ふたりきり
初めての小説投稿です。
一癖二癖あるキャラクターを書いていけたらと思います。
pixivにイラストあり。
「今日の予定は一限から順に、入学式、オリエンテーション、昼食を挟んで学園案内、寮長による各寮案内だ」
「あ、はーい」
真新しい制服の襟元を正しながら通学路を歩く。良い天気だ。
春の陽気が、不安で沈んだ心を慰めてくれる。
あ゛ーーー陽気パワーにしか縋れない自分が情けない
「今日の日替わりランチは、タブレの好きなオムライスだ。添え合わせにロースト・キャロットと記載あるが、希望なら変更させるがどうする?」
「やめてよ恥ずかしすぎるよ入学初日に人参嫌いでメニュー変えさせるとかダサさの極み、マジでやめてね」
「承知した」
「いやいやいやフリじゃないよ?本気で言ってるからね、言わないでね!!」
「承知」
「いや絶対承知の顔してないってやめてよ絶対だよロロート、その手帳見せて何書いてるのそれTODOリストのページじゃんむりむりむりホントやめてってば」
横の青年を睨め付ける。
肩ではねる黒髪と長い前髪を揺らし、鋭い目で真剣に手帳に何やら書き込んでいる。
ぐっ…コイツ背が高い上に顔のまん前で書きやがる!見えん!
「ほんとにダメだよ。ただでさえ王立学園からの転校なのに悪目立ちもいいとこだよ。要らぬ騒ぎは起こさない、首を突っ込まない。この学園・・・デヴェロカレッジの鉄則だって教わったろ?」
そう、ボクは世にも珍しい王立学園からの転入生だった。
有名どころの学校は世界に数あれど、王立学園の名を知らない者はいないだろう。なんていったって、王族やお貴族様、世界的著名人、大商人・大企業・大財閥のご子息ご令嬢、果ては類まれな才能を持つ芸能関係者まで、通うのは”当たり前に”王立学園だからだ。
【正しき道を進むものに光を】…これが由緒正しい王立学園のモットーである。
ちなみにこの正しさには、いわゆる長子も含まれる。
どえらいイイトコのお坊ちゃま・お嬢ちゃま…それも”跡継ぎ”となる、輝かしい未来を約束されたものが通う学園。成功を約束され、通うこと自体が一種のステータスでもある。それが王立学園だ。
ボクは元々、その王立学園に通う1年生だった。
「騒ぎになれば、全員はっ倒せば良いのです。のしあがると決めたのはタブレ様でしょう」
わざとらしく丁寧な口調でいけしゃあしゃあと言ってのける、しれっとした顔が憎たらしい。
「敬語やめろって。それにのしあがるって言ってもさ、ボクはここで自分を磨いてあわよくば良い位置にひっそりと咲きたいってなもんなの。立ち塞がるやつは全員薙ぎ倒すって意味じゃない」
心中、誰がそんな修羅の道を進むかと独りごちる。
昨年末、いろいろなお家騒動が重なって、ボクたちは一家離散の目にあった。
父母は亡くなったし、後継であるチャランポランな長兄はお家騒動のずっと前から行方不明。
後継の証も授与されていないどころか学園も卒業していないボクには、兄の代わりに家督を継ぐことは許されなかった。現状、行方不明だが後継の証を持つ兄がいるとのことで貴族の爵位だけが宙ぶらりんのまま残っている。
安定していた家業や収益になりそうな商いは、他の貴族によりピザを食べるが如く綺麗にカットし分配され貪り尽くされた。
そうして未成年のボクは、すってんてんの状態で世の中に放り出されたのだった。
ボクに残された選択肢は2つしかなかった。
1、行方知れずの兄が帰ってきてお家復興、家業を奪い返し再開してくれるのを待つ
2、あと5年で長兄の後継の資格は消え死亡扱いになるので、それまでに自分が実績を積み、家が取り潰しにあう前に代わりに家督を継ぐ
もちろん即座に判断を下した。ゼッタイ長兄をあてにはしないと。
ただでさえお家騒動でてんやわんやな時に現れなかった長兄だ。あの人のことだから死んではないだろうけど、目の前にもいない人を頼りにはできない。
幸い子どもの教育の権利が認められたこの国では学費の心配はしなくてよかった。
だからあのまま王立学園に通い続けて使えるコネは使いまくり、そこそこ良い職に就けるように狙うこともできたけど…
家業が全て分配された今では、良い職に就いただけではおそらく家督は継げない。
この国では、王家から拝命した「家業」を背負うものが貴族である。
兄が死亡扱いになり家督相続の順位が回ってきたところで、そもそもの家業がないのでは家名など継がせたところで無意味なのだ。
その場合はお家取り潰し、ボクは一般庶民の仲間入り。
ここまですってんてんになったのだから、いっそこのまま一般市民に下るというのはボク自身吝かでは無い。個人的にはむしろ自然な流れにみえるし抵抗もないのだが、大きな問題があった。
