04 兄セールとは、なに? どういうこと⁉
兄セールとは?
まったくよくわからない言葉が脳内を混乱させるのだ。
今いる場所はコンビニのような雰囲気があるものの、無駄に広い空間が、そこには広がっていた。
それよりも、妹の口から放たれた、新しい単語に疑問を抱き始めていたのだ。
「それで、兄セールってなんだ?」
「それは兄セールだよ」
「いや、それが分からないんだが?」
「どうして?」
「どうしてもだよ」
「今日のお兄ちゃん、おかしいよ」
「おかしくないから、俺はむしろ平常なんだよ」
「んん、お兄ちゃんが、兄セールを忘れるなんて、どうかしてるよ」
妹は不満げにその言葉を発言しているのだ。
本当に意味不明である。
「まあ、しょうがないかもね」
「え?」
「だって、今週の朝、お兄ちゃん、階段から落ちたでしょ?」
「そんな記憶はないが」
「記憶がないってやっぱり」
「なんだよ、やっぱりって」
来栖尚央は疑問気に言うのだ。
「転がり落ちた勢いでわからなくなったかも」
「そんなことあるわけないだろ」
尚央は言い切ったのだ。
ありえないと思う。
階段から落ちた記憶なんてないし、それで記憶が飛ぶかも怪しい。
そもそも、ここは夢なんだ。
尚央は必死に言い聞かせ、念じる。
「しょうがないね。お兄ちゃんに一応説明するけどね。兄セールって言うのは、妹の数だけ、安くなるセールのことだよ」
「妹の数だけ?」
「うん。一人につき、全商品が一割ほどね。けど、半額までにしかならないの」
「そ、そうなんだ」
いや、そういうセールって、現実にはないよな。
尚央は何度も振り返るのだ。
「だからね、私がいるから、一割オフってこと」
「へえ、そうか」
「もう、なんで喜ばないの」
「なんで、それで喜ぶ必要性が?」
「妹が居てよかったとか、そういう思いとかないの?」
「……急に言われてもな」
視界に入っている妹は、別の存在である。
もっとも現実の妹とも、そんなに仲が良くない。
居てよかったとか、そういう気持ちにはなれなかった。
「ねえ、ひとまず、商品棚のところに行こッ」
「ああ、そうだな」
セールというならば、何か買った方が得な気がする。
来栖尚央はそう思った。
まあ、何も購入する気なんてないが、殆ど何も買わないで立ち去るよりかはマシだろう。
尚央は妹と一緒に店内を回って歩き、何を購入しようかじっくりと考えていた。
「あれ?」
尚央は漫画コーナーがあったことに今気づく。
「どうしたの、お兄ちゃん」
「いや、さっきまで、あんな場所なんてあったっけ?」
そこを指さす。
「漫画コーナー?」
妹は尚央が示した場所を見る。
「お兄ちゃん、漫画が欲しいの?」
「いや、欲しいとかより、何が売ってるかを見てからな」
尚央は漫画が置かれている棚のところに近づいていく。
色々な漫画が、そこには置かれているのだが……。
何かが違う。
これって……なんだ?
ネットでも見たことのない漫画を手に取った。
表紙は幼い子の胸が重点的に描かれたもので、一応、そのキャラは服を着てある。一般の人でも購入できる場所に置かれているということは、全年齢対象なのだろう。
「お兄ちゃん、そういうの、見たいの?」
「な、なんだよ。勝手にのぞき込んでくるなって」
妹はジト目で尚央を見ている。
疑いの眼差しだ。
「別に買うって言ってないだろ」
「でも、いいよ」
「え?」
「その漫画を見て、妹に……んん、妹の私に興味を持ってくれれば、買っても」
妹は頬を赤らめ、恥じらいながらも、満面の笑顔を見せてくるのだ。
そんな妹の仕草に、尚央は不覚にもドキッとしてしまう。
な、なんだ……い、いや、俺は妹のことなんて。なんとも思ってないし。
そう思いつつも、なかなか、魅力的な表情を向ける妹から視線を離すことはできなかった。
「ねえ、どうしちゃったの? フリーズして」
「え、俺、止まってたのか?」
「うん。もしかして、意識しちゃったの?」
「違うし。ありえないだろ。妹に、そんな感情……」
尚央は何度も心で深呼吸をする。
けど、不覚にも心臓の鼓動が早くなっていくのだ。
なんなんだよ、この感情……。
落ち着け俺。
今は妹を見てしまうと、さらに意識してしまうと思い、視線を合わせようとはしなかった。
とにかく、気まずい。
「ねえ、その漫画って、普段から読んでいたっけ?」
「これか? いや、今日が初めてだと思うけど」
「だったら、今日を機会に、妹系の漫画とか買った方がいいかもね」
「なんでだよ。いいよ、そんなに妹系の作品ばかりはさ」
強く拒否してしまった。
すると、妹はちょっとばかし、悲しそうに瞳を潤ませていたのだ。
いや、言い過ぎたかな。
尚央は反省した。
「私はただ、お兄ちゃんのために、その……今後のために勧めただけなのに。そんなに強く言わなくても」
妹の頬に雫が伝う中、辺りから嫌な声が聞こえてくる。
「おい、あの兄。妹を泣かしてるぜ」
「最低だな」
「これって通報案件だよね」
店内にいた数人の客が意味不明なことを言い出す。
な、なんだよ、この状況。
妹を泣かせることがNGなのか?
