飛ばされた寮案内と昼メシ
扉を開けると、広い談話室に続いていた。
内装も僕たちのネクタイの色と同じ深緑色で統一されており、その色味が目に優しい。
なんとなく落ち着く空間だった。
しかし状況はひと息も付かせてはくれないようで、歓迎と言う割に「まずはお茶でも飲もうか」という雰囲気には見えなかった。
「さぁ、君たちには頑張ってもらわないといけない
ーーまず先に、知る必要が有る知識を伝えよう。
楽にしてくれ。これから説明に時間がかかる」
寮長はそういうと、ソファに座り僕らにも椅子を勧めた。
浅く腰掛けダルそうに息を吐き出す寮長を横目に、一年生はおもいおもいの椅子へ腰掛ける。
今から何が始まるんだろう、時間がかかるって何をするんだろう。
一年生の期待と不安で緊張しきった顔をひととおり眺めると、寮長は口を開いた。
「まず今日の予定だが。事前説明では寮長による寮案内と伝えられていると思う。
ーーが、それらは一旦無視する」
「は?」
はっきりと“無視する”と言い切った寮長に、思わず目を見開く。
「昼食後からの寮案内と聞いてるんですけど…」
「そんなものは後からなんとでもなる。まずはこの学園での命に関わる禁止事項を君たちに申し送る。
禁止事項は多い。覚えきれないならメモを取ってくれ」
(データ配布はないのか)
そう思うと同時に、一年生は慌ててタブレットの電源を入れてメモを取った。
「寮の扉は異次元に繋がるので開け方を間違ってはいけない。学園内で迷子になったら助けが来るまで動かずその場に留まること。
喋る絵画にウソをついてはいけない。学校の階段を1人で登る時は、まず一礼して目的地を言わないと階段が自動で動いてどこに着くか分からない。
職員室の入口にある鬼灯は短気で偶にキレて爆発するので気を付けろ。
基本、学園内の植物には触らない•喋らない•耳を貸さない。
ただし寮の裏庭の花壇の花は寮生に優しいので信じてもいい。
私闘に魔法使用と暴力は厳禁、バレたらペナルティと。他は…」
まるで御伽話のような注意事項が続き、必死にメモを取る。お、多いな…!
ひととおりメモを取ると、その内容のヘンテコさに一年生から困惑の声があがりだした。
「絵画にウソつくってなんだよぉ〜絵がナニ喋んだよー?」
「べらべら喋るぞ。絵画はずっと飾られてるから耳年増だし何でも知ってるからな。プライドも高いから失礼のないように」
「いやそれより植物も喋るのか…?」
「正確には魔法植物が喋る。授業で使う魔法植物は学内でも栽培されてるからな。基本的にアイツらは性格が悪い。陥れたり困らせたりするのが好きなんだ」
矢継ぎ早に起きる質問に寮長は答えつつ、補佐生の横腹をまたしも肘で小突いた。
あっ、これお前も手伝えよの意味だね?
うわぁカルバン補佐生の顔色が可哀想なくらいみるみる真っ青になっていく。
先輩の手はぶるぶる震えて、見てるこちらが緊張で動揺しそうだ。
「階段が動くってなんですか?」
「そ、そそそのままだよ…1人の時は階段ごと丸ごと動いちゃうから…。複数人での移動の時は静かにしてくれるけど。学内の物は永くここにある物ばかりだから、基本的に気位が高いんだ。礼を欠くと痛い目にあうよ」
「階段なのに…」
「新入生名物『全部にお伺いたてる一年生』ってね・・僕も入学当初は意思のあるモノの判断が付かなくて、ドアくぐる度に“通してください”’ってお願いしてたよ…ハハ懐かし」
「補佐生、この鬼灯がキレるってのはどういうことですかー!?」
「エッ…うるさ…キミ音量って言葉知ってる…?キミには僕との間に大海原でも見えてるのか…?」
「えっ!!?なんですかスミマセンちょっと声小さくて聞こえづらいです!」
「ヒッ距離感読めない後輩怖い・・あっああ、これは頻度は低いけどたまに大暴発するんだよね…。機嫌が悪いと実が赤いから、その時は反対側から入室するといいよ…。気をつけるのはこの一点だけだから、そこさえ気を付ければ特に危険はないはずだよ」
補佐生、補佐生、と後輩に声をかけられる度に律儀に説明する先輩は見るからに新入生に緊張しているが、基本的には好い人なんだろう。
