【第1話】 魔王の子 フレア・アスタロト
”魔界”。それは人間界の裏側に存在するとされる、魔族と魔物が住む闇の世界。空は漆黒に覆われ、大地は血のように赤く染まっている。魔界には7つの部族が存在し、それらの部族に、1人ずつ魔王がいる。7人の魔王は規格外の強さであり、それぞれが魔界の歴史に名を残すほどである。だが魔界には、7つの部族を統括する魔界の主、”大魔王”が存在する。しかし、大魔王は行方不明となっており、現状、魔界の頂点は7人の魔王であった。その結果、魔界では部族間の紛争が繰り広げられていた。しかし7人の魔王の会談により、現在は休戦となっている。その7つの部族のうちの1つ、”戦火のアスタロト”では成人の儀式が行われようとしていた。
「アグニ様。儀式の準備が整いました。」
「ご苦労。下がって良いぞ。」
”アグニ・アスタロト”。戦火のアスタロトの長であり、”獄炎の魔王”である。魔界の歴史において、彼が与えた影響は凄まじいと言う他ない。部下から信頼され、人望も厚いため、魔王随一の器の大きさを誇る。特徴は、鍛え抜かれた肉体と、炎のように猛々しい赤色の髪だ。
(さて、今年は何人の者が成人となるのやら…。)
アグニは篝火に火を灯し、部屋を明るくする。部屋の中央には、大きな焚き火が用意されていた。その時、ドアをノックする音が聞こえる。
「入れ。」
アグニの声を聞き、ドアが開かれる。そして、成人となる10名の部族の者が部屋へと入ってきた。その中には、息子の”フレア・アスタロト”の姿もあった。息子というだけあって、アグニに似ていた。それを見て、アグニは感慨深くなった。
(そうか…。お前が産まれて、もう100年が経つのか。)
アグニは10名の者を一列に並べさせ、玉座からゆっくりと立ち上がる。
「諸君、よくぞ集まってくれた。これより、成人の儀式を執り行う。では始めに、後方の焚き火に祈りを捧げよ。」
10名の者は後ろの焚き火を見て、静かに祈り始める。部屋の中に焚き火の音だけが響く中、アグニは昔のことを思い出した。遥か昔、自分も10名の者のところに立っていた。そして今では、先代の魔王のほうに立っている。
(時の流れというのは、あまりにも早いものだな…。)
アグニは焚き火の炎を消す。それを合図に、10名の者はアグニのほうへと体を向ける。
「諸君の祈りは、焚き火の炎からしっかりと感じ取れた。では次に、宣誓を行う。私の後に続け。」
アグニは息を吸い、忠誠の言葉を発し始める。
「我々は生涯!魔界のために尽力し、後世に意思を受け継ぐことを、ここに宣誓する!」
「「我々は生涯!魔界のために尽力し、後世に意思を受け継ぐことを、ここに宣誓する!」」
10名の者は宣誓を終える。その瞬間、部屋の中は沈黙に包まれた。アグニは10名の者の目の前へと歩く。
「では最後に、私から言葉を送ろう。」
アグニは咳払いをし、全員の視線を向けさせる。
「自分の思うままに生きろ。私達の時間は長いが、無限ではない。だからこそ、1つ1つの行動を大切にしろ。如何なる困難を前にしても、お前達なら乗り越えてくれると信じている。」
アグニは篝火の炎を消し、儀式を終了する。儀式を受けた9名の者は部屋から出たが、フレアだけ残った。
「どうした?儀式は終わったぞ。」
「あぁ、終わったな。だからこそ、聞かせてもらうぜ。」
アグニは玉座に腰掛け、フレアの声に耳を傾ける。
「俺は人間界に行く。忘れたとは言わせないぜ?俺が成人の儀式を終えたら、許可する約束だったぞ。」
「そうだな。……では今一度、聞かせてもらおう。なぜ、人間界へ行く?」
「人間と魔族は共生できる。それを証明するためだ。」
「本当に、そう思うのか?お前も知っているとは思うが、人間と魔族の対立は、数千年に渡って続いている。今更その問題を解消しようとしても、無駄にしかならないと私は思う。」
「無駄かどうかは、やってみないとわからないだろ?」
「すでに何人もの魔族が、共生のために人間界へ赴いてはいるが………全員、失敗に終わった。」
「そんなことはわかってる。でも、自分でやらねえと気が済まねえ。過去の結果ばかりを気にしていたら、挑戦心というものが失われる。俺はそれが嫌だ。何かに挑戦している時が、最も生を実感するからな。」
アグニは目を閉じ、フレアの言葉を何度も脳内で再生する。
「……人間界へ行くということは、死の危険と隣り合わせになるということだ。人間は確実に、お前との友好関係を求めないだろう。それでも、行くと言うのか?」
「あぁ。ガキの頃からの夢だからな。」
アグニはフレアの目を見る。炎のように赤い瞳には、確固たる覚悟が存在していた。
「わかった……。お前が人間界へ行くことを、許可しよう。」
「へへっ、どうも。」
「まあ待て。人間界へ行くお前に、生き延びる術を教えてやらなければ。」
アグニは自分の顔にある、炎を象った紋章を指差す。
「これは”魔王の紋章”というものだ。今のお前にはないが、いずれ現れるだろう。それまでは、人間に紛れることはできる。」
「へぇ、案外簡単だな。」
「最後まで聞け。……だがある存在は、私達の正体を見破ることができる。その存在というのは……」
フレアはゴクリと唾を飲む。
「……”勇者”だ。」
「”勇者”……。英雄みたいなものか?」
「そう考えていい。勇者は魔族を見破る力を持っている。なぜその力を持っているのかは、私にもわからない。」
「勇者って言っても、人間だろ?共生を望んでいる身で言うのもアレだが、魔族より強いとは思えないな。」
「勇者を侮ってはならない。勇者は魔王と同じように、7人存在する。そしていずれもが、”魔王に匹敵するほどの力を所持”している。今のお前では、絶対に敵わない相手だろう。」
「どうやって、気をつければいいんだ?」
「耳を隠す。アスタロトの名字を言わない。あとは……近づかないことだ。勇者には魔王と同じように、顔に”勇者の紋章”と呼ばれるものがある。見かけたら、すぐに離れるのが得策だろう。」
「はいはい、わかりましたよ。」
(本当か……?)
