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妹と両親とメイド

 声をかけると、シャリルは扉を開けて書斎へと入ってきた。


 五歳にして可憐な容姿をしており、金色の髪に青色の瞳がよく映えている。子供用に仕立てられたドレスも、色合いが似合っているあたりメイドさんの実力が分かるようだ。


「おはようございます!兄様!!」


 そう言ってシャリルはシオンに駆け寄って抱き着いた。そこには満面の笑みが浮かんでいる。


「おはよう、シャリル。今日も元気だね」


 それに対し、シオンは落ち着いた声音で挨拶を返した。シャリルと同じように、その口元には笑みが浮かんでいる。


 お似合いの二人というか絵になる二人というか、まるで一枚の絵画のような兄妹愛がそこにはあった。


「あのね!今日は新しいドレスなの!あと髪留めも!」


 言われずともシオンはその違いに気づいている。妹狂いであるシオンからすれば、サイ○リヤの間違い探しよりもイージーであった。


「うん、よく似合ってるよ。これはテリヤ商会の物かな?」

「うん!父様が買ってきてくれたの!」


 蝶の形をした髪飾りを指しながら何処で売られていたのかを推測するシオン。

 二人は同じ歳なのだが、生まれた時期が違うため兄と妹という区分になっている。


 それにしてはシャリルには落ち着きがないと思うかもしれないが、シオンが落ち着き過ぎているだけでシャリルは普通の五歳児だ。


「それでね。兄様、今日は一緒に遊んでくれる?」


 シャリルはシオンに抱き着いたまま上目遣いで質問を投げかける。シオンにクリティカルヒット!


(今日は確か用事があったはずだけど.....)


「もちろん!何をしたいんだい?」


 家の用事などシャリル(可愛い妹)のお願いに比べれば瑣末なことに過ぎない。快く承諾したシオンだったが——


「駄目ですよ。シオン様。今日は礼儀作法の勉強があるでしょう?」


 いつのまにか、シオンの隣には一人の女性が立っていた。女性、というには少し幼すぎるが、その雰囲気は大人びている。

 そして身に纏っているのは男の浪漫、メイド服であることからヴィクトール家のメイドのようだ。


「シャリルが遊ぼうと言っているんだぞ?礼儀作法などどうでもいい」


 シオンからすれば礼儀作法くらいならいつでも学べる。いざとなれば本から知識を取り入れればいいし、彼にとってシャリルほど大事なことはないのだ。


「駄目ですよ。怒られるのは私なんですから」

「まあそう言うなよリリベラ」


 リリベラと呼ばれたメイド。

 彼女はここ、ヴィクトール家に代々使えるメイド一族の一人だ。シオンが転生した場にいたメイドさんの娘でもある。

 ちなみに彼女の母親はメイド長であり、めちゃくちゃに厳しいということでヴィクトール家の使用人から恐れられていたりもする。


「今日は一日中でも遊ぼうな、シャリル!」


 止めるリリベラを無視し、シャリルへと顔を向ける。


「ダメだよ!兄様、お勉強はちゃんとしなきゃ!」


 が、それも純真無垢な一撃によって無効化され、シオンの笑顔が固まった。


「いや、でも、今日は遊ぶんじゃないのか....?」

「ううん、兄様は勉強でしょ?私はリックとリリベラと遊ぶから!」

「グハァッ!」


 事実、「兄様は勉強がんばってね。私は他の人と遊んでるから」という言葉に吐血並のダメージを喰らう。


 妹がいい子に育っているのを喜ぶべきなのか、遊べないことを嘆くべきなのか。少なくともシャリルにちゃんと勉強しろと言われれば断ることなど出来はしない。


「そう....だな、シャリル。兄さんは勉強に励むとするよ......」


 意気消沈、といった様子でそう言うシオンの背中には、言いようのない哀愁が漂っている。それを見かねたのか、リリベラが声をかける。


「まあまあ、私も付き合ってあげますから。それに.....早く終われば遊べるかもしれませんよ?」

「そうだ....そうだな!よし、ぱっぱと終わらせよう!」


 この男、チョロい。リリベラは主に向かって不敬にもそう思う。

 それを口に出してもシオンは怒らないであろうが、それでもメイドという立場上それを言うことはしなかった。


「そろそろ朝食の時間です。当主様達がお待ちですので急ぎましょう」

「ご飯!」


 リリベラの一声で二人は食卓のある部屋へと向かった。

 長く豪華な廊下を歩き、突き当たりにある扉を開ける。


 高級そうな花瓶、よく価値の分からない絵など、様々な装飾品に彩られた部屋だ。ここが意気消沈ヴィクトール家の食卓であり、家族団欒の場でもある。


「おはよう、二人とも。良く眠れたか?」


 上座に座っている男が二人に話しかける。

 ダンディな見た目に、それでも若そうな印象を与える彼の名前はフィリウス・ヴィクトール。


 このヴィクトール家の当主にして、シオンとシャリルの父親だ。


「おはようございます!お父様!!」

「おはようございます、父様」


 シャリルはフィリウスの方へと駆けてゆき、シオンは自分の席へと腰を降ろす。


「今日はリリベラが遊んでくれるんです!」


 シャリルが嬉しそうにフィリウスに報告する様子を見て少しの恨みを感じながら、シオンは側にいた執事に食事を持ってくるように言いつける。


 五歳の子供が大人に指図するなど、日本ではありえないことだろう。しかし、この世界では珍しいことではなかった。

 

