【第4話】 雷の勇者
「待ちやがれっ!」
2人は青年を追い、街中を駆け抜ける。
「ちぃっ……!来んじゃねえっ!」
青年は近くにあった植木鉢を掴み、フレアに向かって投げつける。
「うおっ?!」
フレアは植木鉢を受け止め、すぐに元の場所に戻す。ルミナスは青年の行先の地面を凍らせ、逃げ場を奪う。
「くっそ……!」
青年は建物の壁を伝い、屋根の上に飛び乗る。フレアは塀を足場に、屋根の上に飛び上がる。
「どんな跳躍力してんだよ?!」
青年は屋根に飛び移りながら、フレアから逃げる。その最中、瓦を回収していた。
(何かする気か?)
フレアはいつでも剣を抜ける状態で、青年を追いかける。
「逃がさない!」
青年の行先に、ルミナスが回り込む。青年の後方では、フレアが剣に手をかけている。青年はフレアへ向けて瓦を投げ、それと同時に屋根から飛び降りる。フレアは剣を抜き、瓦を両断する。真っ二つにした瓦を手に取り、青年を追いかける。
ルミナスは青年を追い、裏路地を駆け抜ける。青年の背中は見えているが、距離が縮まる気配がない。
(速い……!かなりの手練ね。)
青年は前方を確認し、速度を上げる。しかし、裏路地から抜ける直前、屋根の上からフレアが飛び降りてくる。
「大人しく観念しろ。もう逃げ場はない。」
前方は瓦を両手に持ったフレアが、後方は杖を構えたルミナスが立っている。完全に挟み討ちにされてしまっている。青年は諦めるかと思ったが、腰の短剣に手をかける。
「……観念するわけ……ねえだろ!」
青年は短剣をフレアに向けて投げる。フレアは短剣をギリギリで躱わすが、注意が逸れてしまう。青年はその一瞬の隙をつき、ルミナスの魔法を躱しながら、フレアの死角を通り過ぎる。
「マジかよ…っ?!」
2人は裏路地を抜け、辺りを見渡す。しかし、青年の姿はどこにもなかった。
「くそっ…。どこに行きやがった……?」
その時、フレアは背後から気配を感じた。ルミナスを前に引っ張り、後方へ瓦を投げる。
「なんでバレるんだよ?!」
後方には、短剣を手に持った青年がいた。投げた瓦は、青年の腹部に命中している。青年は腹部を手で押さえながら、急いで屋根の上に登った。
「フレアは下から追って!私が地上に降ろす。」
「頼むぜ!」
2人は二手に分かれ、青年の追跡を続ける。フレアはルミナスの姿を頼りに、青年を追いかける。
「くそが…。まだ追いかけてきやがる…。」
青年は短剣を腰にかけ、後方のルミナスを警戒する。
(あの男は要警戒だが、この女も大概だな…。こうなりゃ……やむを得ねえな……!)
青年はルミナスの方に走り出し、勢いよく短剣を振る。ルミナスは短剣を避け、青年の腕を掴んで屋根に投げ倒す。
「ちっ……護身術かよ!」
青年は果敢に攻めるも、ルミナスは淡々と青年の攻撃を受け流し、反撃を浴びせる。その隙に、フレアは屋根に飛び乗った。
「くそったれが……!」
青年は大通りに飛び降り、行き交う人々の間を駆け抜ける。
(せめて、これだけでも……!)
青年は慌てるように、一本道へと入っていった。
「自分から逃げ道を無くすなんて…。一体何を考えてるの……?」
「それより、早く追うぞ。」
2人は青年の後を追い、一本道へと足を踏み入れる。
一本道を進んだ先には、古びた小屋が立っていた。辺りは建物に囲われ、日当たりがかなり悪い。
「なんだここ……?」
小屋のほうを見ると、中から青年が出てきた。抱えていた果物は消えている。
「盗んだ物はどこにやった?」
「もうねえよ。俺を捕まえるなら、好きにしな。ただし、こいつらを見捨てられるならな。」
「こいつら?」
青年が合図をすると、小屋の中から数名の子どもが出てきた。全員とも窶れていて、服装はボロボロだった。
「こいつらは俺が拾った孤児だ。お前らが俺を捕まえれば、こいつらは餓死するだろうな。それができるのかって、聞いてんだよ。」
「まさか……そいつらを助けるために、盗みを働いたのか?」
「それ以外に、理由があると思うか?」
「だからって、盗みをしていい理由には……」
「だったら俺の代わりに、お前らがこいつらを助けるのか?」
2人は青年の言葉に対し、黙り込んでしまう。
「ほらな、無理だろ?誰もこいつらを助けようとしないんだ。自分が生きることだけに、ヤケになってるからな。孤児院でもあればいいが、そんなものはこの街にはない。だからこうして、俺が助けてんだよ。わかったなら、さっさと帰れ。」
(くそっ…。どうするのが正解なんだ……?あいつをこのまま、見過ごすことはできない……。でもそれだと、あの子ども達を見捨てることになる…。)
2人が葛藤に駆られていると、背後から1つの足音が近づいてきた。足音が大きくなるにつれて、フレアは身の毛がよだつような感覚に襲われる。
(まさか……そんなわけ……。)
その時、フレアの肩に手が置かれた。
「追跡ご苦労。あとのことは、僕に任せたまえ。」
フレアは声がした方に、恐る恐る視線を向ける。そこには1人の如何にも爽やか系の青年が立っていた。顔には、”雷を模った紋章”が刻まれている。それを見て、フレアは確信した。今自分の真横に立っている男は、”勇者”なのだと。
