表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
赤星 - 蛇蝎の因果 -  作者: 山川すすむ
序章:赫灼の魔人
3/8

第3話:赤い閃光




 赤熱する腰鉈(こしなた)が、ロビウスの右腕を斬り飛ばす。

 それから続けざまに左腕も斬り落とし、一瞬の連撃で両腕を欠損させる。

 続く三手目で首を狙って斬り込むと――その軌道上に、()()()()()()()()が肉壁として現れる。

 首の代わりに斬られて飛んでいく腕を見ながら、サバトは舌打ちを小さく鳴らした。


「異常な再生力に、首を()ねても死なない生命力。

 ……なんともまあ『蛇』っぽい能力だな」

「ええ、そうです。素晴らしいでしょう。

 これが、私に授けられた『再生』の力です。

 貴方の戦闘力は、確かに目を見張るものがあります。不服ながら、それだけは認めましょう。

 しかし、星の寵愛を受けない蛮族の攻撃など、どれだけ苛烈に攻めようが、私の前では無意味なのです。

 それとも……貴方とお揃いで、左腕だけは斬られたままにしておきましょうか?」

「ああ、一生再生しなくていい」


 ロビウスの煽り文句に対して、その首を刎ね飛ばしながら返答するサバト。

 今度は、意識して首の切断面を腰鉈で焼くが、ぶくぶくと肉が泡立つように盛り上がり――憎たらしい男の顔が生えてくる。


 サバトは動じず、冷静に新しい首も刎ね飛ばす。

 そのまま空中に舞い上がる頭を、赤熱する腰鉈で細かく斬り刻んでいく。

 しかし――そこまでしても。首の切断面からロビウスの顔が生えてくる。

 二回連続で生え変わったその顔には、不快そうな表情が浮かべられていた。


「貴方、非常にィ、頭がイカれていますね!

