【第8話】 ウェスト港
「休める場所なんて、なかったな。」
フレアは糸まみれのルミナスを見ながら、そう言葉を発する。オズエルはここまでの間、ルミナスからずっと糸を取っていた。
「でも、かなり取ることはできましたよ。あと少しです。」
そう言いながら、オズエルは糸の束をフレア達に見せる。
「それより、ここはどういう町だ?見るからに、港町のようだが……。」
「ここはウェスト港と言って、中央大陸と西方大陸を繋ぐ唯一の港町です。」
「つまり、あの船に乗れば中央大陸に行けるのか?」
フレアは大海原へ出航しようとしている大きな船を指差す。
「そうですね。ですが、今日はもう遅いです。明日の船の予約をして、今日は宿で休みましょう。」
「船か……。」
嫌そうにため息をつくシーフリーに、フレアは理由を尋ねる。
「船に何か、嫌なことでもあるのか?」
「嫌っていうか、俺は船に弱いんだよ…。今まで何回か乗ったことはあるが、全部船酔いして吐いてるんだよ。」
「船酔いかぁ……。船酔いってどんな感じなんだ?」
シーフリーは首を横に振り、断固として答えようとしなかった。ルミナスとオズエルに聞いてみるが、2人は船酔いの経験がないらしい。
「まぁいいや。とりあえず、早く予約しに行こうぜ。」
フレア達が乗船所に向かおうとしている時、アランがこちらを覗いていた。その後ろには、気だるそうにする少女の姿があった。少々の顔には、”炎を模った紋章”が刻まれている。
「本当に、このまま放置するのですか?」
「あぁ。僕の勘が正しければ、彼と敵対するのは得策ではない。」
「はぁ…。あとで”三賢者”に何を言われるか……。私は一切、責任を取りませんからね?」
「構わないさ、”イロハ”。さて、僕達も船の予約に行こう。」
イロハはアランに対し、怪しむようにジト目を向ける。
「そう言って、上手いこと鉢合わせようとしてませんか?」
「さぁ、どうだろうね?」
笑みを浮かべて答えるアランに、イロハは思わず呆れてため息をついた。
「「うわぁ……。」」
予約のために並ぶ人達の行列を見て、フレアとルミナスは思わず声が出てしまう。そう思えるほどに、列は続いていた。
「これは……相当な時間がかかりそうですね。私は宿を探してきます。」
「おう、頼むぜ。」
「はい。では行きましょう、シーフリーさん。」
「え、俺も行くの?まぁ、待つよりかはマシか…。」
2人が乗船所を離れてから少ししたあと、アランとイロハが2人の後ろに並ぶ。フレアはその少し前から、猛烈に鳥肌が立っていた。
(え、勇者?しかもなんか……2人いない???)
「ルミナス……。」
「どうかしたの?」
「……後ろ。」
「後ろ?…………え?」
ルミナスは後ろを向いた時、2人の勇者を見て思考が停止してしまう。イロハは不思議そうに首を傾げ、アランは小さく手を振る。
「やぁ、久しぶりだね。」
「そ、そうだな…。」
差し伸べられたアランの手を、フレアは慎重に握った。その時、イロハがアランに耳打ちをする。
「思いっ切り、警戒されてるじゃないですか……!どこが「仲が良いから。」なんですか……?!」
アランはイロハのプチ説教に苦笑いを浮かべるも、すぐにフレアのほうを向いてニッコリと微笑む。
「紹介しよう。”イロハ”だ。」
「”イロハ”です。”業火の勇者”です。よろしくお願いします。」
イロハは面倒くさそうにしながらも、ペコリと頭を下げる。
「彼女はこんな風に気だるげにしているけど、実力は勇者相応の高さなんだ。」
「……お世辞ですか?」
「事実だろう?」
「はぁ……もういいです。近くのスイーツ屋さんにでも行ってます。」
イロハは足を引き摺るように歩きながら、乗船所から出て行ってしまった。
「さてと……予約が終わったら、場所を変えようか…。」
アランの眼光が、フレアの中の恐怖心を大きくくすぐった。
フレア達とアランは乗船の予約を終え、オズエル達とイロハと合流する。
「まさか、2人の勇者様に同時にお会いできるとは……。私は非常に幸運ですね。」
「私達は別に、”座敷童子”なんかじゃありませんよ…?」
「”座敷童子”?」
首を傾げるフレアに、イロハは本を取り出して説明を始める。
「”座敷童子”というのは、東方大陸に伝わる”幸運を運ぶ妖精”の名前です。見た人に、凄まじい幸運を与えると言われています。はぁ……あまり体力を使わせないでください。糖分を補給したばかりなのに、ショートケーキが食べたい気分です。まぁ、あなたが奢ってくれるのなら構いませんよ。」
「こら、イロハ。そういうところが、君の悪いところだぞ?」
「アランには、この気持ちはわかりませんよ。もちろん、一生です。」
イロハの態度に、アランはやれやれと息を吐く。
「では、私達は宿に向かいます。」
「そうだ。少しだけ、フレア君を貸してくれるかな?」
フレアは思わず身震いをし、この場からすぐにでも逃げ出したくなった。
「どういうご用件でしょうか?」
「少しばかり、彼に稽古をつけたくてね。僕の見立てだと、彼はさらに強くなれる。その手助けさ。」
「なるほど…。」
(断るべきか?いや……敵意がないことを伝えるチャンスか?)