「……嘘……でしょ……?」
ルミナスは勇者を目の前にした驚きで、固まってしまっている。
「ちっ…。勇者まで出てきやがったか…。」
勇者はフレアの肩から手を離し、青年に近寄る。その時、フレアは勇者と視線が合ったような気がした。
「話は少々、盗み聞きさせてもらったよ。君の正義感には、是非とも称賛を贈りたい。」
「……皮肉か?」
「いいや、これは僕の個人的な感想だ。でも君が行ったことは、決して、許されることではない。だけどその正義感に免じて、君に罪を問うつもりはない。」
勇者の言葉に、2人は言葉を失ってしまう。
「……理解できない。俺は盗みを働いたんだぞ?」
「罪人かどうかを決めるのは僕ではなく、そこの子ども達だ。子ども達が、君をどう思っているのかが重要だ。」
「ますます理解ができない。お前はまるで、俺を無実だと思っているように見える。」
「第一、僕は君を罪人だと思っていない。君が手を差し伸べなければ、子ども達は死んでいただろうからね。」
青年は諦めたようにため息を吐き、子ども達のほうを見る。青年に純粋な瞳を向ける彼らは、今の状況を理解していなかった。
「……まあいい。どっちにしろ、俺はもうこの街には滞在できない。頃合いを見て、どこかに行くぜ。」
「何か問題でもあるのかい?君の素顔が、街の人にバレているとか?」
「バレてねえけど、時間の問題だ。それに……そうなったら、お前の顔に泥を塗ることになるだろ?」
「そうかな?僕はそこまで、考えてはいなかったな。」
勇者はフレアのほうを見て、僅かに口角を上げる。
「君は街を出ると言っていたけど、行手はあるのかい?」
「行き先は放浪しながら、適当に考える。」
「そうか。なら、彼らに同行するのはどうだ?」
勇者はフレアを指差し、青年に提案する。その時の勇者は、何かを企んでいるように感じた。
「なんであいつらに、同行しなきゃいけねえんだ?」
青年は少し機嫌を悪くする。しかし、勇者は表情を変えることなく言い返す。
「僕個人として、君のような人間を失うのは惜しい。1人での旅は自由に動き回れるが、その分、リスクが非常に大きい。君が街を出るつもりなら、冒険者と一緒に出るのが得策だ。……それに、彼はすぐに街を離れると思うからね。」
勇者は最後、3人には聞き取れない声で何かを呟いた。
「だけど街を出る前に、こいつらをなんとかしねえとな…。」
「その問題は僕が解決するよ。」
青年は安堵したのか、肩から力を抜く。
「お前ら。ちゃんと、勇者様の言う事を聞くんだぞ。」
青年は子ども達の頭を撫でる。その時の彼の目には、純粋な優しさが溢れていた。
「どうするかは知らないが……ありがとよ。」
「礼には及ばない。人助けは、勇者の役目だからね。」
「……噂通りの、お人好しだな。まぁ、それが信頼される理由か。」
青年は子ども達を勇者に任せ、一本道から出ていった。
「君達。彼のことを任せるよ。」
勇者は子ども達に目線を合わせ、1人ずつ容態を確認し始める。
「おい待てよ。」
青年はフレアに呼び止められ、静かに振り返る。
「なんのようだ?」
「俺達に同行するんじゃないのか?」
「俺はお前らに同行するなど、一言も言っていない。」
ルミナスはムスッとし、青年のフードを捲り上げる。フードの下から、青年の橙色の髪が露わになる。
「なっ…?!てめぇ!」
青年は
「はい。これであんたの素顔がわかった。バラされたくなかったら、大人しく私達に着いてくることよ。」
「てめぇ……っ!汚ねえぞ!それでもエルフがすることか?!」
「いやいや、人種は関係なくない?隙だらけだったんだから、仕方ないでしょ?」
「俺にもプライバシーってものはあるんだよ!」
2人は視線をぶつけ、火花を散らしている。フレアは2人の仲裁を試みる。
「とりあえず……宿に戻ろうぜ?な?な?」
「……宿代は、お前らが払うのか?」
「……まぁ……宿代ぐらいなら…。」
2人はフンっとそっぽを向く。2人のお互いに対しての態度に、フレアは頭を抱える。
「おや、戻られたのですね。……そちらの方は?」
オズエルはルミナスに聞くが、ルミナスはフレアに説明を丸投げした。フレアはため息を吐き、椅子に腰掛ける。
フレアはオズエルに、先程までの事を伝えた。
「そのようなことが…。彼を旅に同行させるかどうかは、私には決めかねます。お二人の判断に任せましょう。」
「……だってよ?俺は賛成だが、お前達2人次第だ。」
2人は互いを睨みつけるように視線を合わせる。
「あんたは一体、どうするつもりなの?」
「お前が知ったことではないだろ。だがそうだな……。お前らが”どうしても”と言うなら、同行してやらないこともない。」
「ルミナス。異論はあるか?」
「今のところは、ないかな。」
「おい。なんでこいつはさっきから、俺に対して態度が変なんだ?」
「あー……たぶん、お前に突き飛ばされたからじゃないか?」
その時、ルミナスは2人から顔を逸らした。
(こいつ……わかりやすいな……!)
