転生してからのこと
自分は転生した。
その認識は日が経つにつれて大きくなっていき、やはりこれは現実であるとシオンも認めるようになった。
自分が実は昏睡状態で夢を見ている。なんてことを考えもしたが、だとしても自分のやるべき事は変わらない。夢なら楽しまなければ損だろうと半ばヤケクソになり、今に至る。
(シオン・ヴィクトール、ねえ....)
正直に言って、シオン自身もこの人物についてはあまり知らない。分かっているのも、彼が諸事情により十歳の時に命を落とすということくらいだ。
死に方や名前は知っていても、性格や強さについては全くといっていいほどに情報がなかった。
なので、自分がどうやって生きていけばいいのか決めあぐねていた。
だが、死ぬ気がないなら原作に沿う必要はないと気付く。それならもう自分の好きなように生きようと決めたのが五年前。
——そう、久遠がシオンとして転生してから、すでに五年の月日が経っていた。
最初は何をすればいいのか、そればかり考えていた気がする。
なにせ、赤ん坊の身ではやる事が何もないのだ。
やる事といえばお腹が空いたら泣くこと。トイレをしたくなったら泣くこと。暇すぎて泣くこと。
最初の方はずっと泣いて過ごしていた。
シオンも泣きたくて泣いているのではない。いい大人なのだし、落ち着いた子供になると思っていたのだが、体が勝手に泣き始めるのだ。
涙腺が緩くなったかのようにボロボロと涙は出るし肛門括約筋は活躍しないしで随分と恥ずかしい思いをした。
一番嫌だったのは一人で何も出来ないということだ。トイレも食事も、できるのは睡眠くらいのもの。
そんな生活を送ることを想像してみて欲しい。
そんな生活を送っている内に羞恥心を段々と感じなくなり、一時期仏のような境地に達していたこともある。
辛かった乳児時代の話はさておき、大事なのはここからだ。
この世界。というか『聖剣と戦乙女』の中には、いわゆる魔法というものが存在する。異世界ファンタジーなので当然といえばそうなのだが、男の浪漫がここには存在したのだ。
カレン——シオンの母親が何も無い所から水を出すのを見た時は感動したものだった。
そして、魔法を使うには魔力を必要とする。
魔力は一種の体内器官によって作られている謎エネルギーだ。
転生といえば幼少期から魔法の練習をして魔力量を伸ばすのがセオリーだろう。ということで、シオンもそれにチャレンジしていた。
まずは魔力を感じとることから始まる。
原作の方でもふわっとした説明しかなかったため、そこは手探りになった。
(ちゃんと書いとけよ!!)
といって作者を恨んだのは一度や二度ではない。
魔力の知覚に費やした時間は一年。そう、一年である。
その間瞑想などの色々な手段を試したが、やはり最後に物をいったのは自分の体内に目を向けることだった。
魔力、とは日本には無かった概念だ。ならば考え方も簡単。
今まで自分の中に無かった物。それが魔力だ。
血液、リンパ液、組織液。自分の体の中を流れる物のうち、魔力だけは別物だ。
そう考えた途端、身体中を違和感が駆け巡った。
それも一瞬で、少し経てば魔力を自在に感じることができるようになったのだ。
実際シオンのやった事は間違っておらず、転生者のみが使える裏技のようなものである。それを考え付けたのも、やる事がないという暇の産物だろう。
そこからも決して楽ではなかった。
魔力は筋肉と同じで、使えば使うほど内容量が増加する。違うのは、それが幼少期にのみ爆発的に起こるということ。
小さいから訓練すれば、莫大な魔力を持った魔法使いになれる。
言うのは簡単だが、これはほぼ不可能なことだ。
理由として、まず子供は言うことを聞かない。それに遊び盛りの時期に訓練をしようと思う子供はいないからだ。
そも、魔力を感じることができるようになるのは基本的に八歳ごろのため、どうやってもピークは過ぎている。
これでシオンの人生も安泰。かと思いきや、一日に増える魔力の量は微々たるものだった。