というか、通報って、警察みたいなのが来るってことか?
そ、それは不味い。
「あの、その、ごめんな。そういうつもりじゃなかったんだ」
尚央は何とか、妹を慰める。
「すいません。これはなんでもないですから」
辺りでその光景を見ている来店している方々にも注意深く説明するのだった。
「まあ、謝罪してるなら問題ないな」
「あとは、その妹がそれを受け入れるカナが問題なんだよね」
「ねえ、妹さん、どうなの?」
不安そうに見ている人らからも、声を掛けられていた。
「わ、私は大丈夫です。それに……お兄ちゃんのことは許しますので」
妹は泣き声で言う。
「まあ、いいや」
「次から気をつけろよ」
「今回は通報しないでおくからね」
強い怒りを見せていたお客は、スーッと消えるように、その場から離れていくのだ。
な、なんだったんだ、今のは。
一回でも失敗すれば、ああいう風に攻められなければいけないのか?
嫌だ、こんな世界。
尚央は泣きたくなった。
「ふ、ふふ」
「え?」
「う、そ」
「は?」
「さっきのは嘘だよ」
「――ッ」
尚央はチラッと舌を出す妹の罠にはめられたのだ。
「もう、早く謝罪してよね。あの発言が無かったら、今頃、お兄ちゃんは警察沙汰になっていたんだからね。まあ、私もヒヤヒヤしてたけど」
「あああ、なんだよ、嘘かよ」
尚央はイラっとした。
そして、妹に対する熱量が一気に覚めたような気がしたのだ。
まあ、これはこれでいいような気がする。
妹に対し、これ以上、変な気持ちを抱きたくないからだ。
「ね、あとはね。これも買いなよ」
「なんだ、これ?」
妹から手渡されたのは、幼い子供が表紙に描かれた漫画などだった。
しかも、露出度が高い奴だ。
「私ね、こういうエッチなのもいいと思うの。お兄ちゃんが望むなら」
「いいから、やめろ、それ以上は」
妹は何かがおかしい。
今止めなければ、妹はこの店内で衣服を脱いでいただろう。
色々な意味で怖い。
警察のお世話になるのは御免だ。
「でも、さっきは本当に危なかったよ」
「どういう風に?」
「兄が妹の私のことを泣かせた場合、規律十五条、一定の監禁の刑が科せられるからね」
「は? なんだよ、それ」
なんなんだよ、その規律はヤバいだろ。
どれだけ、妹に対して、都合のいい規律を作ってんだよ。
そもそも、国のトップはロリコンなのか?
ここまで、妹中心の世界はおかしすぎる。
「ね、今は早く会計を済ませちゃおうよ」
「ああ、そうだな」
こんなに漫画を買ってもいいのか?
不安な感情を抱きつつ、再び、手に持っている漫画の表紙を見た。
それらすべて、魅力的な格好の妹が描かれているのだ。
どれだけ、妹好きな人が多いんだろ。
と、思いつつ、変な性癖が開花してしまいそうで怖くなる。
来栖尚央は、店屋のカウンターで、数冊の漫画と衣服。そして、妹が持っていたピンク色のエプロンを店員に渡す。
一割オフになった商品を、お金を出して購入するのだ。
意外にも、お金は日本円であり、夢の中でありつつも、至って特殊なやり取りはなかった。
店員は商品を袋に詰める。
「お買い上げありがとうございました」
尚央は商品が入った袋を受け取った。
妹が居ることで、割り引かれるということに、未だに自分の中で消化できていない。
「ねえ、お兄ちゃん。家に帰ったら、その漫画一緒に見よッ」
「いいよ。というか、妹はまだ小学生だろ? こういうのは早いような気がするんだけど。そもそも、なんで、あの場所にこういう漫画が売ってんだよ」
袋から如何わしい表紙の漫画を取り出し言う。
「それは妹が重要だからだよ」
「妹が重要?」
「うん。この世界は妹の力によってできているし。経済も妹の存在が中心だからね」
「ん⁉ ……んん⁉」
まったく理解できない。
世界が妹の力できている⁉
いや、まさか。
そんなのありえない。
「もしかして、信じてないって顔してるよね? やっぱり、打ち所が悪かったのかな?」
「そんなことないし。というか、妹が中心の世界って」
「でも、それが当たり前になってるの。だから、妹関係の事件があったらね。朝見せた法律本に書かれている、規律が適用されるの」
「……」
まったく不明だ。
どういうことだ?
妹が世界と関係するとは……。
「妹に何かあったら、大災害が起きるとか。まあ、そんなのないよな」
適当に口にした。
「あるよ」
「へ?」
尚央は変な声を出してしまう。
妹はハッキリと“あるよ”と言ったのだ。
聞き間違いではない。
「ほ、本当なのか?」
「うん。だから、すべてが法律の本で管理されているの。さっき、私が泣いていた時、人が集まっていたのは、大災害とか、そういうのを危惧して注意してたの。結構重要なんだよ」
「は、はあ……?」
この世界は狂ってる。
いや、夢だから当然なのか?
まあ、そういうことだと尚央は思い込んだ。
じゃないとおかしい。
それにしても、いつになったら目が覚めるんだろ。
そんなことばかり考え、妹と一緒に、店内の入口付近で待っていた鈴と再開するのだった。