21
内側で爆発でも起きたのか。
立方体の石材が無数の破片となり。それが、俺の方にぐっと膨らんだ。
いや、これは爆発なんかじゃなくて。
「回避ィィイ!!」
口から出た叫びとは裏腹に、体は前に傾いていた。
――ああ。視界がスローモーションになってやがる。こういうときは、必ず嫌なことが起きるってもんだ。
砂煙の塊が突っ込んでくる。爆風を追い抜き、突き破るようにして《《そいつ》》は姿を現した。危機感が脳を突き刺す。さらに時間は引き延ばされる。
嘴、鳥? 否、歯がある。
鱗? 目、俺を見てる。
二足歩行? 跳ね、いや、飛び掛かってきてる。
散り散りに断片の言の葉となった思考すらも置き去りに。体は最適解へと動いた。
足は前へ。腰から肩へ、肩から腕へと捻りが連動し、手に持つ槍を投げつける。
箱を吹き飛ばして突進してきていた《《そいつ》》は、顔に向かって飛んできた槍を躱すように、横にステップした。勢いが殺され、足を止める。
砂埃が晴れた。
鮮やかなライトグリーンの鱗に覆われた、しなやかで細長い体。蛇のような首に、ダチョウに似た頭部。前肢は小さく、後ろ足での二足歩行。しいて似ている動物を挙げるならば、恐竜のヴェロキラプトル。
ただ、デカい。体高だけで4メートル。全長だったら8メートルってところか。
瞳孔が縦に裂けた目は、何の感情も映さずに俺を捉えている。
「竜種!?」
悲鳴が俺の背中に追いついた。うるせえ。
槍を投げた勢いそのままに。相手がなんだろうと、足は前に動き続ける。
腰から斧を抜いた。全身丸ごと投げ出すように、上段から叩きつける!
トカゲ野郎の腿に、鈍い刃がめり込んだ。5センチだ。たった5センチ分の深さだけ傷をつけ、斧はピタリと止まった。
思わず唇が吊り上がる。
「これでもう、俺のこと無視できないよなぁ?」
返事は無言の噛みつき。頭上から降ってくる死の気配を、サイドステップで躱した。横っ面を斧で殴る。キラキラと緑の光が躍った。
名もなき竜。深層の生態系を支える、ただの1匹の獣。
細く軽い体と、強靭な脚力を武器に、素早く駆け回る。得意とする飛び掛かりは、人間にとっては当たれば即死の大技となる。
長い尾で全体重を支えて、踵の爪を引っかけるように、両脚で蹴りを打つこともある。
「お前らァ、ぼさっとすんな!」
見なくてもわかる、背後で竦んじまっている少女たちの様子が。だが、竜種相手にそれは許されない。
「走る、跳ぶをさせたら負けだ! 気合い入れて絡んでけ!」
死地に生あり。
100メートル後ろにいたって、こいつは5秒もあれば目の前だ。ならばこそ、走らせちゃいけない。薄皮一枚挟んだところにある死を見ないふりして、全力で斬りかかるしかないんだよ。
というか、距離があったらこいつが跳んだときにカバーしきれねえ。
「無理無理無理無理ー!」
そんなことを叫びながら、ヒルネがラプトルに飛び掛かった。短剣では打撃力不足。鱗の表面を引っ掻くだけに終わるが、これで良い。
遅れてスイが駆けこんできた。さらに後ろから近づくガシャガシャと重たい音。トウカも来たな。
「トウカは正面! 噛みつきは盾で防げる!」
「はい!」
「スイは後ろ! 回避重視! 少しずつ削れ!」
「削れってどこを!?」
「目につくところだ!」
長い尾は、構えられた槍のように侵入を拒む、破壊の間合いだ。そこに飛び込むのは恐れを捨てなければいけないが、まだ早かったか?
「ヒルネはトウカのカバー! 蹴りの予備動作を見逃すなよ!」
「突き飛ばせばいいです!?」
「なんでもいい! トウカを蹴らせるな!」
2トンはあるだろう体を自由自在に動かす筋力で蹴られたら、どんな防具でも一撃でぐしゃぐしゃだ。
「俺は足を潰す!」
片足での踏みつけを紙一重で避け、軸足の脛を殴る。重ねたガラス板を割っているような感触だな。
竜種の嫌なところだ。鱗というのは、捕食動物にとって最高の防具だ。動き回れる自由を残しつつ、反撃を気にしないタフネスを与えてくれる。
「硬すぎるよ!」
両足の先に、細剣を振るうスイの姿が見えた。雑に振り回される尾に翻弄されているな。
ダメージは全く通っていない様子だが、ラプトルは鬱陶しそうに尾を振っている。虫を追い払う牛の尻尾を思い出し、少し面白くなった。
「細剣使ってるからだ、ツヴァイハンダー使うか?」
「扱えないってば!」
くつくつと喉の奥から笑いが漏れる。
だがそろそろ装備の限界だろうな。火力不足が否めない。細剣――レイピアなんてのは、人間を殺す専用の道具だ。専用外の使い方じゃ、万全の力は発揮できない。
背後では断続的に激しい衝突音が鳴っている。トウカは耐えているな。
「意識が散ってるぞ?」
全体重を乗せた、全力の振り下ろしを《《足の指》》に打ち込む。べきり、と3本指の1つが折れた。巨体がぐらりと傾き、たたらを踏む。
カチカチカチカチッ。小石を打ち合わせるような音。ラプトルの喉からだ。
ムスクのような、独特な臭いがした。
おそらく、警戒臭。小型の竜種は、追い込んでいく最中にこんな臭いを発する。
「気をつけろ、動きが変わるぞ」
ラプトルの足がぴたりと止まった。何かを探すように首をもたげ、頭だけきょろきょろと動かす。
くるりと横を向いたラプトルは一足で大きく跳び、俺たちから距離をとった。
カチカチカチカチッ。
ずらりと並んだ牙の隙間から、火の粉がこぼれる。