アグニは疑いの目を向けながらも、懐から純白のネックレスを取り出す。
「これをお前に渡そう。」
「これは……?」
「やはり、憶えていないのか…。それはお前の母、”ヘル”の形見だ。お前が成人の儀式を終えたら、渡すように頼まれていた。」
フレアは反応しながらも、静かにネックレスを受け取った。
「……母さんは、どんな人だったんだ?」
「……炎のように温かく、女神のような女性だった。お前の目は、ヘルに似ているな。」
「そうか……。」
フレアはネックレスを首にかける。
「さて、お前の話は終わりか?時間があるのなら、少し付き合ってくれないか?」
「あぁ、いいぜ。」
アグニはフレアを奥の部屋へと連れて行く。
「……マジかよ。」
2人は長い通路を通り抜け、宝物庫のような場所に来た。真っ先に目に入ったのは、丁寧に飾られた立派な剣だった。
「この剣を持っていけ。」
「いいのか?かなりの貴重品に見えるぜ。」
「ある意味、貴重品かもしれない。これは私が人間界の金属を使って作成した剣だ。お前が旅立つ時に、備えてな。」
「……どういうことだ?」
「実を言うと、お前が人間界へ行くことは、最初から許可していた。口には出していないがな。」
「……は?」
「私はヘルと、お前を自由に生かすことを約束した。だからお前のために、この剣を作ったんだ。」
アグニはフレアを剣の前に立たせる。
「さぁ、剣を取れ。」
フレアは剣の柄を掴み、ゆっくりと鞘に納める。
「似合ってるじゃないか。大きさは……問題ないな。」
「これで終わりか?」
「あぁ。では、門まで見送ろう。」
2人が門の前に着くと、戦火のアスタロトの人々は集まっていた。
「なんでこんなに?!」
「決まっているだろう。全員、お前の旅立ちを祝福しているんだ。旅の門出は、こうでないとな。」
フレアはアグニに背中を押され、門へと歩き始める。
「フレアー!頑張れよ!」
「あんたならできる!しっかり生きるんだよ!」
人々の声を聞いて、フレアは笑みを浮かべる。フレアはアグニのほうに振り返る。アグニは腕を組んで、表情を変えずに頷いていた。フレアは頷き返し、門へと手を伸ばす。
”人間界”。巨大な中央大陸と、東西南北の四つの大陸が広がる世界。大陸各地にたくさんの人間が住んでおり、それぞれの文化が存在している。北は極寒の雪原、南にはエメラルドグリーンの広大な海が広がっている。中央大陸には人間世界の本拠点と言える、”中央都市キャピトラル”が建国されている。また、東西南北4つの大陸にも、キャピトラルほどではないにせよ、都市が存在している。そんな人間界に、1人の魔族が訪れようとしていた。
フレアは門を抜け、人間界に到着する。辺りは緑が生い茂っており、空が青い。魔界の重苦しい空気とは違い、爽快な空気を感じられる。ふと門を見ると、門はちょうど消えてしまった。
「あ、帰り方を聞いてなかったな……。まあいいか。」
フレアは近くの切り株に腰掛ける。その時、風が吹き、木々が揺れる音が聞こえてくる。初めての体験に、フレアはのめり込んでしまう。しかし、すぐにアグニの言っていたことを思い出す。
「そうだ。耳を隠さねえと。」
フレアは自身のエルフのような耳に触れ、人間の耳へと変える。
「とりあえず、これでいいのか?」
フレアは近くの池を覗き込み、水面で耳を確認する。
「ん?」
フレアは近づいてくる足音に気づく。剣に手をかけ、いつでも戦闘に入れるようにする。
(魔物か?それとも、人間か?)
足音は、すぐ近くに迫っている。茂みを掻き分け、猪が池へと近づいていった。しかし、フレアは猪を知らない。相手に敵意はないようだが、警戒を解かなかった。その時、木々をへし折り、巨大な熊が姿を現す。ただの熊ではなく、魔物だった。フレアはすぐに剣を引き抜き、熊の前足を切り落とす。
(この程度の雑魚なら……問題ねえ!)
フレアがトドメを刺そうとした直後、熊が岩を投げて反撃する。フレアはバランスを崩し、池に落ちそうになる。熊がこちらに近づいてくる。その時、熊の体が凍りつく。
「トドメを!」
声がしたほうを見上げると、空にエルフの少女が佇んでいた。フレアは剣を振り、熊の頭部に傷をつける。熊は大きくのけ反り、地面に倒れて動かなくなった。
「怪我はない?」
少女は地上に降り、心配そうにこちらに駆け寄ってきた。
初めてましての人は初めまして。作者の速です。この作品は、代表作の「紡ぐ者」と同時並行で投稿させていただきます。この作品は基本、週1で投稿します。何時に投稿などは特に決まっていません。内容次第ではちょっと時間がかかるかも…。けっこう長くなりますが、お楽しみいただけたら幸いです。あっ、質問はどんどんして大丈夫です。(ネタバレになりそうな質問には答えられないかも……。)