元々の魔力量が少ないため、増加量も少ないのだ。
それでも、シオンは魔力を消費し続けた。
吐きそうなほど酷い気持ちの悪さと倦怠感に耐え、毎日、毎日、毎日、魔力を放出し続ける。
並大抵の人間には出来ないことだ。
子供の身ではおろか、大人でさえ継続できるがどうか怪しい。
そこに崇高な目的があったわけでも、誰かに強制されたわけでもない。ただ、自分が強くなっていくのを感じるのが楽しかった。それだけである。
ゲームと一緒だ。
努力すればするほどステータスが上がる。シオンのようなオタクにすれば、それほど楽しいことはない。
子供だからこその成長と、シャリルの存在がシオンの努力を支えていた。
それに加えて少々の裏技を使うことで、彼の魔力量はその年齢での最大値に達していた。
また、魔力放出の際には大雑把といえど魔力操作の技術が必要になる。滑らかに、素早く、正確に魔力を操作できるようにすることにより、放出できる魔力が増えるのだ。
そうして五年。
シオンは立派な子供に成長を遂げた。
♦︎♢
豪華な装飾の為された扉が静かに開く。
そこから姿を表したのは、黒髪黒目に美しい容姿をした一人の少年。
何を隠そう、シオン本人だ。
五年という歳月をかけて成長した彼は、貴族然とした立ち振る舞いを身につけていた。
扉の先には沢山の本棚が並んでおり、ここが書斎であることが伺える。シオンは本棚から数冊の本を取り、窓際に置かれた椅子に座ってそれを読み始めた。
この世界に転生し、動けるようになってから最初に始めたのは本を読むことだ。原作を読んでいたとはいっても、覚えている事には限りがある。
そのため、今ある知識の確認と世界について知る事からスタートした。
それを行なっている内に、読書が習慣になってしまったのは言うまでもない。小説の裏設定を読んでいるようなものなので、退屈しなかったのも理由の一つだ。
今読んでいるのはこの世界の地理についての本。
歴史、地理、公民系の本は分厚くなりがちなので、何日かに分けて読んでいるのだが、ページ数が減る様子が見られない。
(やはり大陸は広いな。それにしては国の数が少ないが)
エルンデナ大陸。
中小あらゆる国々が存在する大陸だ。発展的な問題から、日本よりも国数が少ないのは異世界ならでは特色だろうか。
その中でも、シオンのいるアルジエナ王国はかなりの大国として知られている。大陸南部、その中央に位置し、武力、生産力、経済力。それら全てが安定した国だ。
魔物が跋扈する世界において、アルジエナは平和な国だと言えた。
今日の分を読み終え、次に魔法についての本を手に取る。魔法といっても、今のシオンに魔法は使えないため魔力操作についての勉強になるが。
それでもやった事は無駄にはならない。
魔法を使うことにばかり焦点がいき、魔力操作は最近の魔法学において軽視されがちだ。だが、魔法を使うにあたり一番重要なのは、その魔力操作だったりもする。
基礎が大事、ということだ。
魔力操作とは、簡単に言えば体内の魔力を動かすこと。これに尽きる。
しかし、それは魔力の知覚と同様に、シオンにとっては簡単な事ではなかった。感じとる事はできても、それを動かすとなると訳が違う。
身体の中に流れる魔力は、固く詰まっていた。血管に栓がされたかのように、いくら力んでもピクリともしない。
ここには機転などなく、ひたすらに力を込めるしかなかった。
その末、遂にシオンは魔力を動かすことを成功させる。
そこからはまた制御が大変だったりもしたのだが、今は難なく魔力操作が可能になっていた。
(あれはキツかったなぁ....)
そんな日々を思い出し感慨に浸っていると、小さな音を立てて書斎の扉が開く。数センチの隙間から覗くのは美しい青色の瞳。
「どうしたんだ?シャリル」
シオンが異常な努力をする理由となった妹が。五年の成長を経てそこにいた。
本番は十話くらいからなのでよろしくお願いします!