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【書籍化】ダンジョンに閉じ込められて25年。救出されたときには立派な不審者になっていた  作者: 乾茸なめこ


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 ゴブリンの首筋に指を当て、脈が止まっていることを確認する。音を立てないよう慎重に死体を扉前に置いた。トラップにもなっちゃいねえが、鳴子の代わりだ。

 抜き足差し足忍び足。かかとを浮かせ、たぐるように体を動かす。二階に上がる階段を登った。

 片目が見えないせいで、段差の距離感を掴むのが難しい。


 視界がいつもと違うのはそれだけで疲れる。緊張感も相まって、体からエネルギーが漏れ出しているような錯覚をした。

 なんかダンジョンに閉じ込められた頃のことを思い出す。


 くっそ、二階に上がってみたが窓がねえ。つーか、思い出せばどの建物にも窓はなかったな。

 日差しっていう概念がねえからか。避難経路が存在しない。二階に上がったのは失敗だったかもしれない。


 地形の把握不足だ。これを油断と言わずしてなんと呼ぶ。

 頭が締め付けられるようにズキズキと痛んだ。ちょっと驕れば天罰覿面。孫悟空かよ。そういえば敵は猪八戒と沙悟浄みたいなやつらだった。


 階段に腰掛け、手持ちの装備を漁る。

 ドローンが落とされたせいで、身につけているものだけで賄う必要があった。


 まずはナイフ。刃渡り10センチ程度。町中で振り回す分には脅威だが、ことダンジョンにおいては貧相で頼りない。

 あとは……縫い針? 何に使えるんだって感じだな。目に刺すくらいなら、指で突いた方が早いわ。


 ライトは割られている。廃棄。

 ロープ、生理食塩水のパック、アルコール、鎮痛剤、カラビナ……。とりあえず鎮痛剤を噛み砕き、アルコールと混ぜて舐めた。苦い。

 側頭部に手を当てた。割れてはいないが、肉が潰されているせいで、ずっと血が滲んでいる。早くトウカと合流しないといけない。


 トウカに発信。スマートウォッチの音量を最低限に絞り、耳に押し当てる。コール音を何度も何度も繰り返し、ようやく応答があった。


『……さん! 戻れますか!?』


 随分と焦燥した声だ。嫌な予感に冷や汗が滲む。


「すまん、戻れそうにない。グレンデルとオドア同時に襲撃されて、身を隠してる」

『な……るほどっ。ご無事ですか?』

「負傷してる。右目を潰された」

『なんですって。すぐに治療に向かいたい……のですが、こちらにアラクネの王級が襲来しています。建物ごと網に包まれており、身動きが取れません』

「くっそ……」


 砲陣地に対する徹底的な強襲。戦力の出し惜しみはなし。人間よりも人間らしい空挺の運用をしやがる。

 打つ手無しというより、どう手を打っても量と速度に押し潰されそうだ。


「わかった。薩摩クランに増援を頼めないか連絡してみる」

『承知しました。こちらは耐えることは十分可能ですので、ナガさんの身の安全を優先してくださいね』


 右耳にトウカの声。そして左耳に入ってくる、重たいものを引きずるような音。クソが。嗅ぎつけるのが早いんだよ。


「心配かけてすまんな。可能な限りすぐ戻る」


 強がりにしては随分と縮こまった物言いを最後に、通話を切った。


『そう遠くはないと思いましたが、ここでしたか』


 グレンデルの声。本当に、本当に嫌なことばかり起きる。現実なんてクソ喰らえだ。


「よお。ノックくらいしたらどうだ?」

『貴方の家でもないでしょうに』

「勝手に占拠した空き家はそいつのものになるんだよ。地上の法だ」


 20年間かかるけどな。

 階段の下に現れたオークの王に、階段に腰掛けたまま語りかける。


『蛮族は法まで蛮族なのですね』

「決めた世代が野蛮なのさ」


 日本人なんてのは、世代を遡るほど血気盛んになっていくからな。


『ふむ。人間はどれくらいで世代交代するのでしょうか?』

「さてなぁ。昔は15年とかで次世代を産んでたらしいが、今は40年とかで産む奴らも……って、暦の感覚も違うもんな。比べても無駄だろ」

『確かに。あらゆる単位系の基準が違うでしょうからね』


 探索者と豚が語るにはクレバーすぎる話をしながら、グレンデルが指の骨を鳴らした。


「おいおい、もうやんのか? 対話こそが文明だろ?」

『拳こそが文明なのでは?』

「そんなこと言う奴いるのかよ。やっぱオークって野蛮だな」


 グレンデルは呆れたような顔をして、ぐっと脚に力を溜めた。

 そのとき。

 ぎしり、と再びドアの軋む音がした。


「おお、死体じゃ。小鬼の死体じゃ。臭うの、臭うのお」


 戦場には不釣り合いな、ひょうきんさすら感じる声だった。

 グレンデルの顔に緊張が走る。


「おお、いたの。やはりいた。2体もおる」


 下から顔を覗かせたのは、真っ黒な瞳を輝かせる総長だった。

 陰影の中に小さな体が揺れ、実体がそこにないかのような不気味さを見せる。

 すっかり歯が細くなった口を開き、呵々と笑った。


「どれ、鬼の仲間じゃろ。小鬼の主じゃな」


 その視線を受け、どっと心拍数が上がる。

 もしかしてこのジジイ、俺とグレンデル両方を斬ろうとしてねぇか!?

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