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【書籍化】ダンジョンに閉じ込められて25年。救出されたときには立派な不審者になっていた  作者: 乾茸なめこ


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 グレンデルの目が大きく見開かれ、口も全部の歯が見えるくらいぽっかり開く。

 ああ、涼しくなった。


『え、えええええ??』

「よお。お話しに来たぜ」


 冷静沈着、熟練の戦士という印象だったグレンデルが、指を俺に向けわなわなと震わせた。全身で狼狽を表現している。


「なんでドワーフと戦ってるのか知りたくてな」

『え、えええ……? 普通に怖いですよ』



:そらそうや

:いくらなんでもね?

:ホラーでしかないだろ

:何時代のコミュニケーション?



 バレないように遠くから撮影させていたドローンがいつの間にか近くに来ていた。


「こうでもしねえと、会えないだろ。すぐに逃げるしな」

『流石にちょっと信じられません。人間同士では、このような形から会話を試みるのですか……?』

「ああ、そうだ」

『そうなんですか……』



:ちげーよ!?

:こいつだけなんです、豚の王様! 信じてください!

:おい風評被害広がってるだろ

:人類の評判下げないで!?



 オークって飢えると仲間の死体でも食うんだよな。

 この作戦でもイケると判断したのは、オークの仲間意識の低さが考えの根底にあったからだ。共食い文化があるなら、仲間の死体程度には動じないと思ったんだが、アテが外れたな。

 もちろん、それでも構わない。


「普通に茶でもしばきながら話せるとは、ハナから思ってねえんだよな。すでに、随分な数を殺しちまった。逆にお前らが嗾けたゴブリンに、人間も結構殺されちまってる」


 手の脂を拭うように、髪を掻き上げた。デコを出して、煽るようにアゴをくいっと動かす。


「話そうぜ。殴り合いでもしながらよ」

『ここまでされて、お帰りくださいとは言えませんね』


 グレンデルも拳を構えた。狼狽から闘志への感情のスイッチが素晴らしい。


「おらッ、こんばんは!」

『蛮族め……!』


 互いの右ストレートが頬骨を抉り合う。痛みよりも先に衝撃が駆け抜け、裂けた皮と血が飛ぶ。

 よろめいた体勢を利用して、左の足刀蹴りを顔面にお見舞いした。靴底がめり込んだまま、グレンデルが低い声で呟く。


『体系化された体術もある、と』

「よお、人間とドツき合うのは初めてか?」


 左足を引き戻す。同時に下半身をコマのように回して、右膝を側頭部にぶち込んだ。巨体が傾いだ。


『武器頼みの種族かと思っていました』


 ぐっと踏みとどまり、溜めた力で放たれるボディブロー。俺の腹に、鎖を巻き付けた固い拳が突き刺さる。内臓全部を押し上げられるような強烈な不快感。

 こいつ、何人か探索者を手に掛けたうえで、その情報をもとに俺らの力を測っているな。


 太い腕を握りしめる。


「知らなかっただろ、人間を」


 衝撃の逃げ場をなくし、硬い腹に前蹴りをいれた。グレンデルの表情が歪む。

 グレンデルは手の指を大きく広げた。前腕が太くなる。そのまま捻って腕を引き抜き、軽いステップで少しだけ距離をとった。


『少しだけ……興味が湧きました』

「俺もな。今日初めてオークに興味を持ったんだよ」


 両手の親指を額につけるような、高い位置でファイティングポーズをとる。がら空きの胴体を晒して、インファイトに特化した体勢だ。

 グレンデルは腰を落とし、左手を俺の顔に向けて伸ばす。右拳は引いて腰の横に。空手によく似た、攻防一体の構え。


『攻撃的ですね。これは知識と一致している……』


 薩摩クランのせいだろ、それは。


「なぁ、何がしたくてここにいるんだ」

『敵に戦略を語ってどんな優位性を得られるのですか?』

「殺し合い以外に落とし所を見つけられる」

『殺し合い以外とは?』

「そうだな。オセロなんてどうだ?」


 頭、胸、腹。互いの目に付く隙へと拳が飛び交う。

 受けるも流すも間に合わない攻撃の波だ。


『その割に、攻撃に殺意が乗っていますよ』

「本気を出さねえと、王相手に失礼ってもんだろ!」


 全力の右ストレートが、グレンデルの口に突き刺さった。

 ピシリ、と硬い音が鳴る。長く伸びた牙の先端が折れ、真っ白な欠片がくるくると宙に躍った。


『礼という概念があるのですか?』


 仰け反ったグレンデルが、責めるような口調で言う。けどよ。


「俺は間違ってねえよ。だってお前、だんだん楽しそうになってきてるじゃねえか」


 オークというのは好戦的で野蛮な種族だ。

 己の肉体で敵の攻撃を受け止め、力任せに破壊をする。そして獲物を貪るんだ。

 遺伝子なのか魔石なのか知らねえが、オークとしての在り方は体に刻まれているだろ。


 知的に戦術を立てて、戦場をコントロールする為だけにヒットアンドアウェイを繰り返す。それはグレンデルという駒の最良の動かし方かもしれないが、楽しいわけねえだろ。


「本来、足っていうのは前に進むためにあるんだからな」


 互いに大きな一歩を踏み出して、頭突きをぶつけ合った。

 頭蓋骨全てが衝撃に震えた。吐き気を呼ぶような重たい痛み。視界が一瞬暗くなるほど血が偏る。

 離れたお互いの額から血が伸びて橋のように繋がり、そして地面に落ちた。


「下がらなくていい戦いは、楽しいだろ。俺なりの接待だよ、豚の王」


 リザードマンが教えてくれた。

 俺たち二足歩行の生き物は、みんな殴り合いが好きなんだ。


『なるほど。なるほど……』


 グレンデルは目に入った血を指で拭った。

 瞳孔が大きく開き、下唇がめくれる。大きな牙の付け根が剥き出しになった。凶悪な笑みだ。


『一理、ありますね』

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