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【書籍化】ダンジョンに閉じ込められて25年。救出されたときには立派な不審者になっていた  作者: 乾茸なめこ


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 日本トップの探索者。

 それがどの程度のものなのか、正確に把握している人は少ない。


 仕事の質が公にしづらいものが多い――それはもちろんそうだ。隼人の探索は、協会の指示で配信に載せられないことが多い。

 だがそれ以上に、地味なのだ。生存力の高い探索者ほど、見た目に分かりづらい強みを持っている。


 隼人はシミターを担ぐように、自身の背中に隠した。上段からの振り下ろしを示唆するような動きだ。

 マーリンはそれを空から見下ろしながら、眉間にしわを寄せて目を細める。


「君ら日本人の探索者はリーチを隠すのを好みがちなのだろうか? 我が王もツヴァイハンダーの柄を引いた位置で握り、刀身の半ばに添えた手を見せる事で短く錯覚させようとするよね。小手先の技にこだわるのは小国だからこそかな?」

「面白くないヤツって話長いよね?」


 手の内を見透かしているぞと威嚇するようなマーリンの長口上を隼人は鼻で笑った。

 マーリンは唇を引き結び、無言で空を指す。散開しホバリングする蟻人間の群れが、無機質な目で隼人を観察していた。

 隼人は首を傾げる。


「武力は見せるものじゃないと思うんだよね。使ったらどうだい?」

「そう。じゃあ、死ね」

「そっちがね」


 弓兵の斉射を思わせる軌跡で、蟻人間たちが隼人に殺到した。

 どんな攻撃をするのか、どんな魔法を持っているのか、あるいはどんな特殊技能を持っているのか。全てが未知数な生物による総攻撃。それを前にして、隼人は欠伸を漏らした。


「武力は、使うものなんだよ」


 隼人の眼前で、炭化した大木が爆ぜた。

 飛び出したのは体長5メートルを超える巨大なリザードマンだ。火炎のように赤き鱗が陽光を乱反射する。水取りの羽根飾りが揺れた。


 カルカが吼える。低く長い咆哮に応えるように、ヴリトラの首がマーリンを向いた。巨大な双眸に捉えられたマーリンの顔が引き攣った。


「隠していたトカゲの長を盾にするとは……!」


 ヴリトラは万物を破壊する不死不壊の巨竜であり、リザードマンの守護神である。

 リザードマンに仇為す者があらば、リザードマンの生息地ごと外敵を粉砕する。

 結果に一切の責任も配慮も持たない、条件反射で発動される自然の理だ。


 遥か遠くで光が収束する。2つ目の太陽と見紛うほどに凝縮された熱が、一条の光線となって蟻人間の群れを貫いた。空間そのものを削除したように、触れた個体全てが蒸発する。直撃しなかった者たちも炎に巻かれ、呆気なく地に落ちた。


「カルカ君、頼んだよ。君の馬鹿力でね」

『ナガとも違う、妙な人間だ』


 カルカは好意的な響きを持った口調で言うと、左手で隼人の足を掴んだ。

 尻尾が地を払い、大きな円を描く。質量の固まりである長大な尾に合わせ、体を回転させた。限界まで捻られた筋肉が生み出す加速度によって、隼人の体を高速で投げ飛ばす。

 目標はマーリンだ。


 人体の限界を超える加速で、隼人の白目が一瞬で真っ赤に染まる。迎え撃つマーリンは咄嗟に20の障壁を重ね合わせた。

 激突の一瞬で全ての壁が粉砕され、光の破片となって飛び散る。


 マーリン肩口に、深々とシミターが食い込んだ。苦悶の声が漏れる。


「ぐぅっ……悪魔の子め……!」


 隼人はそれを一笑に付した。風で逆立つ髪、充血し下瞼にも赤い涙が溜まった目とは裏腹に、爽やかに白い歯を見せる。


「天狗の子さ。落ちろ、魔法使い」


 隼人は右手でシミター突き出したまま、空いた左手でマーリンの耳を打った。空気の塊が鼓膜を貫く。流れるように、緩く握った拳で眼球への2連撃。

 空中でマーリンの体が横に傾ぐ。

 トドメの蹴りで、マーリンは錐揉み回転しながら吹き飛んだ。重力に足を掴まれ、炭化した大地に突っ込む。


「うん? 大したことないかな?」


 隼人が呟いた。

 地面に頭からめり込んだマーリンが、緩慢な動きで体を起こす。明らかに首は折れているが、手で支えてゴキリと直した。あっけらかんとした口調で言う。


「あぁ、失敗した失敗した。耳は聞こえないし目も見えない。ヴリトラが面倒だから先にトカゲの掃除をしようと思っていたのに、こんなのが居るなんて。日本の協会も意外と仕事をするようだ」

「指揮系統に変化が生まれているからね」


 マーリンのぼやきに隼人が応じるが、聞こえた様子はない。


「こっちもこっちで手当たり次第にやってきたから、色々と噛み合わないんだ。シナジーのないジェネラリストになりたかったワケじゃ無いのに、人生というのは本当にままならないねえ。本当に、アーサーが死んでから全てが台無しだ」


 愚痴をこぼしながら、へし折れ曲がった腕を土に差し込む。マーリンの全身から、血管がぼこりと浮き上がった。

 皮膚が樹皮のように乾き、おおげさな凹凸を生み出す。体のそこかしこから細い枝が生え、若葉が開く。


「空を飛ぶ魔法使い……制空権は良いものだ。竜を従え覇を唱える……祖国の王権は良いものだ。地に満ち根を広げる……世界樹は良いものだ。外なる世界と人の内なる世界を繋げる……外法の神は良いものだ」


 マーリンの眼球がぐるりと裏返る。『?』が3つ絡んだ文様が刻まれた、新たな瞳が隼人を見据えた。


「でも、シナジーがない。次は君の力を喰らえば繋がるのだろうか。あるいはヴリトラを喰らえば繋がるか」

「うん、前言撤回しよう。強そうだ」


 隼人はカルカに手のひらを向け、それから階段の方に振った。


「地上を目指そうか。ここは深すぎるね、世界樹の本体に近い。上で倒そう」

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