深夜。フレアはうまく寝付けなかった。理由は単純、勇者と遭遇したからだ。そのせいで、底知れない不安がフレアに積もっていった。
(ちょっと、夜風に当たるか……。流石にあの勇者も寝てるだろ。)
フレアは寝ている人を起こさないよう、慎重に宿から外に出た。空は雲一つなく、満月だけが存在していた。
(昼間より、ちょっと肌寒いな…。)
フレアは辺りを見渡し、人影がないことを確認する。
(流石に怪しまれそうだな……。何か理由を考えておかねえと…。)
その時、フレアはあることを忘れていたことに気づく。それは、ルミナス達にあの勇者について聞いていなかったことだった。
(最悪だ……。何やってんだよ俺は……!)
しかし、後悔しても過ぎた事だった。フレアは少し肩を落としながら、中央広場へと向かう。
フレアは中央広場にある、噴水のふちに腰を下ろす。夜空を見上げ、満点の星空を視界に入れる。魔界では、絶対に見れない景色だ。
「こんな時間に、何をしているのかな?」
フレアは背筋が凍りつく。声のした方を見ると、昼間に遭遇した勇者が隣に座っていた。
「あぁ、”やっぱり”か。昼間はわからなかったが、ようやく確証が持てた。君は…………”魔族”だな?」
フレアは驚きのあまり、言葉が全く出てこない。しかし不思議なことに、勇者から敵意は感じられなかった。
「そんなに警戒するな。僕は君を殺すつもりはない。…………まだね。」
「まだって……余計怖えよ……。」
フレアは勇者がイメージと違ったことに戸惑いつつも、なんとか言葉を絞り出す。
「やっぱり君達にとっては、勇者はそういうイメージなのかい?」
「……大多数が、そうだろうな。」
「まぁ、当然か。」
勇者はフレアと共に、満点の星空を見上げる。
「この星空は、綺麗だと思うかい?」
「……あぁ。魔界では、絶対に見れない景色だからな。」
「そうなんだね。」
勇者の声からは、どこか落ち着けるような雰囲気を感じた。その感覚は、フレアにとっては未知の感覚だった。
「で、お前は何をしに来た?俺を殺さないのであれば、何が目的だ?一体、何を企んでいる?」
「あちゃー、バレてるか。僕の目的は、君の正体と目的を知ることだ。」
フレアは警戒を強め、剣に手をかける。
「安心しろ。僕は今、剣を持っていない。」
「……本当か?」
「まぁ、簡単には信じてくれないよね。」
勇者は胸に手を当て、温かい眼差しをフレアに向ける。
「僕の名は”アラン”。人呼んで、”雷の勇者”だ。以後、お見知り置きを。」
アランは片方の手でマントを広げ、フレアにお辞儀をする。予想外の行動に、フレアは剣から手を離した。
「これで、多少は警戒心が緩んだかな?」
「緩む以前に、ドン引きだよ。まさか勇者が、ここまでフレンドリーだとは思わってもないんだよ。」
「全員の勇者が、僕と同じというわけじゃない。君は運がいいね。僕以外だったら、どうなってたことか…。」
アランはフレアに歩み寄り、ゆったりとした声で問いかける。
「聞かせてほしい。君は誰で、何が目的なんだ?」
フレアは一瞬だけ躊躇ったが、驚くほど簡単に口が動いた。
「俺はフレア。目的は……人間と魔族の共生だ。」
アランはフレアの返答に対して、何か神妙な顔をする。
「人間と魔族の共生……。」
アランはフレアが首にかけている、純白のネックレスに視線を向ける。
(もしや……彼が……?だとすれば、あの”予言”は……)
「さっきから、何を考えてる?」
フレアの言葉に、アランは考え事を中断する。
「いや、なんでもない。僕はもう少し、ここにいるよ。」
「そうかよ…。俺はもう寝るぜ……。」
フレアが宿に戻って数分が経った。アランは噴水のふちに座り、考え事の続きをしていた。
(彼が身につけていたあのネックレス……。僕の記憶違いでなければ……あれは”破邪顕正の証”と呼ばれるものだ。しかもレプリカではなく……まごう事なき本物。なぜ魔族の彼が、あのようなものを持っているんだ???でも……仮に”予言”が正しいとすれば、昼間に彼の正体を見抜けかったことと辻褄が合う。)
その時、アランはある事が頭を過った。
「これは……一波乱じゃ済まなさそうだな……!」