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仲間を得て弱くなった?
ああ、そうだ。きっと俺は弱くなったんだろうよ。
失うものが出来て、捨て身じゃなくなった。そして、それを誰も咎めなかった。
「良いんだよ! これでな!」
山里がやったような、低い体勢からの仕掛け。
ツヴァイハンダーの先端が床を擦り、火花を散らせる。
斜め下から掬い上げるように、ロボの膝を狙う。
手元から離れた位置では、テコの原理で、受けが成立しなくなる。長い棒の先端は、横からの力に弱い。
下がったロボ。空を切る切っ先。
振り切った剣は俺の体の後ろに流れた。
だが。
がちん。
無防備に晒された顔面には、歯という生物最古の武器がある。
俺の噛みつきを腕輪で防いだロボは顔をしかめた。金の腕輪にくっきりと歯形が刻まれる。
飛来した火球を、空中に展開された黒い結晶の盾が受け止めた。粘着質な炎が、宙で燃え続ける。ラプトルのブレスのような炎だ。
「鬱陶しいな」
引き戻したツヴァイハンダーに、槍が打ち付けられた。剣が払いのけられ、剥き出しの肉体が向かい合う。
片腕を伸ばしたロボのラリアット。
大鎌のようなそれが、俺の胸にぶち当たった。
「かはっ!?」
肺を押しつぶされたような衝撃。吹っ飛ばされそうになる体を、根性でその場に踏みとどまらせる。
素早く、器用に動いて、パワーもある。反則じゃねえか、クソが!
喉の奥が、強烈に鉄サビ臭い。胃か肺のどっちかが傷ついたときの臭いだ。
ロボが天井を向き、喉を震わせる。
「オオォォォォォン」
遠吠え。
次の瞬間、煙幕の向こう側のあらゆる方向から槍が飛来した。
こいつ、音で座標を知らせたのか!
巨大なリザードマンの槍。当たればタダでは済まない。
スイ、トウカ両方が防御の姿勢をとる。俺も当然身を守ろうとしたが。
ロボが動いた。
満面の笑みで、スイに向かって。
「――させるかよ」
足の筋肉が軋む。骨が悲鳴を上げる。
最高速の踏み込みからの、跳び膝蹴り。
スイを刺そうとしていたロボの脇腹にめり込み、吹っ飛ばした。
反動で空中に泳ぐ体。
スローモーションの世界で、笑うロボが見えた。
どす。
鈍い音。腹の真ん中を、熱いものが通り抜ける。
太く長い槍で、床に縫い付けられた。
無意識に動かした足が、じたばたと宙を搔く。
「ナガ!?」
スイの悲鳴が聞こえた。
くるりと回転したロボが、綺麗に着地する。
「虫の標本のようで似合っているぞ」
その背後に影。
ヒルネが足首をワスプナイフで刺した。ロボのアキレス腱が破裂し、血肉を散らす。
ロボが即座に振るった槍で、小さな体は弾き飛ばされ、煙幕の向こう側に消えていった。
「ははは、痛み分けじゃねえか」
ナイスだ、ヒルネ。
トウカがヒルネの援護に動いた。
骨が剥き出しになった足で立つロボ。
即座に変身でもしそうなものだが、足を削られてなお、アヌビスの体でいることにアドバンテージがあるのだろうか。
スイが床から槍を外し、引き抜いてくれた。
俺とロボ、お互いの体の傷を、世界樹の苗が塞ぐ。ごぼりとこみ上げてきた血の塊を床に吐き捨てた。
「大丈夫かい!?」
煙幕の壁から隼人が出てくる。
大型のリザードマンと戦っているからか、モーニングスターを装備しているようだ。
「そっちは?」
「柚子がなんとかしてくれてる!」
「そうか。スイ」
俺の言葉と同時に、スイが隼人に殴りかかった。
「うわ、何をする!?」
「どうせ偽物でしょ。本物なら私より強いはず」
そもそも、そっちの煙幕の壁は、隼人が戦ってる方向じゃねえだろうが。
本人の前で変身すれば、大声で警告される。だから、別の区画に移動して視線を遮って変身したんだろうな。
「隼人ォ!」
「「「「なんだい!」」」」
大声で呼べば、複数個所から同じ声で返事が飛んできた。
案の定か。孤立したやつに化けて騙し討ちを狙う。ワーウルフの基本戦術だ。
「てめぇは、どこまで……!」
ツヴァイハンダーを引きずりながら、ロボへの突進。
あるもの全てを惜しみなく俺に投入してくる。油断も慢心もない。
だから。
「うぉおおおおおおおおおお!」
叫ぶ。気迫を込める!
