6.二人の日本人
「少し二人で話せないかな?」
そう言って、サラフィナに手を差し出しながら立ち上がるレンリッヒ。
え?これってエスコート?それはちょっとまずいのでは……と思いつつも、好奇心には勝てないサラフィナ。だって彼、絶対転生者でしょ、しかも日本人。
勢いで手を差し出したレンリッヒは自分でもその行動に驚いていた。前世日本人としては照れくさいことこの上ないが、皇族に生まれて17年、みっちり叩き込まれたマナーが自然と出たようだ。
自分の手を取ってくれたサラフィナにホッとしつつ、その手の温かさにドキドキした。
手を取って立ち上がる二人にお姉さま方のあたたかい視線が突き刺さる。
ちがうから〜。
少し離れた場所で事の成り行きを見守っていた幼馴染兼侍従のマークが、親指をぐっと立て「このチャンスを逃すな」とレンリッヒに目で語りかけていた。いや、そんなんじゃないから!
レンリッヒに手を引かれてたどり着いた先は、午後の日差しにきらきらと光る噴水。その前にあるベンチに座りどう切り出すかサラフィナが悩んでいると、レンリッヒから話し出した。
「いつ思い出したの?」
お互いに転生者であることを確信した上で、余計な前置きをすべて省いた質問。
「先月の嵐の夜です」
「マジ?俺もだよ」
そうして二人はそれぞれの前世を語り始めた。
「こういうのって前世の恋人同士が再会するのが定番なのに、俺たちは全くの他人同士だったんだね。北海道と東京だし」
「それは無理ですよ、だって私彼氏いない歴20年のまま他界しましたから」
「あ、奇遇だね。俺も彼女いない歴25年で死んだ」
せめて今生では恋人か嫁さん欲しいなー。
ですねー、私もです。
でもさっきの会話の流れだと、皇太子ってモテなさそうなんだよねー。
公爵令嬢も似たようなものですよ、そもそも出会いがないです。
だよなー。
秒で意気投合した二人である。
「サラフィナとして16年生きてきたからなのか、切実に日本食を欲しているわけではないんですよね。突然飛ばされていたらもっと恋しくなっていたと思うんですけど。でもやっぱり、お味噌や醤油があったら食事の幅はぐっと広がると思うんです。殿下はどうですか?」
「あ、俺のことはレンって呼んで。敬語もいらないし」
いやいや、それは無理でしょ。
「前世の名前も廉だったから、そう呼ばれるのが一番しっくりくるんだ」
「私も前世の名前が紗羅だったからよくわかります。でも私、前世でも年上には敬語でしたよ?」
ひと悶着あったものの、結局お互いにレンとサラと呼ぶことで決着した。
現時点では唯一の同胞であり、同じ目的を持つ仲間である。
「どうやって探すの?俺も探したいけど皇太子って自由に出歩けないしなー」
「私もです。帝都のショッピングですら事前に準備しないと出られないのに……」
こういうのって、冒険者とかになってあちこち旅して、偶然見つけるっていうのが定番だよな!俺たち、なんという窮屈な家に転生しちゃったんだよ。と遠い目をするレンリッヒに、サラフィナが冷静な言葉で返す。「この国で一番目と二番目に窮屈な家柄に転生しちゃいましたね、私たち」
「まあ、気長に探そう。まずは本から情報ゲットしてもいいし」
「あ、私もそのつもりでした。図書室なら私でも自由に出入りできますから」
最終目標はラーメンだな!背油マシマシこってり豚骨醤油!と決意表明するレンリッヒ。
豚骨は手に入るとして、醤油と……かんすい、だったっけ?かんすいなんてこの世界で手に入るのかしらとサラフィナは首をかしげる。
「任せろ、以前調べたことがあるんだ。かんすいがなければ重曹で代用できる」
「重曹ってどこで手に入るの?」
「どこだろう……」
二人で顔を見合わせて笑った。
ささやかな夢だが、楽しい。ましてや夢を分かち合える仲間がいるのはもっと楽しい。