【第3話】 西方都市ウェスタニア
”西方都市ウェスタニア”。西方大陸に建設された都市。この都市では酒造業が盛んであり、都市の中には10以上の酒場が存在している。酒場の各々が独自の製法でお酒を作っている。それらのお酒は、都市内でお土産としても販売されている。年に一度、お酒のソムリエ達による飲み比べが行われ、その年の最も優れたお酒を決める大会が開催される。
「……飲みたい。」
ルミナスは喉をゴクリと鳴らす。
「では、酒場に向かいましょう。実は私、いい場所を知っているのですよ。」
「ほんと?じゃあ行こう!」
「おい、マジで飲むのか?」
「私は急いでいるわけではありませんので、あなた方のペースにお任せします。」
フレアはルミナスに聞こうとしたが、ルミナスはすでにお酒のことしか考えていない。
「はぁ……いいぜ。オズエル、案内してくれ。」
「かしこまりました。では、私に着いてきてください。」
2人はオズエルの後を着いて行き、少し古風を感じる酒場に辿り着く。”Mr.beer”という酒場らしい。
「ここか?だいぶ古そうだけど…。」
「もう、フレアはわかってないなぁ。こういう場所のお酒は、絶対に美味しいの!」
「一体どこから、その自信が出てくるんだ?」
「長年の勘よ。」
ルミナスは扉を開け、酒場へと入る。
「おっと、お客さんか。」
カウンターには、いかにもバーテンダーの服装をした男性がいた。しかし、他の客は見当たらなかった。
「好きな所に座ってくれ。準備ができたら、声をかける。」
3人はカウンター席に座り、男性が準備を終えるのを待つ。
数分ほどしてから、男性が酒場の奥から戻ってきた。
「待たせたな。早速、注文を聞きたいところだが……。」
男性はオズエルに視線を向ける。
「オズエル…。どういう風の吹き回しだ?お前が他のやつらを連れてくるなんてな……。しかもエルフを。」
「あんたら、知り合いなのか?」
「まぁ、商売仲間というやつです。」
オズエルは笑みを浮かべながら、フレアに声を返す。
「そういうわけだ。それで、今回はどんなブツを持ってきてくれた?」
「少々お待ちを。」
オズエルはバッグの中から、小分けしたお酒の材料を幾つか取り出す。
「なるほど…。こいつは東方大陸のものか?」
「はい、そうです。ここまで持ってくるのは、けっこう大変でしたよ?」
「だろうな。ほい、今回の報酬だ。」
オズエルは男性から、お金が入って小袋を受け取る。
「おや?今回は少し多いですね。」
「お前にはだいぶ世話になってるからな。その礼だと思ってくれ。」
「確かに、かなりの付き合いになりますね。」
オズエルは小袋をバッグにしまう。
「それで、注文はなんだ?」
「じゃあ、ここのおすすめを。」
「俺はこいつと一緒で。」
「では私は、いつものを一杯。」
「了解、少し待ってろ。」
男性は酒場の奥へ向かい、お酒を用意し始める。
「さて……彼が用意をしている間に、彼について話しておきましょう。」
「どういう関係か気になる……。」
オズエルはバッグを床に置き、2人に男性について話し始める。
「彼の名は”クリスプ”。ここ、Mr.beerの主人です。私とは、8年近くの仲となります。」
「8年……。けっこう長いな。」
「今の関係があるのは、私が彼に商談を持ちかけたのが始まりです。当時この酒場は、経営危機に瀕しておりました。そこで私が、救いの手を差し伸べたのです。」
「自分で救いの手なんて言うとはな……。ずいぶんと、態度がでかくなったものだ。」
クリスプは3人の前に、お酒を注いだジョッキを置く。
「だが、この酒場がお前に救われたのは事実だ。否定することはできない。」
「思ったより早かったですね。また、腕を上げましたか?」
「今の俺にできるのは、酒を作ることだけだからかな。」
「そうご謙遜なさらないでください。それはそうと、あなた昔、1人の冒険者でしたよね?」
「あぁ、そうだったな。それがどうした?」
「彼らに冒険者としての、アドバイスを教えていただけませんか?」
「それについては、お前の口からも言えるはずだ。」
「私は一介の行商人です。冒険者の専門的な知識は存じておりません。」
「行商人も、対して変わらないと思うがな。」
クリスプはグラスを拭きながら、昔のことを話し始める。
「こいつが言うように、俺は少し前までは冒険者だった。」
「どうして、やめてしまったのですか?」
「簡単な話、年齢の問題だ。俺はまだ40代だが、この歳になると、体力的に苦しくなり始める。野垂れ死ぬのだけは勘弁だからな。エルフの嬢ちゃんにはまだ先だが、若造は念頭に置いておけよ。」
「ん?お、おぅ。」
(危ねえ危ねえ。魔族だって言いかけたぜ……。)
「それよりオズエル。お前はいつまで、この都市に滞在するつもりだ?」
「そうですね…。彼ら次第、ですかね。」
「要するに、予定がないってわけか。」
「まぁ、そう言えますね。」
ルミナスはジョッキの中身を飲み終え、クリスプにおかわりを要求する。
「そういえば、誰がお代を払うんだ?」
「それなら、私がお支払いします。」
「いいのか?奢ってもらう感じになって。確か、余裕がないと言っていたはず。」
「そうですね。ですがあくまで、護衛を雇うお金がないだけです。それに最近、とある大きな商談が成立したのでね。」
クリスプはグラスを整頓しながら、オズエルに問いかける。
「一体、どこの組織と取引したんだ?」
「組織ではありません。ですが、かなりの大物です。」
「相手は誰だ?」
