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剣術

 ヴィクトール家の巨大な庭の一端。

 そこにシオンとフィリウスの姿があった。


 フィリウスはいつもとは違い訓練用の衣服を身につけており、シオンもそれに倣い動きやすい服を着ている。


 これから行われるのは剣術の訓練。

 それを教えてくれるのがフィリウスであるということに、シオンはこれ以上ない喜びを覚えていた。


 フィリウス・ヴィクトール。

 貴族、イケメン、この二つのステータスだけでも日本なら引っ張りダコだが、彼にはもう一つの肩書きがある。

 それはトリニティと呼ばれる王国最強の三人の騎士の一人だということ。


 人呼んで、《剣聖(ソードマスター)》だ。

 

 扱う魔法の威力、技巧はもちろんのこと、その剣技は一級品。竜すらも切り裂くという彼らに畏敬の念を込め、人々はトリニティと呼ぶ。


 その力ははったりではなく、彼は原作にも登場する。

 まだまだ未熟である主人公が危機に陥った時、彼は現れた。登場するのはかなり序盤の方であり、それが後々のシャリルとの関係に繋がるのだ。


 そこでも彼は《剣聖》としての力を発揮し、主人公を襲おうとしていた魔物を斬り伏せる。

 その圧倒的な強さたるや、原作最強格とも呼ばれるフィリウスに剣を教われるのは、シオンにとっても僥倖だった。


「さて、これからシオンに剣を教えるわけだが.....その前にいくつかルールがある。一つ目は、私がいない所でその木剣を使わないこと」


 フィリウスの前に立つシオンの手には、子供用に作られた木剣が握られている。木で出来た剣とはいえ、直撃すれば大人でも怪我をするものだ。


 幼子が持つには危険であるからこそ、フィリウスは厳しく決まりを設ける。


「だが、シオンも一人で練習したい時があるだろう。その時は私に許可を取り、誰か大人の目がある所でなら使用を許す。ここまではいいな?」

「はい、父様」


 禁止するだけで終わらないのがフィリウスの良い所。

 シオンの考えでは、剣を教わるだけでは足りない。更に自主練をすることで、ようやく目標に辿り着ける。


 大人の目がある所なら簡単だ。

 自分で練習ができるならそれに越したことはない。


「二つ目は、私の言う事を絶対に聞く事。使うのが木剣だろうと武術の訓練だ。いいか?」


 子供には危険な訓練。シオンは成熟した精神を持っているが、体は子供なのだ。そうでなくとも、シオンは武術の経験などない。

 だからか、フィリウスの言う事はきちんと聞くつもりでいた。


「はい、もちろんです。父様の言うことがどんなに可笑しくても聞くと約束しましょう」

「ああ、私もシオンを危険に晒したくはない。それに....母さんからも厳しく言われているからな」


 遠い目をして呟くフィリウス。

 今の反応でこの家の力関係が分かるだろう。求婚したのがフィリウスからの手前、惚れた弱みというやつだ。


「そうですね.....」


(父様が怒られると多分俺も怒られるんだよな)


 一度本気で怒ったカレンを見たことがあるが、あれは酷い物だったと思いを馳せる。矛先が自分に向いていなかったから良かったものの、あれは味わいたくはない。


「まあそれはいい。大事なのは三つ目、無闇に力を振るわないことだ」

「無闇に....ですか?」

「ああ。私が今から教える以上、シオンは強くなる。同年代の子よりも遙かにね。そして、その力をきちんと考えて行使しなさいという事だ」


 フィリウスは子供には難しかったかなと苦笑する。

 

 そんな中、シオンは思っていた。


(もしかしたら、このルールは守れないかもな)


 シオンの行動理念は、シャリルと自分の命だ。

 その二つが危険に晒された時、その危険性がある時、自分は力を使わないはずがない。


 それが他人にとって常軌を逸した行動だろうと、だ。

 

 最善であろうとなかろうと、それは変わらない。


 だが、それを馬鹿正直に言うわけにいかなかった。


「分かりました。父様のルールに従います」


 にこやかにシオンは嘘をつく。

 しかし、この思いは嘘ではない。必要に迫られなければ、フィリウスの教えは絶対に守る。そう決めた上での嘘だ。


 普通の子供なら顔に出るので見破るのも簡単。

 だが生憎とシオンは普通ではない。笑うことで自分の雰囲気を隠し通している。


「よし!なら早速訓練に入ろう。まずは私と模擬戦だな。剣の握り方や振り方は教えるから、そこからは自分でやってみろ」

「はい、よろしくお願いします」




 そして数分が経つと、二人は庭に向き合うようにして立っていた。


 もっと基礎的な事を教えてもらえるのかと思えばいきなりの実戦形式。


(いきなり過ぎるだろうに。でも.....楽しみだ)


