潜む闇
剣を習い始めてから数日。
相変わらずシオンはフィリウスに突っ込んではやられてを繰り返していた。
その最中で分かったのは、フィリウスは教えるのが壊滅的に下手だということ。説明が下手というより、本人が感覚派なため参考にならないのだ。
そのため、模擬戦を繰り返して技を学んでいくしかなかった。
初っ端から打ち込んでこいと言ったのはそういうわけだ。
実戦は何にも勝るというのは本当のようで、数日しか練習していないが初日とは見違えるようになった。
(だけど、このペースでも心配が残る)
普通の子供よりは速いペースで上達していると言えるが、これで安心かと言われると否である。シオンが心配性なのもあるが、万全を期しておきたいというのも正解だった。
(......そろそろ動くか)
転生者として、出来ることはやっておく。その考えに基づき、シオンは動き出した。
リリベラを探して屋敷の中を練り歩くと、丁度良く見かけたメイドから庭で作業中だという情報を手に入れた。
剣の訓練をしている庭に行くと、倉庫の備品を整理しているリリベラを見つける。
まずやる事は簡単だ。
①リリベラに話しかける。
「リリベラ。メイド長と執事長に話があるんだが......今日の夜は二人ともいるか?」
メイド長はリリベラの母、執事長は父だ。
くっつくべくしてくっついたというか何というか、お似合いな二人である。
「大丈夫だと思いますよ。何の話ですか?」
「いや、後で分かるよ。それじゃ夜に伺おう。二人にもよろしく言っておいてくれ。作業の邪魔をして悪かった」
ここで用件を言ってしまっては意味がない。少し怪しまれたかもしれないが、特に問題はないだろう。
これで第一段階はクリア。あとは夜まで待つのみ。
というわけではなく、屋敷の中に真剣を隠しておく。なお、真剣はそこらに飾ってあった内の一本を拝借した。
そして、待ちに待った夜。
一つの家とはいえ異常に広いこの屋敷には、外にも魔道具でできた街灯が設置されている。
そして、屋敷の離れは庭の向こう側にあった。
使用人一同が住む場所であり、数が多いのでかなり広い造りだ。
フィリウスはいつも通り業務をこなしているし、カレンも同様。シャリルはもう寝ていることをリリベラが確認している。
部屋の灯りは消し、ベッドにはダミーをおいてカモフラージュも万端だ。
シオンはリリベラと一緒に離れに向かい、奥にある応接室に向かった。
(ミスれば死ぬ。そのレベルでこれからやる事は重大だ)
扉の前で一旦止まり、目を瞑る。
覚悟は出来た。あとは計画をやり切るだけだ。
己に喝を入れ、扉を開く。
ちゃんと話は通されていたらしく、中には執事長とメイド長が待機していた。
業務時間外だというのに燕尾服とメイド服を身に付けているが、これは当主の息子であるシオンに配慮した形だろう。
「ようこそいらっしゃいました、シオン様」
「どうぞ、こちらにお掛けください」
執事長——バロックの言葉に従いソファに腰を下ろす。
「ああ。二人とも座れ」
「いいえ、我々は使用人でこざいますゆえ」
「ならやはり座れ。使用人なら僕の言うことが聞けるだろう?」
これからする話は立って聞けるようなものではない。
(座ってて貰った方が良いしな)
少し権力を濫用してみると、二人は渋々ながらもソファに座った。
「リリベラも居てくれて構わない。ここにいる全員に関係している話だからな」
リリベラが退室しようとするのを引き止め、彼女を斜め後ろに立たせる。さすがにリリベラが座るのは二人の前では許されない。
シオンが強く言えば大丈夫だとは思うが.....そんな事で無駄に時間を取る必要はなかった。
「それで、お話とは?」
「悪いが前置きは苦手でな。単刀直入に言わせて貰うが——
僕はザッハート家の真実を知っている」
喋り終わった瞬間、二方向からシオンの喉元に刃が突き付けられる。恐ろしいほどに彼らが動いた音はせず、ただただ静かに生殺与奪の権は奪われた。
古くからヴィクトール家に使える一家、ザッハート。それが世間、主に貴族間での認識だ。
しかし、その実態は生粋の殺し屋。暗殺諜報を生業とする一家だった。
そしてシオンのメイド、リリベラはザッハートにおける次代の当主である。
本来ならこれはシオンがヴィクトール家の当主となった暁に知ることができる真実なのだが、そこは転生者。
原作で得た知識は最大限に有効活用する。
(怖えぇぇ!!チビるかと思った....)