「”絶氷の勇者 グラスィアル”様です。」
「ほぅ、それは本当か?」
ルミナスはおかわりを飲みながら、ぴくりと反応した。
「グラ……なんて?」
「”グラスィアル”。”絶氷の勇者”とも呼ばれるお方だ。その反応からして、知らないようだな。」
フレアは少し不安になったが、クリスプからは予想外の言葉が飛び出した。
「彼女のことは、知らなくても不思議ではない。ある戦いが原因で、彼女は北方大陸に閉じ籠っているからな。」
「ある戦い?それはかなり大きな戦いだったのか?」
「そうです。かなり昔になりますが、北方大陸と中央大陸は1つの大陸だったのです。しかしある時、1体の魔王とグラスィアル様の戦いが勃発しました。その戦いは数日にも及ぶ死闘となり、引き分けという形で幕を下ろします。その戦いにより、大陸が分断されてしまったのです。そして分断された大陸は、今の北方大陸へと変化しました。」
「そんな戦いがあったのか…。」
フレアは魔界での生活を思い出すが、そのような戦いを耳にした覚えはない。おそらく、フレアが生まれるより前の出来事なのだろう。その時、フレアにルミナスがもたれ掛かってきた。
「うへぇ…。しょんなことがあったんだ〜。」
ルミナスを見ると、顔を赤くしてふらふらとしていた。
「おや、酔い潰れてしまったようですね。」
「ウッソだろ?!おい、目を覚ませ!」
フレアはルミナスを揺さぶるが、ルミナスの酔いが覚める気配はない。気のせいか、顔色が悪くなっている。
「お手洗いなら、あちらだ。」
ルミナスはフレアに支えられながら、トイレに駆け込む。
「オズエル。次はいつ、この街に来る?」
「そうですね…。離れたら一先ず、当分は訪れないでしょう。」
「そうか。なら1つ、頼まれてくれないか?」
「なんなりと。」
「お前は北方大陸に植生する、”月光の花”を知っているか?」
「えぇ、知っています。”雲一つない満月の夜にのみ咲く幻の花”だと、耳にしたことがあります。」
「その通りだ。その花に関して風の噂で聞いたことだが、辺り一面が月光の花で覆われた、”月光の花園”という秘境が存在するらしい。俺は冒険者時代、その秘境を探して何度か北方大陸に訪れた。だがその秘境を、見つけることはできなかった。」
「なるほど…。つまりその花園を、見つけてほしいということですね?」
「そうだ。もちろん、報酬は弾ませる。引き受けてくれるか?」
その時、2人が戻ってきた。どうやらフレアは一部始終を聞いていたようで、ルミナスと無言で意思疎通をする。
「俺達は引き受けてもいいぜ。」
「私も同じです。」
「……だとよ。オズエル、お前はどうする?」
「もちろん、引き受けますよ。なんて言ったって、商売仲間の依頼ですから。断る理由がありません。」
「ふっ、ありがとよ。……ちょっと待ってろ。」
クリスプは酒場の奥から、食料を詰めた袋を持ってきた。
「持っていけ。旅の手助けだと思ってくれ。」
「…ありがとう。」
フレアは袋を受け取り、背中に背負う。
3人は街の中を歩き回り、宿へと辿り着いた。
「3名で。期間は……何日だ?」
「まぁ、旅の予定が決まるまでじゃない?」
「そうだな。じゃあ、無期限で。」
3人はチェックインを終え、各自の部屋へと向かう。フレアは部屋について早々、ベッドへと飛び込んだ。魔界のものとは違い、驚くほどにフカフカだった。
(やっべぇ、ずっと寝てられる。)
フレアは枕に顔尾を埋め、思い切り息を吸う。
「めっっっっっちゃ、いい匂いする……。」
「フレアー。今時間あるー?」
フレアはベッドから降り、廊下で待つルミナスのもとに向かう。
「なんかあったか?」
「ちょっと外出するだけ。オズエルさんは部屋で荷物の整理をするみたい。あなたは着いてくる?」
「……まぁ、部屋にいてもやることないしな。」
(ほんとは、ベッドに寝転がっていたいけど……。)
「じゃあ、買い物にでも行こ。旅で使えそうなものがあったら、買っておこうよ。」
「……ありだな。よし、行くか。」
「少々お待ちを。」
その時、オズエルが部屋から出てきた。
「どうかしたか?」
「お二人に、こちらを渡しておこうと思いまして。」
2人はオズエルから、淡い光を帯びた石を渡される。その石からは、不思議な力を感じられた。
「石?」
「そちらの石を使えば、どこにいても私と会話をすることができます。何かトラブルなどが発生したら、是非ともご使用ください。」
「……こんなことを言うのもアレだが、随分と気前がいいな。」
「各自で行動する時には、連絡手段が必要ですからね。では、私は荷物の整理を続けます。」
オズエルはそう言い残し、自分の部屋に戻った。
「うわぁ……賑わってるね〜。」
2人は行き交う人々を避けながら、人混みの中を進んでいく。
「やっぱり、都市の市場は人が多いわね。」
「そう…なのか?」
「……もしかして、来たことないの?」
「まぁ…こういう場所に行ったことはないな。」
「えぇーっ?!反応が薄いから、結構意外かも!」
至って普通の会話をしながら見て回っていると、何やら騒ぎ声が聞こえてきた。
「なんだ?喧嘩か?」
その時、1人の青年が人混みの中を駆け抜けて来た。青年は幾つかの果実を抱えていた。フードを深く被り、顔は見えない。
「誰か!そいつを捕まえろ!」
「どけ!」
青年はルミナスを突き飛ばし、逃げるように走り去った。フレアはルミナスを受け止める。
「大丈夫か?」
「うん…。今のって……」
「盗人か…。追うぞ。」
2人は青年を追って、市場を後にする。