【第9話】 大型客船ハレクラニ
「フレア、早く起きて。」
フレアはルミナスに揺さぶられ、無理やり叩き起こされる。寝ぼけ眼を擦りながら、ルミナスの話に耳を傾ける。
「ほら、準備して!早くしないと、船に乗り遅れるよ!」
「船……。」
フレアはハッとしたように覚醒し、急いで準備を始める。
「なんでもっと早く起こしてくれないんだよ?!」
「ずっとそうしてたよ!あなたが全っ然起きないからでしょ!」
フレアはルミナスに散々言われながら、数分で準備を終わらせる。
「……ったく、やっと来たぜぇ…。」
乗船所では、すでにシーフリーとオズエルが船を待っていた。
「ごめんごめん。だいぶ待たせたね。」
ルミナスはフレアの腕を強く摘み、強引に頭を下げさせる。
「おや?」
そのとき、オズエルは船が来たことに気づく。その船は非常に大きく、外装は豪華なものだった。
「あれはまさか……”ハレクラニ”?」
「ハレ……なんて?」
「大型客船ハレクラニ。世界に10隻しか存在しない、最高級の大型客船よ。」
「なんでそんなものが……?」
「そういう時期だからよ。」
フレアは首を傾げながらも、ルミナス達の後ろを着いて歩く。
「……ひ……広すぎるだろ?!」
フレアは船内に入って早々、その内装に驚愕する。船の中とは思えないほど豪華で広く、まるで豪邸かのようだった。
「フレア、うるさい。」
ルミナスは杖でフレアの頭部をポコっと叩く。
「悪い悪い…。それで、ここからどうするんだ?」
「一先ず、客室に向かいましょう。私達の部屋は……3階のようですね。」
フレア達は船内の地図を頼りに、船の3階のとある部屋の前にやってくる。
「1246号室は……ここですね。」
客室のドアを開けて中に入ると、窓からウェスト港全体を見渡すことができた。
「窓って、こんなにデカいものだったか?」
「まぁ、大型客船だからね。荷物置いたら、船内を見て回りましょ。」
「マジかよ……。先に行っておいてくれ。俺は酔い止めを飲んだら合流する。」
「私は荷物の整理をしておきます。それにまだ、乾燥させた大蜘蛛の糸を束ねていないので。」
その時、ルミナスはそっとフレアの服の袖を引っ張った。フレアはルミナスに顔を近づけ、小声で問いかける。
「もしかして、あの件がトラウマなのか?」
「……何も言わないで。」
フレアはルミナスに引っ張られるように、船内を見て回りに向かう。
2人が船内の大広間に辿り着いた時、船が汽笛を鳴らして出航を始めた。
「なんだ?まさか……動くのか?」
「身構えなくても大丈夫よ。大きく揺れたりはしないから。」
その2人の様子を、少し離れたところからアランとイロハが見ていた。
「本当に、ただ監視するだけなんですか?」
「そうだよ。僕はしばらくここにいるから、君は好きなところに行っても構わない。」
「……言いましたね?」
「うん、言ったよ。」
「ちなみに、路銀に余裕は?」
アランは少し考えた後、「ある。」と答えた。それを聞いて、イロハは一目散にどこかへ向かって行った。
(さて、2人と話でもしようかな。)
フレアは背後から近づいてくる気配に気づき、敵意を見せないように後ろを向いた。
「やぁ、また会ったね。」
「なんでお前がここにいるんだよ?!」
「予想外だったかな?ちょうど、同じ船を予約できたからね。」
フレアはアランを、不審そうに見つめる。アランは笑って流すが、何かを隠しているように見えた。
「というか、お前がいるってことは……」
「もちろん、イロハもいるよ。着いてきてくれ。」
2人はアランに連れられながら、船内を移動する。その途中、辺りの人がこちらのことで話しているように聞こえた。
「彼女がいるのは、たぶんここだ。」
アランが2人を連れて来た場所は、なんとカジノだった。2人は理解が追いつかず、しばらくの間思考が停止する。
「さっ、中に入ろう。」
カジノに入ると、たくさんの人々が様々なゲームを楽しんでいた。フレアから見れば、全てが新鮮に見えた。魔界にはこのような娯楽施設は存在しない。
「はぁ、やっぱりね……。」
アランの視線の先には、ポーカーに勤しむイロハの姿があった。
「よし……フルハウスよ!」
イロハは5枚のカードをテーブルの上に叩きつける。相手は5枚のカードをテーブルの上に並べ、「ストレートフラッシュ。」と宣言した。
「また負けたぁ!」
頭を抱えるイロハの肩に、アランはポンと手を置く。その瞬間、イロハの顔がみるみる青ざめていく。
「ア…アラン……?どうして……ここに?」
「君の行きたいところなんて、大体お見通しだよ。それで、いくら負けたんだい?」
「なんで負けてる前提で聞くの?!………金貨20枚。」
アランはため息をつき、イロハに笑みを見せる。しかし、完全に目が笑っていない。
「まったく……君はいつになったら、学習するのかな?」
「ふえぇ……。最後にルーレットだけはやらせて……。」
イロハは目を潤わせながら、上目遣いで懇願する。