どもりながらも一つ一つ答えてくれた。
◆
一通り説明が終わったのか、寮長がため息をつく。
「学園の危険な箇所については以上だ。それぞれ気を付けてくれ。他にもあるが、まぁそれらは追々だな。次に寮について説明する」
寮案内は無視するとさっき聞いたはずだけど… 寮について、とはなんのことだろう。
頭が整理されないまま次々と渡される情報に目が回りそうになる。
「うちの評判は聞いているだろうが、学園は喧嘩っ早い連中が多くてね。揉め事を避けるためにも新入生には各寮の特徴を伝えているんだ。
これは俺が新入生の時に先輩に教えてもらってイチバン為になった内容だ。聞いておいて損はないと思うぞ」
「愚直寮は無害な生徒が多いしね…比較的、だけど」
「よく言うぜ」
補佐生の控えめな発言に寮長が口元を歪めてまぜっ返す。
仲が良さそうで羨ましい。
「まぁそんなムガイな俺らだが、早速寮対抗の喧嘩が始まっている。オリエンテーションの本番はここからだからな。その意味でも知っておいた方がいいと思う」
「喧嘩…ですか?」
「この学園では入学した生徒全員に銀の指輪が贈られる」
ほらこれだ、と右手を前に突き出す。
銀細工がキラキラと照明を反射していて、綺麗だ。
「この指輪を手に入れる事が君達のオリエンテーションになる。
既に君達は指輪のヒントを貰っているはずだが、1人では指輪は見つけられないようになっている。
そこで、各寮生は新入生の指輪探しに協力するように学園から指示されているんだ」
「この指輪は魔道具なうえに強力な魔法がかかっているんだけど、物によって効果がかなり違うんだよね…
いい効果の指輪を手に入れたかったら、そこは早いもの勝ち。先輩に協力してもらうのが必須ってこと」
カルバン補佐生がニヤリと不敵に笑った。
いい指輪ってどんなんだろう。
魔道具に魔法付きとなると、効果はかなり期待できると見た。
売ればお金になりそうだな・・いや絶対怒られるか。
「俺たちもかつて通った道だからヒントの使い方が分かるだけだがな。
だが、この方法がこの学園で君たちが死なずに生き残るための手段になる」
売ればいくらになるかとバチ当たりな事を考えていた僕だが、急に会話に入ってきた物騒な響きに思わず眉を顰しかめた。
「生き残る、ですか?それって文字通りの意味ですか?」
寮長の目を下から覗くように聞くと、妙に間抜けた表情で彼は頷いた。
「もちろん。ここは寮同士の横のつながりはいつも争い事の種だ。
しかし寮内の縦のつながりは比較的強い傾向にある」
「ーーなるほど。それがオリエンテーションのもう一つの意味ってことか・・指輪云々を通して、先輩と協力体制を築くってことですね」
思わず感心した声を上げると、寮長がフッと笑いこちらを見た。
「話が早いな。そういうことだ」
「学園歴代の死亡事故を含むアクシデントの情報をまとめてみたら、1番生存確率が高かったのは寮のメンツを頼ったケースだったんだよね。
で、オリエンテーションはいつからかこんな感じになったってわけ。
ーーまぁそういうわけで他寮から喧嘩売られた時は、一言声かけて…。助太刀するとは限りませんけど」
「そこは「助太刀するぜ!」じゃないんですか」
「いやいや明らかに分が悪かったら助太刀の意味も有りませんし?」
「頼りづらいなぁ…」
仄暗く笑う補佐生に、新入生の面々は不安げだ。
「そうはいっても俺は寮長だからな。嫌でも首を突っ込まざるを得ないんだ。面倒だから揉め事を起こしてくれるなよ」
はぁとため息をついてふんぞり返った寮長は、めんどくさそうに話を切り上げた。
「ま、そこの金髪が言ったように、センパイの頼り方を知るのがオリエンテーションの本当の目的だ。指輪を手に入れる為に俺たちを使え」
そう言い切ると、寮長は座ったソファから上を眺めるように顎をクイっと上げた。
どこを見てるのかと思わずその視線の先を振り返って見ると、同じ深緑色のネクタイをしめた生徒がゾロゾロと2階の中廊下に立っている。彼らは談話室の僕らを楽しげに見下ろしていた。
「改めて寮生一同、君達を歓迎しよう。
歓迎会はオリエンテーションが終わってからだが、な」