第3話:赤い閃光
赤熱する腰鉈が、ロビウスの右腕を斬り飛ばす。
それから続けざまに左腕も斬り落とし、一瞬の連撃で両腕を欠損させる。
続く三手目で首を狙って斬り込むと――その軌道上に、斬ったはずの右腕が肉壁として現れる。
首の代わりに斬られて飛んでいく腕を見ながら、サバトは舌打ちを小さく鳴らした。
「異常な再生力に、首を刎ねても死なない生命力。
……なんともまあ『蛇』っぽい能力だな」
「ええ、そうです。素晴らしいでしょう。
これが、私に授けられた『再生』の力です。
貴方の戦闘力は、確かに目を見張るものがあります。不服ながら、それだけは認めましょう。
しかし、星の寵愛を受けない蛮族の攻撃など、どれだけ苛烈に攻めようが、私の前では無意味なのです。
それとも……貴方とお揃いで、左腕だけは斬られたままにしておきましょうか?」
「ああ、一生再生しなくていい」
ロビウスの煽り文句に対して、その首を刎ね飛ばしながら返答するサバト。
今度は、意識して首の切断面を腰鉈で焼くが、ぶくぶくと肉が泡立つように盛り上がり――憎たらしい男の顔が生えてくる。
サバトは動じず、冷静に新しい首も刎ね飛ばす。
そのまま空中に舞い上がる頭を、赤熱する腰鉈で細かく斬り刻んでいく。
しかし――そこまでしても。首の切断面からロビウスの顔が生えてくる。
二回連続で生え変わったその顔には、不快そうな表情が浮かべられていた。
「貴方、非常にィ、頭がイカれていますね!
無意味に人の頭を斬って何がしたいのですか。
頭を斬られると、私が喋れなくなってしまいます。
そんなことも分からないから、貴方はいつまで経っても蛮族のままなのです。
まったく……常識が欠如していて、非常に、非常に、非常に不快です」
「それなら、お前が不快感で死にたくなるまで斬り続けてやるよ」
――あれから。左腕を失った後も、サバトは片腕だけで戦闘を続けていた。
腕をひとつ失ってもなお、優位な攻防を繰り広げているものの……ロビウスの驚異的な生命力が戦いを終わらせてくれない。
強気な態度を見せるサバトだが、内心では勝ち筋が分からなくなっていた。
言葉の通り、このまま斬り続けることはできる。
もしかしたら再生回数に限界があって、斬り続けることで勝てるかもしれない。
万全の状態であれば、その選択肢も試せただろうが……今の状態では、サバト側の体力が先に尽きてしまう可能性が高い。
シャウラを連れて逃げ出すことも考えた。
しかし左腕を失って、多くの血を流しすぎた現状では、ロビウスを完全に振り切るのは難しいだろう。
それに……気になる点もある。
ロビウス側もサバトと同じで攻撃が通じていない状況なのに、向こうは未だに余裕を見せている。
つまり『何か奥の手を隠している』と、サバトは睨んでいた。
短い時間で考えを纏めて、彼は決断する。
――やはり、ここで倒しきるしかない。
リスクを伴うが、サバトにも奥の手と呼べる技がある。ロビウスが油断している今の内に、それを使うべきだろう。
「シャウラ、聞こえるか」
前を向いたまま、後ろの息子に声をかける。
「……うん、聞こえるよ」
「これから使う技をよく見ておけ。
お前が強くなる上で目指すべき技のひとつだ。
それから――これをお前に渡しておく」
言いながら、赤い宝石が付いた質素な首飾りを、後ろへ向けて無造作に放り投げた。
シャウラが慌ててそれを受け止める。
「おとうさん、これは……?」
「それは、俺らの部族にとっての秘宝だ。
本当は10歳になったら渡す予定だったが、まあ早めの誕生日プレゼントだと思ってくれ」
「……なんでいま渡すの?」
「いいか、一度しか言わないからよく聞け。
父さんはこれから全力で奴に攻撃を仕掛ける。
もし、それでも倒しきれなかったら……の話はあまりしたくないが、まあ念のためだ。
俺がまずいと判断したら声をかける。
その時は、迷わず森の祠に向かって逃げろ。
あそこは、お前だけなら護ってくれるはずだ」
それじゃまるで、とシャウラが反論するより前に。
――サバトは一度だけ後ろに視線を向けた後、
赤い軌跡を残しながら、凄まじい勢いでロビウスへと急迫していく。
「貴方ァ、諦めが非常に悪いですね」
鬱陶しそうな表情を浮かべるロビウスに、サバトの猛撃が叩き込まれる。
腰鉈の赤い軌道が、嵐のように降り注ぐ。
サバトの攻撃に削られて、ロビウスの肉片が周囲へ飛び散るが――すぐさま『再生』の力で新たな血肉が補われていく。
苛烈な攻防の中。ふと、サバトは疑問を抱いた。
斬り飛ばした腕が再生するのは、まだ分かる。
だが、腕と一緒に飛んでいったはずの武器。
初めに見た剣と形こそ違うが――いつの間にか、再生した手に白い無骨な剣が握られているのだ。
不可解な現象のタネは分からない。答えを知りたくても、今は考える余裕がない。
疑問を飲み込みながら振るうサバトの赤い腰鉈が、不気味な白い剣と何度も打ち合う。
攻撃と再生のスピードは拮抗していた。
頭部の損傷だけは最低限防ぎ、肉を斬らせながら強引に反撃するロビウス。