 無意味に人の頭を斬って何がしたいのですか。

 頭を斬られると、私が喋れなくなってしまいます。

 そんなことも分からないから、貴方はいつまで経っても蛮族のままなのです。

 まったく……常識が欠如していて、非常に、非常に、非常に不快です」

「それなら、お前が不快感で死にたくなるまで斬り続けてやるよ」


 ――あれから。左腕を失った後も、サバトは片腕だけで戦闘を続けていた。

 腕をひとつ失ってもなお、優位な攻防を繰り広げているものの……ロビウスの驚異的な生命力が戦いを終わらせてくれない。

 強気な態度を見せるサバトだが、内心では勝ち筋が分からなくなっていた。


 言葉の通り、このまま斬り続けることはできる。

 もしかしたら再生回数に限界があって、斬り続けることで勝てるかもしれない。

 万全の状態であれば、その選択肢も試せただろうが……今の状態では、サバト側の体力が先に尽きてしまう可能性が高い。


 シャウラを連れて逃げ出すことも考えた。

 しかし左腕を失って、多くの血を流しすぎた現状では、ロビウスを完全に振り切るのは難しいだろう。

 それに……気になる点もある。

 ロビウス側もサバトと同じで攻撃が通じていない状況なのに、向こうは未だに余裕を見せている。

 つまり『何か()()()を隠している』と、サバトは睨んでいた。


 短い時間で考えを纏めて、彼は決断する。

 ――やはり、ここで倒しきるしかない。

 リスクを伴うが、サバトにも()()()と呼べる技がある。ロビウスが油断している今の内に、それを使うべきだろう。


「シャウラ、聞こえるか」


 前を向いたまま、後ろの息子に声をかける。


「……うん、聞こえるよ」

「これから使う技をよく見ておけ。

 お前が強くなる上で目指すべき技のひとつだ。

 それから――これをお前に渡しておく」


 言いながら、赤い宝石が付いた質素な首飾りを、後ろへ向けて無造作に放り投げた。

 シャウラが慌ててそれを受け止める。


「おとうさん、これは……?」

「それは、俺らの部族にとっての秘宝だ。

 本当は10歳になったら渡す予定だったが、まあ早めの誕生日プレゼントだと思ってくれ」

「……なんでいま渡すの?」

「いいか、一度しか言わないからよく聞け。

 父さんはこれから全力で奴に攻撃を仕掛ける。

 もし、それでも倒しきれなかったら……の話はあまりしたくないが、まあ念のためだ。

 俺がまずいと判断したら声をかける。

 その時は、迷わず()()()に向かって逃げろ。

 あそこは、お前だけなら護ってくれるはずだ」


 それじゃまるで、とシャウラが反論するより前に。

 ――サバトは一度だけ後ろに視線を向けた後、

 赤い軌跡を残しながら、凄まじい勢いでロビウスへと急迫していく。


「貴方ァ、諦めが非常に悪いですね」


 鬱陶しそうな表情を浮かべるロビウスに、サバトの猛撃が叩き込まれる。

 腰鉈の赤い軌道が、嵐のように降り注ぐ。

 サバトの攻撃に削られて、ロビウスの肉片が周囲へ飛び散るが――すぐさま『再生』の力で新たな血肉が補われていく。


 苛烈な攻防の中。ふと、サバトは疑問を抱いた。

 斬り飛ばした腕が再生するのは、まだ分かる。

 だが、腕と一緒に飛んでいったはずの武器。

 初めに見た剣と形こそ違うが――いつの間にか、再生した手に()()()()()()が握られているのだ。


 不可解な現象のタネは分からない。答えを知りたくても、今は考える余裕がない。

 疑問を飲み込みながら振るうサバトの赤い腰鉈が、不気味な白い剣と何度も打ち合う。


 攻撃と再生のスピードは拮抗していた。

 頭部の損傷だけは最低限防ぎ、肉を斬らせながら強引に反撃するロビウス。

 変則的な攻撃を片腕でいなしながら、隙だらけの体を斬り刻んでいくサバト。


 無限に続くように思えた激闘は、ロビウスの奇策によって突如静止する。

 ロビウスの腹に腰鉈が食い込んだ瞬間――

 その箇所に『再生』の力を集中させることで、引き抜けない状態を強引に作り出したのだ。

 今のサバトには片腕がない。もう一本の腰鉈も左腕と共にどこかで転がっている。つまりそれは、


「――おや、捕まえてしまいました」


 ロビウスとサバトの顔が至近距離で対面する。

 唇を引き裂くように笑う狂人に対し、片腕の戦士は鼻で笑い返す。


「それはこっちのセリフだ」


 攻撃と防御の手段を同時に失ったサバト。

 ……絶対絶命のはずなのに。

 不敵に笑うその顔を見て。身の危険を感じたロビウスは、決着を急いでサバトの首に剣を伸ばす。

 だが――ロビウスの剣が届くよりも早く。


赫灼閃(エリュ・ラグナ)


 サバトがその言葉を唱えた瞬間――

 右手の腰鉈に赤いオーラが集束されていき、

 ――ロビウスの腹部から凄まじい熱気が膨れ上がり、体の内側から膨大なエネルギーが爆発する。


 赤い閃光がロビウスの全身を包み込む。

 ロビウスは、何が起きたのか分からないまま――

 急速に薄れゆく意識の中で、自分の体が爆散する感覚だけは理解できた。


「…………赤い光」


 シャウラの呆然とした呟きが空に溶ける。

 一撃でロビウスを散り散りの肉片へと変えた、赤い閃光のような攻撃。

 これが。これこそが。父の言っていた目指すべき技なのだろう。

 ……いつか父のように強くなりたい。

 憧れの眼差しをその背中に向けると――サバトがよろめく瞬間を目撃する。


「おとうさん!」

「…………っと……ああ、大丈夫だ。

 ちょっと力を使いすぎただけだ」


 サバトのそばに駆け寄ったシャウラは、小さな体をめいっぱい使って父を支える。

 その肌に触れて気がついた。口では「大丈夫」と言いながらも、全身から大量の汗を流していることに。


「――過ぎたる力を使えば、当然その反動も計り知れないでしょう」


 二人の耳に、今一番聞きたくない声が届く。

 サバトとシャウラが同時に振り返ると、またしても無傷のロビウスが悠然と立っていた。

 消し飛んだローブの代わりに、鱗のような素材でできた()()()()()をその身に纏って。


「おいおい、木っ端微塵にしても生き返るのか」


 焦りを隠すように、サバトが軽い口調でロビウスに話しかける。


「ええ、私は『再生』の蛇ですので、あれくらいでは滅びません。

 しかし、さすがの私も非常に驚きました。

 先ほどの技には、()()()()を確かに感じました。

 貴方は、星の寵愛を受けないその身で、不完全ながらも【星印(サインス)】の一端を発現させた。

 それは、世界の理に触れるようなものです。

 認めたくないですが、貴方にはそれほどまでの才能があります」

「ああ、そうかい。それはどうも。

 じゃあ、その才能豊富な俺と戦うのはやめて、そろそろ家に帰ってくれないか?」


 真剣な様子で語るロビウスに対して、サバトはどうでもよさそうに言葉を返す。

 軽妙な言葉とは裏腹に、左腕の痛みと失血でそろそろ限界が近づいていた。


「いいえ、それはできません。

 悪魔の末裔である『蠍の一族』を皆殺しにするのは確定事項ですので。

 しかし、貴方という稀有な存在に敬意を表して、星の寵愛を受ける者の証である、本物の【星印(サインス)】の力をお見せします。

 それが、貴方への手向(たむ)けとなりましょう」


 ――本物の【星印(サインス)】の力。

 その言葉を聞いた瞬間、サバトはこれから起きることを一瞬で理解する。


「……シャウラ、走れ!」


 反射的に、サバトの口から言葉が出た。


「……え? なんで……?」

「――いいから走れ! 今すぐ逃げろ!」


 困惑するシャウラに対して、サバトは怒鳴りつけるように命令する。

 そんな父の様子を見て、これから起きる事態を察したシャウラは、言いたい言葉をぐっと我慢しつつ、転がるように走り出す。


 森の中へ逃げていく息子の背中を見ながら、

 ……すまない。と、サバトは小さく呟いた。

 誰にも届かないその呟きは、涼風(すずかぜ)にさらわれて消えていく。

 せめて、シャウラの背中が見えなくなるまでそちらを見ていたい。

 そんな父親の願いを理解できるほど、目の前の狂人はまともな感性を持ち合わせていなかった。


「おやおや、少年が逃げてしまいましたか。

 ……まあ、いいでしょう。獲物を追いかけるのも一興ですので」

「もし、シャウラに何かしてみろ。

 お前らが言う『悪魔』になってでも、この世から全ての蛇を滅ぼしてやる」

「ええ、ええ、わかりました。

 それが貴方の辞世の言葉として、あの少年に伝えておきましょう。

 まあ――私が覚えていたら、ですが」


 そう言って、ロビウスが蛇のように笑う。

 サバトの怒りに染まった眼差しを、心地よさそうに浴びながら――

 ロビウスは、ゆっくりと。仰々しく腕を広げると。

 自分の首を九十度にごきりと折り曲げて、頭が横に向いた状態のまま、(ささや)くようにその言葉を唱えた。


(まわ)れ――回生輪蛇(ウロボロス)


 あたり一帯が灰色の光に包まれた。



 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