「……金貨7枚だけだよ?」
「は〜い。」
アランが金貨を手渡した瞬間、イロハは急に元気になってルーレットへと走って行った。
「せっかくだし、やってみるか?」
「私はやらないよ?あと路銀の量からして、使えるのは金貨3枚くらいだからね?」
フレアは3枚の金貨を手に、ルーレットの会場へ向かう。そこでは、イロハがどこに賭けるか真剣に悩んでいた。
「うーん……。」
フレアはイロハを他所目に、赤の5番に3枚の金貨をフルベッドした。
「決めるの早くない……?!」
「いや早く決めろよ。」
イロハは散々悩んだ末、赤の16番、黒の26番、赤の36番にそれぞれ、2枚、3枚、2枚と賭けた。他の参加者も賭ける場所と賭け金を決めたあと、ルーレットが始まった。玉が放出され、大きく周りながら1つの穴に落ちた。落ちた穴は、赤の5番だった。
「はあぁぁぁぁっ?!?!?!」
イロハは叫び声をあげ、フレアにズカズカと詰め寄る。
「なんでこんな初心者が!特大の大当たりを引くんだよ?!」
「イロハ。物事、無欲なのが一番だよ。」
イロハはアランに諭され、床に崩れ落ちる。
「ちなみに……俺が賭けた金貨はどうなるんだ?」
「君の賭け方だと倍率は36倍だから……金貨108枚だ。」
その直後、ディーラーがフレアに大量の金貨が入った小袋を手渡す。小袋の中の光景に、フレアは圧巻されて言葉を失った。
「フレア……あなた……」
ルミナスはフレアの両手を握り、目を輝かせながら詰め寄る。
「大勝ちじゃない!」
「お、おぅ……。」
フレアはルミナスの変わりっぷりに、思わずドン引きしてしまう。その光景を他所に、アランは窓の外に目を向ける。外には黒雲が広がり、まるで、嵐の訪れの予兆かのように見えた。
(妙だな……。)
アランはショボンとしたイロハを連れ、カジノから出て行った。
フレアとルミナスは自分達の部屋に戻り、金貨108枚が入った小袋を机の上に置く。
「……なんだこれは?」
「これは……金貨がたくさん入っていますね。」
「そうだよ。なんと、108枚入ってるの!」
ルミナスは鼻を鳴らしながら、得意げに答える。そんなルミナスを、フレアは隣の部屋へ放り投げる。
「これは俺がカジノで当てたやつだ。そこで、各自27枚持っておいてもらいたい。異議はあるか?」
「これはあなたが当てたものなのでしょう?あなたが持っておくべきではありませんか?」
「これは全額、路銀にするつもりだが?」
「そうですか。それなら防犯の観点から見て、各自で保持しておいたほうがいいですね。」
オズエルは金貨を54枚取り出し、その半分をシーフリーに手渡す。
「……悪いが……酔い止めを買ってきてくれねえか……?手元にあったやつを飲んだんだが、全然効果がないんだ……。おぇ……気持ち悪っ……」
「わかった。他に必要なものはあるか?」
「……緊急用で……使い捨ての袋を何枚か……。」
フレアはシーフリーの欲しいものをメモし、船内の売店へ向かった。
「イロハ。」
「えぇ、わかっている。」
2人は部屋の外の景色を見ながら、神妙な顔つきで話をしていた。
「あの雲、少し変じゃないか?」
「そうね。見たところ、あれは自然発生のものじゃない。」
「では、意図的に作られたものなのか?」
「さぁね。でも1つだけ、心当たりがある。」
イロハは緑茶を飲み、喉を潤してから口を開く。
「”災雲”。災いと共に現れる、気体化した魔力よ。」
「聞いたことがないな……。」
「私も実物は見たことがない。そもそもこの事自体、グラスィアルから聞いたことだからね。」
「彼女が?なら、信憑性は高いな。もう少し、具体的なことは聞いていないのかい?」
「そうね……「災雲の訪れにより、一度地上は崩壊している。」、くらいかしら?」
「それはその程度で済ませていい話じゃないだろ……。とはいえ、災雲が非常に危険なことはわかった。」
アランは剣を手に取り、部屋の入り口へ向かう。
「どこに行くつもり?」
「甲板だ。災いを対処する。何かあった時のため、イロハは人々を避難させる準備をしておいてくれ。」
「はいはい…。」
その頃、操縦室にて……。
「船長。天候が怪しくなってきました。」
船長は目を凝らして外の黒雲を観察する。よく見ると、黒雲の中に黒い影があることに気づいた。その直後、船の甲板に何かが凄まじい勢いで降り立った。その衝撃で、船が大きく揺れる。
「なんだ?!」
船長は窓を開け、甲板を急いで見下ろす。甲板には2つの歪な剣を持つ、黒衣の剣士が立っていた。
「な、なんだあれは?!」
黒衣の剣士は操縦室のほうを向き、剣から漆黒の斬撃を放った。船員達は死を覚悟するが、その間にアランが割って入り斬撃をかき消す。
「ゆ、勇者様……!」
アランは甲板に降り立ち、黒衣の剣士に剣を向ける。
「さて、君が災いか?」
金貨1枚=10万円 銀貨1枚=1万円 銅貨1枚=1000円 鋼貨=100円 鉄貨1枚=10円