俺を迎え撃とうと、上段から唐竹割に振り下ろされた槍。最後の1歩を全力で加速させ、致死の刃を超えた。
しなる柄を食らうがままに。意識が消し飛びそうな衝撃は、腹から吼え、ただ我慢だけで耐える。
「いくよ」
後ろから、スイの声が聞こえた。
体をぐるりと回す。
遠心力を乗せた刃を、ロボは槍から手を放し、しゃがんで避けた。
だが、狙いはお前じゃねえ。
俺の手を離れたツヴァイハンダーは、真っすぐに飛んで、偽の隼人を貫いた。
さらに半回転。空いた両手でロボを掴まえ、ぐるりと体を入れ替える。
スイが杖を振り下ろした。
飛んできた火球が、ロボの背中で炎を噴き上げる。
「がぁぁぁぁっ」
地面を転げたロボは、リザードマン戦士の姿に変身した。だが、その背中で燃える粘着質な炎は消えていない。
そして、アヌビスの力が失われたからか、煙幕が晴れた。各所で戦っている仲間たちの姿が目に入る。
隼人の周りには大量の狼の死体。流石だ。
シャベルマンも大暴れしているが、その背中には地面に膝をついて息を荒げる山里を庇っていた。他のメンバーは既に倒れ伏している。
頭から流れた血を拭う。
「熱に耐えて使い捨てるには贅沢な体だな」
「貴様も贅沢な武器の使い方をする」
炎に炙られながらも、ロボの目に闘争心は消えていない。
ちらりと視線を飛ばせば、体にツヴァイハンダーが刺さった狼が、よろけながら逃げる姿が見えた。
早計だったか?
後悔がちらりと過ぎる。
腰の後ろからククリナイフを抜いた。
ちっとばかり火力不足な感もあるが、世界樹の苗で基礎筋力が上がっている。有効打にはなるだろ。
巨体を見上げながら、足元に潜り込む。
的がデカくなったおかげか、スイの魔法が肩に直撃。顔面を狙ったのを、肩を上げることで防いだようだ。
だが、燃え続ける炎は防いでも有効打に足り得る。
「……女が邪魔だ」
「させねえっつってんだろうが」
振り回される尻尾を跳ねて回避。
その隙を待たれていた。ロボのシンプルなアッパーカットを受け、天井までカチ上げられた。
食いしばった歯の隙間から血が噴き出す。体中を電撃のように走る痛み。何本か骨をやられた。
猛烈な浮遊感と、迫る地上。だが、あって当然の追撃はない。
戦場すべてが目に入る鳥瞰。駆け寄るトウカの姿が映る。
戦線復帰したトウカとロボの突撃が交差した。
それぞれの体から噴き出した火炎が交錯する。
鉄杭に貫かれたロボの拳が爆散した。同時に、トウカの外骨格までもが砕け散る。
千載一遇の好機!
前転ずるように着地、同時に走る。
ダメージだらけの肉体が軋むが、そんなことに構ってる場合じゃない。
同時に膝をついたトウカとロボ。
焼けて剥がれた鱗。その肩口にククリナイフを叩きつけた。ざっくりと肉を断つ感触がした。
「がぁぁぁっ」
ロボが叫ぶ。
立ち上がりながらの変身。その姿はムシキに変わり、肩にククリがめり込んだ状態で体を起こす。
最後の武器まで持っていかれた!
「効けえええええええええ!」
突然の声。
宙を飛ぶ人影が2つあった。
柚子に抱えられるようにして、ヒルネが飛んでくる。その手には蛇の頭。
出血性の猛毒を持つヤクルスの牙が、ククリの刺さった肩に突き立てられた。
ハエ叩きのように、ビンタで吹っ飛ぶ2人。だが、ヤクルスの牙はしっかりと打ち込まれている。
最高だよ、うちの仲間たちは。
「次から次に!」
「残念だったな。お前に仲間はいねえのか?」
ロボの目が左右に動く。
いつの間にかシャベルマンも倒れていた。
遠くで戦っているのは隼人だけ。だが、3体のリザードマン戦士を同時に相手どり、優勢を保っている。
そして、その他にワーウルフはもういない。
急に戦場が小さくなったな。
俺とスイ、ロボ。隼人とワーウルフ3体。
互いの戦力は、たったこれだけ。
「さて、決着をつけようぜ。王様」
ロボの肩から流れ落ちる血が、ゆっくりと床に広がっていく。
「見通しが甘かった、か」
そう呟き、目の前でロボの姿が消えた。
足首に鋭い痛みが走る。見下ろせば、そこには首だけの蛇。急激なサイズ変化で消えたと錯覚させられた!
こいつ、あの状態でまだ生きていたヤクルスに変身しやがった――!?
続けての変身。ロボの姿が狼のそれへと変化する。
喉笛への噛みつきに、思わず仰け反った。前足で押し倒される。
「死までのカウントダウンを下賜してやろう」
「それがてめえの本来の姿か」
至近距離で睨み合った。




