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話し合い

「リリベラ、お茶を淹れてくれ」

「はい」


 トポトポとカップにお茶が注がれる音が響く。


 ザッハート家についての談合の翌日。

 シオンに与えられた自室にて、二人は話し合いの場を設けていた。


 晴れてリリベラはシオン専属のメイドになったわけだが、肝心のリリベラへの説明をしていない事に気づき急遽開催されたのだ。

 本当は夜中の内にやってしまいたかったのだが、遅くまで起きているのはダメだとカレンに阻まれてしまったため今に至る。


 お茶を入れ終わりシオンの対面にリリベラが座った。それを一口飲むと、シオンは口を開く。


「あんまり驚いていないんだな。昨日のこと」

「いえ、驚きましたよ。でも私はシオン様のメイドですからね」


 理由になっているのかいないのか。リリベラの返事にシオンは眉をひそめる。


「僕のメイドだから無茶ぶりに慣れてるってことか?」

「そういうことじゃありませんよ。私は最初からずっとシオン様のメイドってことです」


 彼女はシオンが生まれた時からこの人が主人であると教え込まれて育ってきた。

 幼少の頃から暗殺者としての技を伝授され、メイド業と並行してそれらを習得したのだ。シオンこそが、自身の生涯仕える主であると信じて。


 ザッハートは暗殺の名家であると同時に使用人としての名家でもある。その教えはきちんとリリベラに染み付いていた。


 素直に称賛に値する。

 シオンがここまで頑張れているのも、大人としての精神あってこその話。それを子供の身でこなしているのだから、彼女は凄い。


「それで、僕に聞きたいことはないか?今なら何でも答えるぞ」


 出血大サービス。

 メイドとは、言うならば自分の配下だ。そんなリリベラに対し、シオンには隠していることが多すぎた。

それを少しでも解消できれば良いとの考えだ。


 どんな質問が来るかと身構え戦々恐々としている中、遂にリリベラが口を開く。


「当主以上の働き.....って何ですか?」

「え?」


 尋ねられたのは先日、シオンが最後に言ったセリフの真意だった。

 ザッハート家の真実を知った理由や、他にもある隠し事について聞かれると思っていただけにキョトンとした顔をするシオン。


 その拍子抜けといった感じはリリベラにも分かったらしく、苦笑を漏らす。


「私がもっと深い所を聞くと思いましたか?そうですね.....ザッハート家についてどこで知ったのか、とか」

「あ、ああ。正直そこら辺を突っ込まれるかと」


(俺もまだまだだな。想定外の質問で表情を崩すとは)


 驚いたことはバレている。ならリリベラに隠す必要もない。


「それも考えましたけど....私はあくまでメイドですからね。たとえシオン様が良いと言っても節度は弁えるものでしょう?」

「そんなことは——」

「それに、私はもうシオン様専属のメイドですから。今全てを話して下さらなくても構いません。しかし欲を言うなら、いつかは話して下さると嬉しいです」


 専属。その一言でシオンは全てを理解した。

 リリベラには、他の人間に仕えるという選択肢が消えたのだと。


 世間が良しといっても、彼女自身がそうはしないだろう。シオンという人間に絶対の忠誠心をリリベラは見せたのだ。

 それがザッハートという家の、いや彼女自身の決意だった。


(俺が、彼女に何かした記憶はない。ならリリベラは判断材料が無い中で俺に賭けてくれたはずだ)


 彼女がシオンを裏切れば、そこでシオンの計画は終わりだった。人を壊す方法は決して殺人だけではないのだから。

 あの場ではザッハートをやり込めたが、二度と同じ手は通じないしもう一度なんてものは存在しない。


 それでも、リリベラはシオンに賭けた。

 

(なら、俺がやるべき事は決まってる)


「もちろん。時が来れば絶対に話す。だから——その時までどうかよろしく頼む」

「ちょっ、シオン様!?」


 シオンは思い切り頭を下げた。

 主従関係だ。だが、シオンからすればこれは主従なんていう単語で済ませていい関係ではない。

 一蓮托生、シオンは力が無ければ生き残れない。リリベラはシオンが死ねば全てを失う。


 ゆえに、出来る限りの誠意を。


「......顔を上げて下さい」


 下げていた頭を上げる。

 すると、目の前には手が差し出されていた。


 それが握手のためのものだと気付くのに時間は掛からない。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 その手を握ると、リリベラは微笑みながらそう言った。