「さあ、どこからでも来い」


 その言葉に腰を落として構えると、シオンは思いっきり地面を蹴る。


「はい!!」


 速い。

 初めての全力疾走は思ったよりも速かった。自分の肉体性能の高さに驚きながらも、目線はしっかりとフィリウスを捉えている。


「いいぞ!!」


 木剣を持つ手に力を込め、フィリウスの胴を目掛けて剣を振るった。今の自分にできる最高と一振りだったと断言できるほどに美しい剣閃。


 剣を初めて持った子供にしてはあまりにも綺麗だった。


「......っ!」


 が、それは難なくフィリウスに防がれてしまう。

 最初から当たると思ってはいなかったものの、態勢すら崩すことが出来なかったことに悔しさを覚える。


 木剣同士がぶつかり合い、その痺れるような振動が手に伝わる。勢いのある一撃だっただけに、返ってきた衝撃も軽くはない。


 駆け巡った衝撃に顔を顰めていると、手が痺れていることに気がついた。


「次だ!!」

「はぁっ!!」


 それもお構いなしに、シオンはもう一度剣を振るう。縦に剣を振り下ろすと、やはりフィリウスに弾かれる。


 二度、三度、それからも攻撃を繰り返した。

 フィリウスの防御をすり抜けることを目指し、何度も突進する。体格に差があり過ぎて防御を崩すのは無理だ。

 そして、自分が勝っているのも小さな体のみ。

 

 フィリウスを翻弄するため、走り回る。

 攻撃をする度、防がれ、弾かれる。


 そんな訓練だが——


(面白い!次はあっち側から攻めるべきか?)


 その中で、シオンはこれまでにない楽しさを感じていた。


 シオンが死ぬ前の趣味は、ラノベやアニメだ。

 数多の主人公、そして敵でさえも武器を、武術を使い壮大な戦闘を繰り広げている。


 殴る、蹴る、斬る、突く、叩く、その手段は様々ではあるが、中でもメジャーなのはやはり剣術。


 『聖剣と戦乙女』でも、ほとんどの主要人物がそれぞれの武器と戦い方を持っていた。主人公は例に漏れず、剣を使う。


 しかし、日本では銃刀法違反。剣なんて持っていれば即通報もいいところだ。

 そんな武器を、剣術を、今シオンは学んでいる。


 これは目標のための行動だが、それを踏まえても胸の高鳴りは変わらない。異世界に来てから、こんな事が増えた。


 日本では考えられなかった感動が、この世界には溢れている。


 だから——苦にはならなかった。


 突っ込んで、斬る。こんな単調な動きを何度も繰り返すことが。


「ふっ!」


 振り下ろした剣を、そのままの勢いで切り返す。

 意表を突いたと思われた一撃も、簡単に防がれた上吹き飛ばされた。


(まだだ!)


 空中で体を捻り無理矢理態勢を整えて着地し、跳躍する。

 低い態勢から崩せないなら上から。そう考えた結果の行動だ。


 フィリウスは一瞬驚いたような顔になり、笑った。

 シオンの剣は受け流され、優しく地面に降ろされる。


 立ち上がろうと足に力を入れるも、がくりと地面に倒れてしまった。


「あれ?」

「もう限界のようだ。体が動かないだろう?」

「は、はい」

「少しやり過ぎたかもしれないな.....母さんに怒られるかも」


 気づけば手は震え、足は動かない。疲れているのは自分でも感じていたが、まさか急に動かなくなるとは思わなかった。

 アドレナリンやらの影響だろうか。


「今日の訓練はここまでにしよう。一人で起きられるか?」

「はい。父様は先に戻っていてください」

「分かった。シオンも戻ったら水浴びをした方がいい」


 そして、シオンは庭に一人ぽつんと残される。

 大の字になって寝っ転がっているシオンの頭を埋め尽くすのは、先程の訓練だ。


「くそ.....手も足も出なかったな....」


 本来なら五歳児のシオンがフィリウスを相手に何も出来なくてもおかしくはないのだが、今のシオンにそんな考えはない。


 自分はまだまだ弱いと再認識させられた。

 

(ラノベの主人公のような才能なんてないと、そう分かったことは収穫だな)


 悔しい。久しぶりにこんな純粋な感情を抱いた。


 今回は何も出来なかった。

 ならば、これからはそうではない。何も出来なかったなら、一つずつ出来るようになれば良い。時間なら()()ある。


「そうだ。これからだよな」


 そう呟き、シオンは一層励むことを決めた。

 

 もっと強く、賢く。そして生き延びるために。

トリニティの名前は適当です。

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