フレアは覚悟を決め、決断を下す。
「君なら、着いてきてくれると信じていたよ。」
フレアは2人について行き、ウェスト港近くの平原へとやってきた。
「ここならお互い、腹を割って話すことができる。」
「………。」
フレアは無意識のうちに、剣に手をかけていた。
「まだ、稽古の時間じゃない。君は……そのネックレスが何か、知っているかい?」
「……知らない。」
「そうか。なら、覚えておくといい。そのネックレスは、”破邪顕正の証”と呼ばれる者だ。」
「破邪……顕正……?」
フレアは唐突に伝えられたことに、理解が追いつかない。それに対し、イロハが助言を与える。
「要するに、破邪を表すネックレスです。」
「破邪を……表す?それになんの意味が……」
「この世界には、このような予言があります。『聖と魔の者、破邪の証明を手にする者。邪道を破り、世を1つに繋ぎ直す。これすなわち、真の世の救世である。』」
「それがなんだよ?予言は必ずしも、的中するわけじゃないだろ?」
「そうだね。少し前までは、僕もそう思っていた。でも君と出会ってから、その考えは変わってしまったんだ。」
アランはフレアに歩み寄り、先程までとは違う眼光を向ける。
「率直に聞きたい。君は本当に……”魔族なのか?”」
「……は?」
フレアはアランの問いに対し、思わず困惑の声を漏らしてしまう。それもそのはず、フレアが魔族なのは間違いない。しかし、アランはそれを疑っている。
「お前……自分から俺のことが、魔族だって気づいただろ。」
「確かにそうだね。でも僕最初に君を見た時、”君を魔族と認識することができなかった”。僕が未熟なだけかと思っていたが、どうやら、イロハも同じだったらしい。そこで、僕は予言が正しいということを仮定してみた。そして、試しに君を予言に当てはめてみたら……予想以上にピッタリとはまってね。」
「どういう意味だ?」
「まず”聖と魔の者”。”魔”は魔族のことだろう。”聖”はおそらく……エルフだ。」
フレアはアランの言っていることが、全く理解できない。フレアは魔界で生まれ、魔界で育った。その生活の中で、エルフと出会ったことなど一切ない。
「なんでエルフが出てくるんだ?説明してくれ。」
「エルフが出てくる理由は、破邪顕正の証が示している。破邪顕正の証は主に、エルフが所持していたんだ。それに、今では手に入らない代物となっている。予言に出てくる”破邪の証明”というのは、おそらく破邪顕正の証だろう。そして、”世を1つに繋ぎ直す”。これを説明する前に、改めて君の目的を聞かせてくれないかな?」
「……魔族と人間の共生だ。」
フレアは警戒を高めながらも、はっきりと答えた。
「そうだね。そしてそれは裏を返せば、”魔界と人間界、2つの世界を繋げる”ということだ。そう……この予言の意味に、驚くほどピッタリと当てはまるというわけさ。そして予言の内容と、君の特徴から考えるに……君は”エルフと魔族の混血”なんじゃないのか?」
「そんなの知らねえよ。親父は魔族だし、母さんは……」
イロハは何かを疑惑をかけるような目で、アランをじっと見つめる。
「まぁこれは全部、僕の考察に過ぎないけどね。信じるかどうかは、君次第だ。」
アランは木刀を手に取り、フレアにも一本手渡す。
「さて、難しい話は終わりだ。僕は君と敵対するつもりはないが、三賢者や、他の勇者がそうとは限らない。まっ、イロハは大丈夫だろうけど。予言が正しければ、君は非常に重要な存在だ。だから、僕が直々に鍛えてあげよう。」
(一瞬ディスられた気がするけど、審判ぐらいはしてあげよ…。)
イロハはどこからか椅子を取り出し、そこに深々と腰掛ける。アランとフレアは木刀を構え、お互いの行動を観察している。
「あぁそうだ。ハンデとして、僕は君が攻撃を10回行ってから攻撃を始めるよ。あと、魔力の使用は禁止だ。」
フレアは地面を強く蹴り、アランとの距離を一瞬で詰める。アランは木刀を構え、フレアの攻撃に備える。フレアは木刀をアランへと勢いよく振り下ろす。
「……1。」
アランはフレアの攻撃を余裕綽々と防いだ。フレアは木刀を振り払い、フェイントを仕掛けて攻撃する。しかし、アランはフレアの攻撃を見切っている。その証拠に、フレアのフェイント後の攻撃を軽くいなした。
「……2。」
「くっ……!なら……」
フレアはアランの死角へ回り込み、常人では反応できないような速度の突きを繰り出す。しかし、アランはその場から動かず、体を少し横へ逸らして躱した。
「……3。」
フレアはアランが態勢を整える前に、木刀を力一杯振る。アランは木刀が直撃する直前に、フレアが振った木刀を踏み台にし、宙へ跳び上がった。
「……4。」
フレアは落下するアランへ、木刀を何度も振る。アランは冷静に軌道を予測し、空中で平然と受け流した。
「……5……6……7。」
アランは地面に軽やかに着地し、フレアを挑発するように手を動かした。フレアはやけになり、アランへ接近して木刀を振り上げる。アランは木刀で受け止め、カンッという音が鳴り響いた。
「……8。」
(あと2回かよ……!)