お家騒動の後始末に追われる中、唯一の肉親である妹が養女として引き取られていったのだ。満足な教育と生活を与える代わりに、会えるのは半年に一回という契約と共に。
提案は正直言って渡りに船。
妹の将来のための良案であったが、あの子は言った。
「ひとりは寂しい」と。
宙ぶらりんで、家名があるんだかないんだか分からない今にも消えそうな自分では大手を振って会えないのだ。万が一家名が消えてボクが庶民になったら、今度は会う事すら一切叶わないだろう。
自分の力を磨いて使えるスキルを身につけ、家業を取り戻し家督を得て、妹を連れ戻す。
そのために、王立学園からデヴェロカレッジへ転校する。
これが、ボクの選んだ茨の道だった。
◇
配布された資料を無駄に手元で遊びながら廊下を歩く。
今もなお隣で「相手に怯むな」「自分が自分らしく過ごせないくらいなら周りを黙らせろ」などと物騒な内容をそのお綺麗な口からこぼし続けている黒髪の青年は、表情もほぼ動かさずどこか淡々としている。
口を尖らせながら「ぼーりょくはんたーい」とブツクサ言うボクの傍ら、彼は小さくため息をついた。
ロロートは、かつてのボクの従者だ。
幼い頃からずっとそばに居た、何でもできる器用なヤツ。公には従者と主人という関係だったけど、友達として、いやほぼ兄弟として共に過ごしていた。
お家騒動の時も、呆然としたボクの代わりに様々な手続きを代行し各所の窓口となってくれていた。
我に返った時に慌てて感謝を告げたけど、これも仕事だの一点張り。
しかし以前はロロートに従者としての給金も支払っていただろうが、今は間違いなく無給なのだ。
生活費はアルバイトで賄っているし、むしろ協働して生計を立てている。なんなら給料日前は極貧すぎて野草とか集めて食べてる。生まれも育ちも生粋の貴族だった父母が知ったら泣く。いや草葉の陰で泣いてる声すら幻聴で聞こえてくる気がする。
仮にも貴族。野草食う貴族って何よ、許されるのかよ。
もう本当はボクのところにいる必要なんてないんだけど…ロロートは今も変わらずボクと共にいてくれている。
一緒に野草も食べてる。本当にごめん。
「この学園、デヴェロカレッジに転校した時点で目の前に立ち塞がる奴は全て薙ぎ倒すと決まっただろう。生きるか死ぬかの道を選んだのは他でもないオマエだ。わざわざ問題を起こさなくてもこの学園では勝手に問題が起きる。騒ぎの中心に立たずとも巻き込まれはするんだ、どうせなら自ら波に乗っていけ」
「うう…怖いこと言わないでよ。…ハァァ〜〜やっぱ本当にそんなに危険なのかなぁぁ。実は噂に尾ひれ背びれついただけって説を心から信じてるんだけど」
「のん気なもんだ」
ハンっと鼻で笑い、手元の入園案内の冊子に印字されたデヴェロカレッジの名前をなぞる。
デヴェロカレッジとは、これもまた有名な学園の一つである。ーーーー、悪名で。
自分だけの力を得たいもの、とにかく強くなるため自らを磨きたいもの、長子を差し置いてでものしあがりたいもの、…まれに、常ならぬ面白い変わったことが好きなもの、が集まる学園。
『自らに勝るものなし、鍛えよ磨いて征め』がモットーであり、弱肉強食、強いものがエライのだという実力主義な校風である。
真っ当なカリキュラムである王立学園に比べ、デヴェロカレッジでは多種多様な”磨くため”の授業が扱われる。磨きたい者にはそれに見合った授業を提供するのがこの学園であり、その内容によっては命の危険を伴うことも少なくない。
ーーー事実、全員揃って進級することは稀であると公式サイトに明記されているほどだ。
デヴェロカレッジの卒業生は類まれな能力を持つと言われているし、事実卒業生の素晴らしい功績はニュースで見ない日はない。
だがこの学校、校風やその学びの目的から、特に攻撃的な生徒が多いとも言われているのだ。
授業でも授業以外でも危険がいっぱいの学校として悪名高いが、反面、一個人として望む力を身につけられる。
・・・いいところのお偉い様が、死ぬかもしれない学び舎に好き好んで我が子を放り込むだろうか?
よって、危ない橋を渡らなくても輝かしい未来が約束された長子、そして野心なき次子等は王立学園に通うのが普通だ。
ボクも普通の一員だと思っていたんだけどなぁ、なんてぼんやり考えていると分厚い冊子をパタンと閉じる音が聞こえた。
「おいタブレ、アドバイスだ」
上から鋭い目が降ってくる。ニヤリと弧を描く唇が薄く開いた。
「邪魔者は踏み倒して励めよ」
「さっきから踏み倒すだの薙ぎ倒すだのはっ倒すだの・・・」
特大のため息をこぼしそうになるのを堪えて、ボクは従者(給金も払えてないけど…)と共に、学園の門をくぐった。
ここは生きる力を会得するための学び舎、デヴェロカレッジ。
この学園に来たからには、よそ見はしていられない。自らのために邁進し、能力を身につける。
それがここを生き抜くためのルールだった。