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赤星 - 蛇蝎の因果 -  作者: 山川すすむ
序章:赫灼の魔人
2/8

第2話:蠍




 戦いの火蓋を切ったのは、ロビウスの剣だ。

 本能的にサバトの強さを感じ取ったのか。先ほどまでの緩慢な動きとは打って変わり、初手から激しい攻撃を仕掛ける。


 十歩以上ある距離を、わずか一歩で走破し――

 瞬きを挟んだ次の瞬間には、しなやかな剣筋がサバトの首に迫る。

 シャウラには、姿が突然消えたように見えた。

 しかし――サバトは違った。

 冷静に剣の軌道を見定めて、腰鉈こしなたでそれを防ぐ。


 ロビウスは初撃が弾かれたことに「ほぅ?」と短く驚嘆しつつ、連続的な動作で二度、三度と続けてサバトの首を狙っていく。

 だが、どの攻撃も腰鉈で防がれてしまう。


 今度は、体を狙って斬り下ろす――と見せかけて、再び首を狙った変則的な軌道すらも、腰鉈が当然のように行く手を阻む。

 角度を変え、狙いを変え、緩急をつけて斬り込んでも、サバトの皮膚までは届かない。


 すでに十合以上の剣を交えたが、未だにサバトは一歩も動いていなかった。

 その事実に、ロビウスは動きを加速させた。

 しかし……それでもなお、サバトの反応速度を凌駕することはできず、腰鉈との打ち合いが続く。


 ならば、と。今度は力をさらに込めた。大振りになってしまう代償を伴いながらも。

 速さと力が乗った渾身の剣撃を……サバトは腰鉈で(すく)うように弾き返す。

 体ごと剣を弾かれた結果、ロビウスの体勢が大きく崩れてしまい――

 超人的な攻防の最中(さなか)、サバトの瞳は冷静にその隙を見据えていた。

 ――サバトは空いている片手で、鞘から()()()()の腰鉈を引き抜くと、隙だらけのロビウスに逆手で切りかかる。


 決まった! と、シャウラは思った。

 決着の場面だからか、二人の動きが緩やかに映り、はっきりとその光景を目撃していた。


 腰鉈が、ロビウスの胸元に当たる直前――

 ロビウスの体がぐにゃりと折れ曲がり、骨格を無視した不自然な方法で避ける瞬間を。


「……ぇ?」


 シャウラの口から驚きの声がもれる。

 だが、サバトはそれすらも想定していたようで、流れるような動作で回し蹴りに移行すると、不自然な格好のロビウスを蹴り飛ばす。

 吹き飛んだロビウスが倒壊した家屋(かおく)に激突し、砂ぼこりがもうもうと舞い上がる。


「これだから『蛇』とは戦いたくない」


 体勢を正しながら、サバトが短く愚痴をこぼす。

 どうやら父は、敵のやり口を知っているようだ。

 そのことが分かり、シャウラはほっと安堵の息を吐きながら、今の攻防を振り返る。


 ……父が本気で戦う姿を初めて見た。

 部族最強と名高い父は、人前でその力をひけらかすことはしない。

 人伝で聞く昔話では『大陸で有名な剣士を倒した』『獅子王を素手で打ち負かした』『凶悪な獣を一撃で討伐した』など、語られる武勇伝は枚挙にいとまがない。


 父が凄いことは皆から聞いていたが……実際にどれほどなのかは知らなかった。

 これが――部族最強の男。

 それが自分の『父』であることを改めて認識し、胸が熱くなる感覚が押し寄せる。


「……おとうさん!」


 感情につられて、父のことを呼んでしまう。

 興奮した様子のシャウラの声を聞いて、サバトがちらりと視線を後ろに向けた瞬間、

 ――砂ぼこりの中から、矢のように飛んできた剣がサバトに迫る。

 死角からの不意を突いた攻撃。

 サバトの視線が外れた瞬間だった。

 空気を斬り裂きながら飛来する剣は――サバトの胸に突き刺さる直前で――またしても、腰鉈によって弾き飛ばされる。


「……おかしいのです。あってはならないのです。

 ()()()()を受けていないただの蛮族に、この私が剣で遅れを取るなど、絶対にありえません!」


 砂ぼこりが霧散していく中、駄々をこねるようなロビウスの声があたりに響き渡る。

 耳障りな音が鼓膜に触れて、サバトは不快そうに眉根を寄せた。


「そうか。だが、これが現実だ」

「いいえ、認めません! 認められません!