フレアは木刀を両手で持ち、渾身の力で木刀を振り下ろす。しかしその攻撃も、アランには容易く受け流されてしまう。
「……9。」
フレアは10度目の攻撃を繰り出すが、アランは冷静に軌道を見定め、フレアの攻撃をいなす。
「……ガラ空きだ。」
アランは木刀の柄で、フレアを突き飛ばす。フレアは腹部の痛みに耐え、アランへ反撃を行う。アランはフレアの反撃を受け流し、逆に反撃をお見舞いする。
「筋はいいが、攻撃が単調すぎる。そんなものじゃ、三賢者には勝てないよ?」
「言われなくとも……わかってんだよ!」
フレアは力強い踏み込みで、アランとの距離を一瞬で縮める。
(少し動きが良くなったか……?)
フレアは木刀を二連続で振り、アランの木刀を振り払う。木刀がアランに触れる直前、突如としてアランの雰囲気が一変する。アランはフレアの木刀を空中へかち上げ、振り下ろした木刀はフレアの鎖骨付近でピタリと止める。
「どうやら、君を少々見くびっていたらしい。君は成長が、他の人よりも早いらしい。」
アランは木刀を下げ、地面に落ちたフレアの木刀を回収する。
「さて、一旦終わろう。」
「おーい。まだ私がやめとは言ってないよぉ?」
「どうせ君は、審判なんてしてないだろう?」
「……バレたか。」
イロハは潔く認め、足を組んで小難しそうな本を読み始める。
「彼女のことは、あまり気にしないでくれ。ああいう性格だけど、実力は確かなんだ。」
「まぁ、そうだろうな…。」
フレアはゆっくりと、イロハへ視線を向ける。フレアの目に映っていたのは、尋常ではない量の魔力を放っているイロハの姿だった。
(明らかに魔力の量がおかしいだろ……っ!ざっと見積もって、アランの2倍以上はあるぞ……。まずなんで、こんなに魔力の量に差があるんだ……?)
「僕と彼女の魔力量の差に、疑問があるのかい?」
「人の心でも読めるのか?!」
「いや、顔にそう書いてあったからね。」
(俺って、そんなにわかりやすいのか?)
「休憩がてら、彼女について話しておこう。彼女は東方大陸育ちであり、生まれながらにして魔法の才を持っていた。しかし、魔法の才を持っているのは珍しいことじゃない。問題なのは、産まれながらにして持っていた魔力の量だ。」
「確か魔力の量は、鍛錬などを積めば増やせたはずだよな?」
「そうだね。でも彼女には、その必要がなかった。彼女の魔力量は、産まれた時から一切変わっていない。」
「へ……?」
「つまり、彼女は産まれた直後から、今の僕の2倍以上の魔力を持っていたんだ。」
フレアは衝撃の事実に、言葉を失ってしまう。同時に、彼女がいかに規格外の存在なのかを思い知らされた。
「ちなみに、お前の魔力の量は多い方なのか?」
「君の視点から見て、僕の魔力は多く感じるかい?」
(アランの魔力の量って……少なくとも、親父と同じぐらいはあるな…。)
「………かなり多い。」
「そういうことだ。」
アランは再び木刀を手にし、フレアに手渡す。
「さて、続きといこう。」
その後、フレアは時間が許す限りの間、アランにしごかれ続けた。