 貴族制度。


 これが全ての答えを示している。

 この世界で貴族制度を採用していない国などほとんどいない。あったとしても、既にその国は崩壊している。


 まあ、世の中を蝕む貴族制度についてはさておき、今は朝食の時間だ。


「それでね、お父様に買ってもらった髪飾りもお兄様が褒めてくれたんだぁ!」

「それは良かったな。また今度新しいのを買ってあげよう」


 そう言いながらシャリルの頭を撫でるフィリウスの顔は緩みきっていた。


「父様も大概に親バカだよなぁ....」

「シオン様だけには言われたくないと思いますよ」


 独り言を聞かれていたようだ。手痛い返しを貰ってしまった。


「いや、僕のはシスコンで父様のは親バカだ。一緒にするんじゃない」

「何が違うんですか......」


 シスコンは妹を溺愛する兄ないし姉のことであり、親バカは子供を異様に愛するバカの事だ。というのがシオンの言い分だった。


「それに、どちらかと言えば父様はシャリルに傾倒しているし——」

「なら私はシオンちゃんね!」


 突然、後ろから抱き締められるシオン。

 ウェーブになった金髪がふわりと揺れ、シオンの頬に豊満な胸が押しつけられる。


 しかし、大人の精神を持つシオンでもそれに邪な心を抱くことはない。

 なにせ、彼女はシオンの母親なのだから。


 カレン・ヴィクトール。

 シオンとシャリルの母親であり、フィリウスの妻だ。フィリウスは貴族にしては珍しく一人しか妻を娶っていないので、彼女が夫人である。


 特徴を挙げるなら、彼女もまた重度の親バカだということくらいだろうか。娘であるシャリルはもちろん、シオンにも同じように接している。


「おはようございます、母様」

「おはよう、シオンちゃん!」


 いい歳(精神年齢)でちゃん付けをされるのは少し堪えるが、この身体の親なので何とも言えない。


「そろそろ、朝食にしようか」


 家族が揃ったところでフィリウスが声をかける。

 朝食は家族揃って。それがフィリウスの決めた数少ないルールの一つだ。


 それに合わせて全員が席につき、シオンが頼んでいた食事がテーブルの上に出されていく。

 

 朝から重い物はなく、朝食ということを十全に考慮した食事だ。この世界に転生してから、この家のコックの腕前には舌を巻かされてばかりだった。


 食事のマナーは一番最初に叩き込まれる。貴族の交流とはほとんどが食事の場。ゆえに無礼が無いように食事から教えられるのだ。


 なので、一番歳下のシャリルでさえ綺麗にご飯を食べている。

 

 始めは食事の度に怒られていたが、日本にいた頃は考えられないほどにシオンも食事を取れるようになっていた。


「そういえば......明日だったな、シオン」


 明日何があるのか。

 それはシオンが転生してから願っていたこと。目標のために必要不可欠な要素の一つ。


「お前に剣術を教えるのは」

「はい。その通りです」


 食い気味にそう答えたシオンの顔には笑みが浮かんでいる。

 半年前から頼み込んでいたことだ。頬が緩むのも仕方のないことだろう。


(やっと....やっとだ。やっとここまで来た!)


 やっと本格的なトレーニングに移れるのだ。

 今までのようなこそこそとやる魔力操作の練習などではなく、武力に直結する剣を学ぶことができる。


「でも貴方。怪我はさせないようにしてね?シオンちゃんはまだ子供なんだから」

「分かっているよ、カレン。まあ...シオンに才能があれば少しばかりやり過ぎるかもしれないが」


 最後にぼそりと付け足すフィリウス。いい性格をしている男である。


(なんか最後にめちゃくちゃ不穏な言葉が聞こえた気が....)


 多少の不安はあれど、稽古が楽しみなのに変わりはない。

 その後も談笑しながら食事は進み、フィリウスとカレンは食べ終わるとすぐに執務に向かった。


「よいしょ、俺も行くか....」

「兄様!お勉強がんばってね!!行こ、リリベラ!」


 シャリルはそれだけ言うと、リリベラの手を取って走っていってしまう。


 そして残されたシオンはというと、自分はシャリルと一緒にいられないという現実を噛み締めてその場に崩れ落ちるのだった。

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