変則的な攻撃を片腕でいなしながら、隙だらけの体を斬り刻んでいくサバト。
無限に続くように思えた激闘は、ロビウスの奇策によって突如静止する。
ロビウスの腹に腰鉈が食い込んだ瞬間――
その箇所に『再生』の力を集中させることで、引き抜けない状態を強引に作り出したのだ。
今のサバトには片腕がない。もう一本の腰鉈も左腕と共にどこかで転がっている。つまりそれは、
「――おや、捕まえてしまいました」
ロビウスとサバトの顔が至近距離で対面する。
唇を引き裂くように笑う狂人に対し、片腕の戦士は鼻で笑い返す。
「それはこっちのセリフだ」
攻撃と防御の手段を同時に失ったサバト。
……絶対絶命のはずなのに。
不敵に笑うその顔を見て。身の危険を感じたロビウスは、決着を急いでサバトの首に剣を伸ばす。
だが――ロビウスの剣が届くよりも早く。
「赫灼閃」
サバトがその言葉を唱えた瞬間――
右手の腰鉈に赤いオーラが集束されていき、
――ロビウスの腹部から凄まじい熱気が膨れ上がり、体の内側から膨大なエネルギーが爆発する。
赤い閃光がロビウスの全身を包み込む。
ロビウスは、何が起きたのか分からないまま――
急速に薄れゆく意識の中で、自分の体が爆散する感覚だけは理解できた。
「…………赤い光」
シャウラの呆然とした呟きが空に溶ける。
一撃でロビウスを散り散りの肉片へと変えた、赤い閃光のような攻撃。
これが。これこそが。父の言っていた目指すべき技なのだろう。
……いつか父のように強くなりたい。
憧れの眼差しをその背中に向けると――サバトがよろめく瞬間を目撃する。
「おとうさん!」
「…………っと……ああ、大丈夫だ。
ちょっと力を使いすぎただけだ」
サバトのそばに駆け寄ったシャウラは、小さな体をめいっぱい使って父を支える。
その肌に触れて気がついた。口では「大丈夫」と言いながらも、全身から大量の汗を流していることに。
「――過ぎたる力を使えば、当然その反動も計り知れないでしょう」
二人の耳に、今一番聞きたくない声が届く。
サバトとシャウラが同時に振り返ると、またしても無傷のロビウスが悠然と立っていた。
消し飛んだローブの代わりに、鱗のような素材でできた灰色の祭服をその身に纏って。
「おいおい、木っ端微塵にしても生き返るのか」
焦りを隠すように、サバトが軽い口調でロビウスに話しかける。
「ええ、私は『再生』の蛇ですので、あれくらいでは滅びません。
しかし、さすがの私も非常に驚きました。
先ほどの技には、星の片鱗を確かに感じました。
貴方は、星の寵愛を受けないその身で、不完全ながらも【星印】の一端を発現させた。
それは、世界の理に触れるようなものです。
認めたくないですが、貴方にはそれほどまでの才能があります」
「ああ、そうかい。それはどうも。
じゃあ、その才能豊富な俺と戦うのはやめて、そろそろ家に帰ってくれないか?」
真剣な様子で語るロビウスに対して、サバトはどうでもよさそうに言葉を返す。
軽妙な言葉とは裏腹に、左腕の痛みと失血でそろそろ限界が近づいていた。
「いいえ、それはできません。
悪魔の末裔である『蠍の一族』を皆殺しにするのは確定事項ですので。
しかし、貴方という稀有な存在に敬意を表して、星の寵愛を受ける者の証である、本物の【星印】の力をお見せします。
それが、貴方への手向けとなりましょう」
――本物の【星印】の力。
その言葉を聞いた瞬間、サバトはこれから起きることを一瞬で理解する。
「……シャウラ、走れ!」
反射的に、サバトの口から言葉が出た。
「……え? なんで……?」
「――いいから走れ! 今すぐ逃げろ!」
困惑するシャウラに対して、サバトは怒鳴りつけるように命令する。
そんな父の様子を見て、これから起きる事態を察したシャウラは、言いたい言葉をぐっと我慢しつつ、転がるように走り出す。
森の中へ逃げていく息子の背中を見ながら、
……すまない。と、サバトは小さく呟いた。
誰にも届かないその呟きは、涼風にさらわれて消えていく。
せめて、シャウラの背中が見えなくなるまでそちらを見ていたい。
そんな父親の願いを理解できるほど、目の前の狂人はまともな感性を持ち合わせていなかった。
「おやおや、少年が逃げてしまいましたか。
……まあ、いいでしょう。獲物を追いかけるのも一興ですので」
「もし、シャウラに何かしてみろ。
お前らが言う『悪魔』になってでも、この世から全ての蛇を滅ぼしてやる」
「ええ、ええ、わかりました。
それが貴方の辞世の言葉として、あの少年に伝えておきましょう。
まあ――私が覚えていたら、ですが」
そう言って、ロビウスが蛇のように笑う。
サバトの怒りに染まった眼差しを、心地よさそうに浴びながら――
ロビウスは、ゆっくりと。仰々しく腕を広げると。
自分の首を九十度にごきりと折り曲げて、頭が横に向いた状態のまま、囁くようにその言葉を唱えた。
「廻れ――回生輪蛇」
あたり一帯が灰色の光に包まれた。