 その笑顔が美しかったのは言うまでもないだろう。


 ここに、シオンにとって異世界初の仲間と呼べる人物ができたのだ。







♦︎♢ 






 そんな出来事から一年。



 中庭で剣を振る。

 横薙ぎ、縦切り、切り返し。流れるようにそれらを組み合わせる。


 一年。この歳月は短いものではないと実感させるような練習だった。


 初めて剣を握り、フィリウスにボコられてから一年。シオンは毎日欠かさず剣の修練を続けていた。

 その成長速度には目を見張るものがあり、今のシオンは別人のように冴え渡った剣を使う。


 才能ではない。圧倒的な練習量がそれを実現させたのだ。

 最初の訓練で分かったように、シオン・ヴィクトールという人間の身体は基本的に性能が高い。自在に動くし、見た物聞いた物をすぐに吸収できる。


 後者は子供の脳だからかもしれないが、それでもシオンの肉体は優れていた。


 そして、久遠は一度ハマると凝るタイプだ。

 小学生の頃のシール集め然り中学の部活然り、一度熱中すると完全に冷めるまでそれをやり続ける。


 その性格が功を奏したのか、今のシオンの腕前はかなりの物になっていた。


「見てくれてありがとう、スヴェールさん」

「いえいえ、坊っちゃまのためならお安い御用ですよ」


 シオンは木剣を仕舞うと、庭の脇に立っていた人物に話しかける。

 

 彼の名前はスヴェール。ヴィクトール家に仕える庭師の一人だ。シオンが木剣を使って自主練をする条件は一つ、誰か大人が一緒にいること。

 それを満たすため、庭での作業があるスヴェールにその役を頼んでいた。


「それにしても、随分と強くなられましたね」

「そうかな?まだ父様に勝てないけど」

「あれでもあの方はトリニティの一人ですからな。今の坊っちゃまには厳しいかと」


 王国最強という称号は軽くない。

 この半年、フィリウスに戦いを挑むことでそれは学んだ。


 力をつけて挑めば、それに合わせた力量で相手をされる。そして最後にはいつも負けるのだ。

 つまり、二人の間には手加減ができるほどの力量差があるということに他ならない。


 仕方がないと分かってはいても、悔しいものは悔しい。


「まあ、ゆっくりやるさ。またよろしくね!」

「はい。それがいいでしょう。それでは」


 草木を整える仕事があるスヴェールと別れ、剣術の訓練をしていたのとは反対側へと向かう。


 そこには庭園があった。

 訓練用の無骨なものではなく、きちんと整備された美しい庭だ。中央には噴水が立っており、今も水を吐き出している。


 その横にある東屋では、シャリルがリリベラと遊んでいた。

 そして、二人以外にも一つの人影がある。


「お兄様!!」


 いち早くシオンに気付いたシャリルが抱きついてきた。もちろんシオンはシャリルから見えないのを良い事に、だらしない顔になっている。


「剣の練習は終わったのですか!?」

「うん。今日の分はひとまずね。シャリルは何をしていたんだ?」


 まるで兄と妹の会話だが、その年齢差は数ヶ月である。シオンが落ち着き過ぎているが、そこは神童だという言葉で誤魔化していた。


 それに.....いずれシオンに向けられる目は無くなるのだから。


「お疲れ様です。シオン様」

「ああ、リリベラとリックもご苦労さま」


 シャリルと遊んでいたのはリリベラだけではない。その弟、リックもシャリルに付き合っていた。


「こ、こんにちは。シオン様」


 リリベラはシオン達の二歳上、リックはリリベラの二歳下なので、丁度同い年ということになる。生まれ月はシャリルと近いので、彼はシャリルと遊ぶことが多い。


 リリベラと違いこの屋敷に従事しているわけではないので、シャリルと遊ぶ時間が取れるのだ。


「お兄様も一緒に遊べるんですか?」

「ああ、そのつもりで来たからね」

「なら皆で遊びましょう!」


 それから数十分後。

 子供ながらの鬼ごっことはいえ馬鹿にしてはならない。体力、気力が子供と大人では違う。

 その点シオンの体は大人、しかも普段から鍛えているためシャリルやリックとは比べ物にならない。


 大人げないような真似はせず、捕まったり捕まえたりを繰り返した。


 もっとシャリルと遊びたい。

 そんな気持ちはあれど、シオンにはやる事がある。


「シャリル。少しリリベラを借りてもいいかな?」

「はい!少しなら大丈夫です!」


(人の事を考えられるように成長して兄さんは嬉しいよ!)


 心の中で涙を流しつつ、シオンはシャリルを連れて屋敷の中へと入っていった。


 

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