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「ナガ……なんか変わった?」
スイが言うと同時に、皆仲良く首を傾げた。
なんだよ、見た目は変わってねぇのかよ。少し拍子抜けだ。
ツノでも生えりゃサマになるかと思ったんだがな。いや、でもゴブリンみたいな顔にならなかっただけマシか。
「頭の葉っぱ、無くなりましたかねー?」
ヒルネが小さな体を精一杯伸ばしながら言った。
頭の上を触ってみれば、髪の毛しかない。おお、マジで世界樹消えたか?
消えたら消えたで、どこに行ったのか分からないのが怖いな。
「お怪我は治ったようで何よりです」
トウカが胸を撫で下ろした。
「そうだな。痛みもねぇな」
自分の腹を見下ろした。傷も無いし、変に引き攣れたりもしていない。
体に――いや、違ぇな。
体よりも一枚内側のレイヤーだ。肉体にぴったりと寄り添うように存在している、内側の器。
そこにざわつきと違和感を覚えた。
幾つもの気配が、混ざり合うことなくマーブル模様のように偏在しているような感覚だ。
手のひらを見つめる。
内側にある気配に集中し、その中の1つを右手に移動させた。
前腕の形がぐにゃりと歪み細くなる。指は短くなり、肉球が生じた。みるみるうちに伸びた灰色の毛に覆われる。
「これは……狼の手、か」
引っ込めてみると、あっさりと人間の手に戻った。
「なにそれ?」
「いや、なんか不思議な気配が体の中にあんだよ。動かしてみたら、こうなった」
スイが俺の手をとってしげしげと眺める。
「見た目は分かんないけど。王権?」
「かもしれねえ。ユエに聞いてみれば何か知ってるかもしれねえが。ユエは起きたか?」
「まだ寝てるよ」
シャベルマンが俺に背中を向けた。おんぶ紐みたいなもので背中に括り付けていた。ユエは頬を押し潰された状態で、すぴすぴと寝息を立てていた。
頭に生えた双葉は完全に萎れ、モヤシみたいになっている。なんか引っこ抜けそうだな。あとでヤブ医者に頼んでみよう。
「その不思議な気配ってやつ、外からは感じられないね。出したりすることは出来るのかな?」
隼人の言葉に頷き、狼の気配に力を込めて、指先から外に放つイメージで動かす。肌を境目に、引っ掛かるような強い抵抗感があった。突き破るように、力尽くで押し出す。
ずるりと抜け出した気配が、青白い靄となって浮かび上がる。
くるり。一度渦巻くと、人間に似た輪郭をとった。次第に姿がはっきりと浮かび上がる。
ツンと立った三角の耳。
やや猫背の屈強な肉体。
人間離れした下半身の関節。
全身に生えた柔らかな毛。
そして、強い光を放つ鋭い目。
心臓が冷えた。反射的に、素早くバックステップした。拳を握り固める。
スイ達も、隼人達も……シャベルマンですら飛び退いて距離をとった。
現れた人影は、大きく裂けた口を歪めて笑う。
「随分と遅かったではないか。小鬼の力を借りてようやく余の王権を振るえるとは。本当は人ではなく、勘違いしただけの小鬼だったのではないか?」
唸るような低く重たい声。皮肉を楽しむような半笑いでの喋り方。こいつは――。
「ロボ……。化けて出るのは狐狸の類いだ、狼はサービス対象外だぞ」
死んだはずの奴が出てきやがった。
息が詰まる気がした。いや、恐れる必要はねぇ。既にこいつは俺が倒した相手だ。一度殺せるなら何度でも殺せる。
「そう毛を逆立てるな。既に人狼の一族は貴様に忠誠を捧げている。歯向かったりはせん」
ロボはそう言ってから、これ見よがしに牙を剥いた。隙あらば食い殺してやると言わんばかりの仕草だ。
「死んだら大人しく消えろよ。今更しゃしゃんな」
「喰らい、血肉に変えたのは貴様だぞ?」
「俺の血肉にしたんだよ。てめぇに残しちゃいねぇよ」
ロボは楽しげに笑った。
「制し、喰らい、友とし、覇を唱える。殺さねば生きられぬ命にあって、なお調和を模索しつつも、我を押し通す。全ては貴様がそう望み、そう振舞ってきたものだ。余が残されたのは、貴様がそのような王で在りたいと願ったからだ」
「なんでもかんでも俺のせいじゃねぇか」
ふざけんな。
ロボの生き方を否定はしなかった。ただ、対立せざるを得ないから殺し、目論見を叩き潰した。
だからせめてと……最期に願った通りに喰らった。そして人狼達の王という立場を引き受けたんだ。
「己の主義主張は暴力を以て貫く。敗者は喰らう。だが、願いは全て背負い肩代わりをする。他者の魂を否定出来ぬ、哀れな王よ。貴様の背には、敵も味方も集うぞ」
これが……これが俺の「適応」だと言うのか。
マジでうぜぇ。余計なことしやがって!
ロボが出てきたってことは、グレンデルも出てくんのか!?
勘弁しろよ。
ロボは頭を抱えた俺を見て爆笑している。叩きのめしてやりてぇが……今はそれどころじゃねえ。
俺の体は治った。そして、一刻も早く撤退を済ませなければいけない。
「手を貸せ。もしくは邪魔すんな。瀕死の奴らがたくさんいる」
狼男は肩をすくめた。
「アラクネを使え。糸で傷を覆えば、死を遅らせられる。地上に続く階段が遠いのであれば、リザードマンの能力を使えば良い。土中を泳ぐあいつらは、トンネル掘削能力においては比肩するものがいない。そしてトンネルの崩落は、余が防いでやろう。ブランカ!」
ロボの声に、白狼が歩み寄る。
ブランカは戸惑った様子で視線を向けたり外したりを繰り返していた。
「話は後だ。リザードマンの王の姿を借り、階段までのトンネルを掘れ」
「…………うん」
彼女の姿が歪み、カルカを模したものになる。
一度だけロボを振り返ると、だいたいの進路を覚えているのか、勢いよく土中を掘り進み始めた。
ロボの姿が歪む。アヌビスを模した姿に変身すると、槍の石突きを地面に押し当てた。地表が黒い輝く石で覆われていく。
なるほど。黒曜石に似た鉱物を生み出す魔法で、ブランカが掘ったトンネルを固めていくようだ。
最短ルートでの退路は確保できた。
あとは、一人でも生きているうちに運び出すだけだ。
「全員、やるべきことをやれ! 撤退開始!」
俺の声に、全員がそれぞれの言葉で返事をした。




