ある探索隊の崩壊
その探索隊、【ジックス】は結成からまだ間もなくはあったが、その活動は上手くいっていたと言えるだろう。
「走れ!!速くッ!!!」
男二人、女二人の四人組。全員が同じ村の出身……幼馴染であり、それぞれがそれぞれの夢を抱えて探索都市へとやってきた。
探索都市において意欲と能力は如実に報酬と比例する。若く才能に恵まれた彼らは確実に経験を積み、貯蓄を重ね、その成功体験により――慢心した。
『なあなあ、今日こそさ、例の場所に行ってみねえ?』
『また言ってる』
『いーじゃんよー。気になるじゃん、ずっと同じ場所に居座ってる正体不明の化け物。ロマノも気になってるだろ?』
『ならないと言えば嘘になる』
『だろぉ?ハウラは?』
『……いいんじゃない?近くまで見に行くくらいなら。ヤバそうならドラムを囮にして逃げれば大丈夫でしょ』
『そうそう!ちょろっと見学するくらいなら大丈夫だって。囮は勘弁だけど、ハウラの言う通りヤバイなら逃げれば良いし……イケそうだったら俺達が倒しても良い。今話題の化け物を倒したなんて広まったら、もっと稼げるようになるぜ』
『ええ』
『なあ良いだろフラン』
『……私は反対したからね』
そうして四人は噂の一角へと向かい、後悔の暇も無くそれに追われることになる。
「姿勢を低くしろォ!アレに当たったら終わりだぞ!!」
がっしりとした体格で短髪の男、ドラムが走りながら鼓舞するように警告する。隊において主に成果物の持ち運びや必要な道具の携行を担当する彼は既にその大半を投げ捨てていた。
「ひっ、ひっ……!」
中肉中背で長髪、そして四人の中で最も戦闘に秀でた男、ロマノは青ざめた表情で誰よりも前を走っていた。初めての報酬で買った幅広の剣は既にその手に無い。
「なんでこんな事にぃ……!なんなのよ――あっ」
後方を走る二人の女、その内の一人であるハウラが根に足を取られて転倒した。随所にフリルやリボンがあしらわれた服と二つにまとめた茶髪が土に塗れる。
「ハウラ!早く立って!!」
「足が、抜けないっ……!」
不運にも力強く地に張った根はその足を固く捕えている。残る一人、フランはそれを目にした瞬間に振り返り、徒手にも関わらず矢をつがえるように構えた。
「――私が足止めするから、急いで!……〈イル〉!」
その呟きと共に現れた炎の弓。そこにつがえられた三本の矢もまた炎によって形作られている。
「木に……!」
フランがそれを手放すような動作をした瞬間、三本の矢はそれぞれの軌道を描きながら放たれる。着弾先は木々と地面に茂る植物達。矢を受け瞬く間に引火したそれらは炎の障壁を作り上げた。
「抜けた!」
それから間もなくしてハウラの安堵の声が上がる。後は逃げるのみ。そう思考したフランは立ち上がろうとするハウラに手を伸ばそうとして。
「あ」
その呟きを聞いた。間抜けたハウラの視線の先は自分、更に言えばその背後。倣うように視線を動かす。
そこにあったのは自身の後ろへと伸びる白い糸だった。
「え――う、そ」
思考を巡らす暇も無く、背に張り付いた糸から伝わる力……獲物を引きずり込もうとする意志によって体勢を崩し、フランは尻餅を付いた。
「っ……引っ張られる……!」
それは強く、自らの力では抗えないモノだとフランは瞬時に悟る。
「なにやってんだお前ら!?早くこっちに!!」
遠目から足を止めている二人に気づいたドラムの怒鳴り声が響く中、無我夢中で手を伸ばす。膝立ちでその光景を呆然と見ていたハウラへと。仲間であり長年の幼馴染の一人に、縋る思いで伸ばす。
だがそれが掴まれる事はなかった。
「ハウ、ラ?」
「逃げなきゃ」
表情が抜け落ちた顔で何も見なかったように目を背け、立ち上がり駆け出す。遠のいていくその背中にフランはただ呆然としていた。
「なんで……あっ!」
身体が軋むほどの力に為す術も無く引きずられていく。背後にあった炎の壁は既に勢いが落ち、障壁の役割を果たせていない。
「う、うううっ!いや、いやあっ!!」
掴んだ植物が千切れ、足と指が地面を削る。気づけば身体へと接着した糸の数が増え、肌へと浸食してきたその感触。抗えない死の予感にフランは涙ながらに狂乱する。
貯めた報酬を使って買った、機能性と装飾性の両方を備えたお気に入りの衣服。他の面々が武器や道具を買い揃える中選んだそれが、土に汚れていく。
「待っ――」
何度か躊躇する様子を見せながらも逃走を続けるドラムと一度も振り返る様子の無いハウラ。それが、フランが最後に見た光景となった。
――この日、探索隊【ジックス】は崩壊した。
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