく。


「……おやおや、これは何事でしょうか?」


 ロビウスの口から疑問がこぼれる。

 その声を掻き消すように、今度は祠の()が突然ガタガタと音を鳴らしはじめる。

 祠の中から何かが飛び出そうとしている。

 そんな気配を感じるほど、扉を揺らす音が徐々に激しさを増していく。

 不気味な様子を見て、さすがのロビウスも警戒心を強めた瞬間――『きぃ』と小さな音を立てながら、祠の扉がひとりでに動き出す。


「…………。……おや、何もいない?」


 ゆっくりと開かれていく祠の中には……

 ロビウスの言葉の通り、何も置かれていなかった。

 生き物が飛び出してきた様子もなく、いったい何が起きたのか首を傾げていると――


「おー、今回の憑坐(よりまし)は悪くねぇな」


 祠のすぐ隣から『誰か』の声が聞こえてきた。

 ロビウスが声の方へ視線を向けると、


「…………少年?」


 ――そこには、シャウラが立っていた。

 ロビウスの言葉に疑問符が付くのはしょうがない。

 声はシャウラのものだが、全体的に容姿が変わっているからだ。

 肌は褐色に、髪と瞳は赤く染まり、尾骶骨から蠍のような尻尾を生やして……別人と見紛うほど変貌した姿で立っていた。


「もしかして……()()は『蠍』なのですか?」


 ロビウスは、思い当たった考えを口にする。

 その声を聞いた『赤シャウラ』という表現が当てはまる少年は、不愉快そうに眉をひそめる。


「お前、超臭えな。体中から『蛇』の臭いがする。

 そんな臭いを垂れ流しながら、俺に質問するとはいい度胸してんなァ」


 赤シャウラは不機嫌そうに言いながら、ロビウスに向けて指をさすと――小声で「灼閃(ラグナ)」と呟いた。

 次の瞬間。赤シャウラの人差し指から()()()()が放射されて、ロビウスの上半身を一瞬で消し飛ばす。


 サバトが奥の手で使った「赫灼閃(エリュ・ラグナ)」を彷彿とさせるその技。

 威力は「赫灼閃(エリュ・ラグナ)」ほどではないが、同じような技を軽い感覚で放つ赤シャウラ。

 その事実に、ロビウスは上半身を再生させながら戦慄していた。


「……あ? お前『再生』持ちか?

 そのわりには再生が遅せぇな。遊んでんのか?」


 赤シャウラの言う通り、ロビウスの再生速度はいつもより遅くなっていた。

 ロビウス自身もどうしてなのか理由は分からない。

 ただ、赤シャウラの技を受けて感じたのは、サバトの攻撃よりも『熱い』ということ。

 違うのは、目に見える威力ではない。赤い光線に込められた熱の温度が桁違いだった。

 それが再生を遅くさせている原因なのだろう、とロビウスは推測していた。


「……やはり、貴方は『蠍』なのですね」


 ようやく再生を終えたロビウスが、確信した様子で言葉を紡ぐ。

 だが、それ以上語ることは許されなかった。

 赤シャウラは心底どうでもよさそうに、左手の小指で耳をほじくりながら、指を()()()()()状態の右手をロビウスへ向けると――その技の名前を口にした。


赫灼閃(エリュ・ラグナ)


 サバトよりも数倍大きい赤色の閃光が、ロビウスの全てを飲み込み、周囲一帯の地面や草木ごと跡形もなく消し飛ばす。

 肉片すら残さず焼失したロビウスは……それから再生することもなく、あっさりと、赤く染まったシャウラに殺された。


「――あぁ、すげえいい感じだ。しっくりくる。

 こいつの『憎悪』は濃密で質がいい。相性がいい。

 できるかもな。この憑坐(よりまし)でなら、今度こそ……」


 赤シャウラはそこまで言って、一度言葉を区切る。

 余韻に浸るように右手を握りしめると、どこか遠い場所へ視線を向けながら、ニィィィィィ――と唇を引き裂いて、


「今度こそ、世界を破壊してやる」


 はっきりと、狂気を孕んだ声でそう言った。

 憎悪と愉悦が混ざり合った笑顔を浮かべるその姿は、誰が見ても『悪魔』だと表現するだろう。

 ロビウスの言葉は、あながち間違っていなかったのかもしれない。



 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