1.夏の嵐
帝国歴1780年、8月も終わる頃、グランヴィル帝国の帝都グランシティでは夏の嵐が吹き荒れていた。
「ひどい嵐ね。明日は久しぶりのお出かけなのに大丈夫かしら」
夜の窓をたたきつける雨風を見つめながら、サラフィナは心配そうにつぶやく。
「夏の嵐はすぐに過ぎますから、明日の朝にはいい天気になっていますよ。さ、お嬢様、もう休みましょう」
公爵家の侍女長を務めるマリーが母のようにやさしく声をかけた。
サラフィナ・ヴォード公爵令嬢。6月に誕生日を迎えた16歳。
グランヴィル帝国3大公爵家であるヴォード公爵家に生まれ、やさしい両親と年の離れた兄に囲まれて大切に育てられた帝国トップクラスの身分を誇るご令嬢。
何不自由なく、と言いたいところだが、帝都内のお店へショッピングへも自由には行けない身である。何日も前からお願いをし、護衛の計画を立て、そうしてようやく勝ち取った貴重なお出かけが明日なのだ。
「欲しいものがございましたらいつでもおっしゃってください。お嬢様にご満足いただける品をご用意いたしますから」
と、マリーはいつも言ってくれるのだけど、そうじゃない、そうじゃないのよ!
雑貨屋でかわいい便箋を選んだり、カラフルなキャンディーが並んだショーウインドーを眺めたり、そういう当たり前のわくわくが必要なの!
街で見かける女の子たちは自由で生き生きしているように見える。豊かなこの国では孤児でも衣食住は守られているし、まじめに働けば仕事にあぶれることもない。庶民でも月に一度や二度、ちょっとしたおしゃれをして都で評判のレストランやカフェで食事を楽しむ余裕がある。
それに比べて自分は、なんだか窮屈ね……。
せめて生活に根付いた魔法を得て、将来は地味にのんびり暮らしたいわ。
この世界では18歳が成人だ。お酒も結婚も18歳から。なにより、18歳の誕生日にすべての人がファイス神から魔力を一つだけ授かる。自然界に存在する魔法が多く、火や水、土魔法などが一般的だ。また、公にせず秘匿している魔法もあり、その種類は数えきれない。
サラフィナはひそかに土魔法狙いだ。世間では皇太子妃筆頭候補と言われているが、家族も本人もそれは望んでいない。実家の領地から近くそれほど身分の高くない貴族に嫁いで、平和にそしてできれば自由に暮らすことを望んでいる。土魔法が付与されれば、無条件に畑仕事を手伝う権利をゲットできるのではないか。16歳にしてスローライフ願望を持つ公爵令嬢だった。
外の風雨はさらに激しさを増している。
テルテル坊主でも吊るそうかしら、そう思いながらサラフィナはベッドに入る。
あれ?テルテル坊主?ってなんだっけ……。
同じころ、帝都中央にそびえる皇城から嵐の夜を見つめる横顔があった。
グランヴィル帝国皇太子レンリッヒ・グランヴィル、17歳。
皇帝の一人息子として生を受け、周りの期待を一身に受けて育った。
「ああ……、明日の騎士団合同訓練、中止になればいいのに……」
「夏の嵐ですからねー、残念ながら明日の朝には晴れますよー」
侍従のマークに聞かれていたようだ。しまった、声に出てたか。
帝国騎士団といえばこの国のエリート中のエリートだ。明日はそんな選りすぐりメンバー50名と皇太子である自分との合同訓練。
合同とは名ばかりの50対1だ。あんまりだろ。
「だってさー、超人的な身体能力を持つ騎士団の一番前に出て、みんなに注目されながら訓練受けるんだよ。ほぼイジメでしょ。マークもやってみればこのツラさ分かるよ」
「いやー、私は単なる侍従ですから。そのお立場はちょっと」
「入れ替わってみる?」
「遠慮しときます」
だーよーねー。
マークは幼い頃から侍従見習いとしてレンリッヒのそばにあがっており、兄のような、幼馴染のような存在だ。彼のように気を許せる人がそばにいてくれることは心強いが、明日の合同訓練では役に立ちそうにない。せいぜい遠くから「頑張ってください〜」と声援を送られるだけだろう。
皇太子という立場は実力に関係なく常に視線の中心にいる。
そしていつかは帝位を継ぎ、この国の最高位に就く宿命である。
実力で勝ち抜いてきたトップ集団よりさらに上の立場となるのだ。
いや、それ、無理ありすぎ……。
4ヶ月後にレンリッヒは18歳となる。自分はいったい何の魔力を授かるのだろう?中途半端に火の魔力とか授かっても逆にやりづらいな……。なんせ自分の周りには魔力もすごい人たちだらけなのだ。
明日の雨天中止が期待できないならせめて早く寝るか、とレンリッヒもベッド向かう。
その直後、激しい雷が帝都に轟き、サラフィナとレンリッヒは同時に意識を手放した。
翌朝、夏の嵐が去り、きらきらと輝く朝日が昇る頃、二人はそれぞれの部屋で目を覚ます。前世の記憶を取り戻して。




