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3.それぞれの晩餐

二人がそれぞれ前世の記憶を取り戻してから一週間が過ぎた。


「明後日はいよいよ皇太子妃候補を集めたお茶会ね。サラ、準備はできてる?」

家族そろっての晩餐で、ヴォード公爵夫人レティシアはサラフィナに尋ねた。


「サラは皇室になどやらん。領都に近い貴族に嫁いで、のんびり暮らせばよい」

父のアンドリュー・ヴォード公爵は娘や孫にいつでも会えるところにサラフィナを嫁がせたいと常々言っている。


「いまどき、必ずしも結婚しなきゃいけないわけじゃないんだし。ずっと家にいればいいよ」とは兄ティモシー。この兄もたいがいなシスコンである。


「また二人ともそんなこと言って。皇太子妃は基本的に侯爵家以上から出す決まりなんだから。サラが最有力候補なのはわかってたことでしょう?まあ、公爵家ですら窮屈そうにしてるサラが皇室なんて務まるとは思えないけど」

公爵家一番のしっかり者であるレティシアが男性陣をたしなめるが、本音が駄々洩れだ。


「うーん。まあ何とかなるでしょ」


本来は伯爵家以上から皇太子妃を出すことができる。しかし伯爵家レベルには権力に目がくらんでしまう家もあり、過去には不正の温床となるケースが多発した。

それに引き換え侯爵家以上の家格の場合は権力や金銭への欲がむしろなく、平和な関係が築けることから、結果的に皇帝や皇太子の伴侶は侯爵家以上からと暗黙のルールが出来上がったのだ。


そうはいっても侯爵家以上で妙齢の女性がそうそういるわけでもなく、レンリッヒ皇太子の伴侶候補はサラフィナの他に二人。レンリッヒより3つ年上のリリアナ・ハートフィールド侯爵令嬢と2つ年上のマーガレット・ウースター侯爵令嬢しかいない。


二人の侯爵令嬢はいずれも聡明で美しく、「ま、どちらの方もレンリッヒ殿下とお似合いね」と他人事のように晩餐を楽しむサラフィナだった。


明後日はこの3名の女性と皇太子を交えてのお茶会。

これまでも水面下で動きはあったものの、正式に皇太子妃争奪戦、もとい押し付け合いの戦の火ぶたが切って落とされるのである。




「明後日のお茶会、楽しみね~。3人の中の誰かが私の娘になってくれたらほんとに嬉しいわぁ」

デザートのティラミスを食べながら皇后キャサリンが幸せそうに話す。


「最近では晩餐会で会っても挨拶するだけでゆっくり話せなかったから、俺も会うのが楽しみだよ」

挨拶だけ終えるとそれ以上近寄られないのは皇太子妃から逃げるためなのだが、それに気づかない残念レンリッヒ。


「俺?レンは自分のことを俺と呼ぶようになったのか?」

皇帝ユアンがわきに控える侍従長に目で問いただす。


「申し訳ございません。私の指導が至らないばかりに……」

汗をかきながら謝罪する侍従長の言葉にレンリッヒがかぶせた。

「ブルートは悪くないよ。俺のわがままだから」


レンリッヒは12歳になったころから「私」と呼ぶように指導されていた。当時でも「私」と言うことにむずがゆさを感じていたが、前世の記憶を取り戻した今、「私」は無理だ。

突然「俺」と言い始めたレンリッヒに侍従長は慌て、「皇太子らしくございません。お立場をご自覚なさいませ」とたしなめたが、無理だって。


「皇太子らしいとは誰が決めるんだ?ブルートか?」

「そうではございません、歴代の皇室で築き上げてきたものでございます」

「じゃあここに必要なのは歴代の皇室が築き上げたまま生きる人形で、俺という自我はいらないんだな」


我ながら大人気ないが、ここは譲れない。こうして「俺」という一人称を勝ち取ったのである。一人称だけでこれだよ、皇太子、不自由すぎだろ。


「レンは即位をしても「世」という人称を使わないつもりか?」

ユアンの問いにレンリッヒはすっと目をそらす。

「まさか、私が謁見において「世」というたびに笑っているのではないよな?」

笑ってはいない、いないけど……、あり得ないだろ、「世は~」って。


ユアンは遠い目をしながら、深いため息を吐いた。

「まあ、分かる。私も最初はひどく抵抗があったからな。しかしあの頃の侍従長はブルートとは比べ物にならないほど厳しかったから、受け入れざるを得なかったよ。謁見の場以外では私と言っているが、俺……かぁ」


お!親父もやっぱり抵抗あったんじゃないか!

日本人の記憶を取り戻してからは、心の中で皇帝を「親父」呼びしているレンリッヒ。そのうち口に出してしまいそうだ。


こうして帝都グランシティの夜は今日も平和に更けていくのであった。

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