だが、自分が生きているということは打開の余地があるということに他ならない。
ここからが本番だ。
「何処で知りましたか?返答によってはシオン様とあれど容赦はしません」
返答一つで首が飛ぶ。ナイフが腹に刺さった時とはまた違う恐怖が顔を出す。
だが、だからこそ——
「誰に物を言っている?情報を握っているのはこちらだ。図に乗るなよ」
堂々と。こちらが優位であると錯覚させる。
五歳の子供とは思えない眼光。そして胆力に二人は顔に出さず動揺する。
今のシオンは完全にポーカーフェイス。内心の焦りを微塵も感じ取らせない態度だ。
ここで失敗すれば、命を取られなくともいつか死ぬ。この場を切り抜けられなければ、十年後の死はほとんど確定事項になってしまう。
(なら、怯えるだけ無駄だろう?)
恐怖心など、とうに無くなっていた。
「まあ座れ。お前達なら僕如き座っていても殺せるんだから」
「........分かりました」
もう一度、対談の姿勢に戻る。
目の前に座る二人は既に執事長とメイド長ではない。暗殺者としての二人がそこにはいた。
「さて。僕がこの情報をどこから仕入れたのかは言うことができない。お前達にとっては重要だろうがな」
そもそも、誰からも手に入れていないのだから言うことができないのは必然。転生〜なんて言っても信じないのは明白だ。
「私達がそんな貴方を見逃すとでも?」
「いいや、下手すりゃ殺そうとまでするだろうな。だが正直言って僕はお前達の正体に興味などないよ」
興味はない。そう、彼らが何者かなどに興味はないのだ。
暗殺一家、だからどうした?暗殺だろうが何だろうが好きにやればいい。シオンもそこに関与するつもりはまったくない。
「信じる信じないは二人の勝手だが、一つハッキリさせておこう。リリベラは僕の専属メイドだ。それ以外はどうでもいい」
「えっ!?」
驚いたのか声を漏らすリリベラ。
取り敢えずそれは無視して二人の反応を伺う。
最初から、狙いはリリベラだった。
ザッハートという家系そのものには何の価値も見出していない。重要なのは彼女がシオンに協力することである。
「ちなみに言っておくがお前達に選択権はない。僕が今ここにいる事は母様が知っている。それがどういう事かは分かるな?」
あまりに帰るのが遅ければ、具合が悪いのはザッハートの方だ。カレンの親バカさは他でもない二人が一番知っているだろう。
「なるほど、分かりました」
数秒の沈黙の後、口を開いたのはメイド長だった。
「してやられましたよ、シオン様。この話に応じた時点で我々に選択肢はなかったという事ですね」
シオンに何か害をなせばカレンが来るため隠蔽は不可。貴族という立場上もそれは不可能に近い。
武力という脅しにシオンが屈しなかった以上、彼らに対抗の術は残されていなかった。
「じゃあ交渉は成立だな。あ、あと安心していいぞ。僕は当主になるつもりはないが——それ以上の働きはするつもりだからな」
そう言い残して、シオンは部屋を出る。
「........あの方は何者なんでしょうね?」
台風の目が出て行った応接室で、バロックは自らの娘へと問いかけた。
事前の仕込み、話の仕方、そして脅しをものともしない精神力。その全てが子供とはかけ離れている。
それに加えて、シオンの目は二人の動きを捉えていた。動けはしなかったようだが、確実に暗殺者である二人を目で追っていたのだ。
「さあ?私にも分かりませんよ。でも.....自慢のご主人様、ですかね」
父からの質問に、リリベラはそう返す。
屋敷への帰り道。
シオンは自分の腰を見て。
「そういえば、用意した剣使わなかったな....」
と、そう呟いたのだった。