 そんなことは、絶対にありえないのです!」

「じゃあ、認めなくていい。

 俺も、お前を認めない。全てを否定する。

 知ってか知らずか、俺が遠出している時にこの村を狙いやがって。

 ここに来るまでに、お前の仲間は全員殺した。

 残りはお前だけだ。害悪な蛆蛇(うじへび)野郎」


 淡々とした口調の中に、苛烈な憎悪がにじみ出る。

 サバトの激しい怒りに呼応するように、三つ編みで束ねた一本の後ろ髪が、尻尾のようにゆらゆらと揺れ動く。


 不思議な変化は、彼の体にも現れはじめた。

 全身にうっすらと赤いオーラがまとわりつき、サバトの存在感を何倍にも膨れ上がらせる。

 赤いオーラを身に纏い、黒い尻尾が揺れるその姿は、どことなく『(さそり)』の化け物を彷彿させる雰囲気を放っていた。


「その力は……! いったいどうやって……?

 蠍の末裔に、星の寵愛は授かっていないはず。

 にもかかわらず、貴方は個の才能だけで、その域に達しようとしている……?

 そんな非常なこと、なおさら認められるわけがありません!」

「だから、言ってんだろ――」


 言葉と共に、サバトが一歩踏み出した。

 それは、彼がロビウスと対峙してから、初めて起こした自発的な動作だ。

 その、たった一歩だけで――

 踏み込んだ地面が砕け散り、

 移動の余波だけで突風を巻き起こし、

 赤いオーラで(おお)った腰鉈を赤熱させながら、

 この場にいる全ての者の認識を置き去りにして、

 ――ロビウスの首を()ね飛ばした。


「――別に認めなくていいって」


 赤い一閃が、夕空に紅蓮の三日月を描く。

 言い終えた瞬間、宙を舞っていたロビウスの頭が地面に衝突し、どさりと鈍い音を立てる。

 その音を耳にして、ようやくシャウラの理解が現実に追いついた。


「……すごい」


 目の前で魅せられた父の本気。

 夕陽を後光にして、赤く燃えるように(たたず)むその姿は、シャウラの憧れとして目に強く焼き付けられた。


「シャウラ、怪我はしていないか?」


 残心を解いたサバトが、こちらに振り向きながらそう問いかける。

 これに、シャウラはどう答えるべきか悩んだ。

 父のおかげで、自分()どこも怪我をしていない。

 自分は無傷で生き残ったのに……自らのせいで、この惨状を引き起こしてしまった。


 正直に話して、尊敬する父に失望されるのは怖い。

 だが、父の子であるからこそ、全てを話した上で罪を償うべきだろう。

 そう決心して、シャウラが口を開き、


「……おとうさん、実は――」


 懺悔の言葉を告げようとした瞬間。

 ――父、サバトの左腕が宙を舞った。


「……ぇ?」


 衝撃の光景を前に、シャウラが絶句する。

 サバトも一瞬だけ思考に空白が生まれるが、今やるべきことを即座に判断し――

 覚悟を決めた表情で腰鉈を持ち直すと、赤熱する刃を傷口に押し当てて、簡易的な()()()()を行う。

 自分の肉が「ジュゥ」と嫌な音を立てて焼かれる。腕を斬られたとき以上の激痛が脳を揺らす。

 サバトは、気合で痛みをこらえた。

 喉奥から迫り上がる叫喚(きょうかん)を口の中で噛み潰し、微かな(うめ)き声となった音が鼻から抜けていく。


 ――完全に不意を突かれた一撃だった。

 剣の軌道上では首を狙われていたが、サバトの卓越した反応速度で辛うじて避けるも……代わりに左腕を斬られてしまった。


「おやおや、これも避けられてしまいますか」


 サバトの左腕を斬った者が、残念そうに呟く。

 その声を聞いて、驚きのあまりシャウラの目が見開かれる。

 さすがのサバトも、こればかりは想定していなかったようで、同じように驚いた表情を浮かべていた。


「お前……なんで生きている……?」


 傷口を抑えながら、サバトが声を絞り出す。

 そんな二人の反応を見て、心底楽しそうな様子の()()()は、ねっとりとした口調で言葉を紡ぐ。


「なぜ、と聞かれたのでお答えしましょう。

 それは――私が『蛇』だからです。

 それ以上でも、それ以下でもありません。

 ……ああでも、そうですねェ。

 一度死んで、頭を冷やすことができたお礼です。

 貴方がた蛮族にも分かるように説明するならば、特別な寵愛を受ける者と、そうでない者の種族としての差、と言えば伝わりますかね」


 傷ひとつない姿のロビウスがそこにいた。

 首を()ねられた傷跡は一切なく――無傷の状態で蛇のような笑顔を浮かべていた。



 

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