21 意味不明な場所にいる俺は、妹から嫌悪感を示されるのだが…
「ねえ、いつまで、そこにいるの? 邪魔」
んッ……⁉
来栖尚央は、いきなり罵声染みた発言を受け、心が痛む。
ゆっくりと背後を振り向くと、そこには自分よりも背丈の低い女の子が佇んでいる。
彼女は、実の妹。
名前は……えっと、確か……莉奈だったかな?
血の繋がった妹の名前を忘れていること自体、おかしな話だ。
なぜ、すぐに思い出せなかったのだろうか?
「ねえ、そこにいられると、私、通れないんだけど? どいてくれない?」
「ご、ごめん……」
妹の莉奈よりも年上のはずだが、立場上、彼女の方が上になっているのだ。
莉奈とはあまり関係がよろしくなく、冷え切った状態だった。
……あれ? 俺はどうして、ここにいるんだ?
尚央は自分がいる理由がわからなかった。
そもそも、なぜ、視界には莉奈の姿があるのだろうか?
先ほどまで、外にいたはず。
違和感しかない環境に尚央は挙動不審になっていた。
「キモ、何? きょどってないで、本当にどいてくれない?」
「あ、ああ」
「まったく……」
莉奈はため息を吐くように、威圧的な視線を向けてくる。
小柄な妹なのだが、その眼光は大型動物を連想させるほどの目力があった。
「というかさ、俺はどうして、ここにいるんだっけ?」
尚央は横を通り過ぎていく妹へと問いかけた。
「は? 自分がいる場所もわかんないわけ? 頭とか大丈夫なの?」
「まあ、それなりには……」
尚央は自信なく返答した。
「そんなに頭の調子が悪いんだったら、さっさと病院に行ったら?」
莉奈は馬鹿にするような言葉を放ち、玄関の方へと向かう。
「というかさ。尚央みたいな人が、私の兄だなんて嫌なんだけど」
「ごめん、なんか……」
お、俺だって嫌さ。
尚央は心の中で、怒りを感じていた。
けど、事を荒らげたくなかったのだ。
余計な発言をせずに、ただ、妹の背中を見つめていた。
「……ねえ、尚央」
「なに?」
玄関で外靴に履き替え終わった莉奈からの発言。声のトーンが少しだけ、変わったような感じだ。
おとなしい口調であり、その中には優しさが混じっている気がする。
「何でもないし……」
莉奈は小さく呟くように言うと、玄関の扉の取っ手を掴む。
「私、出かけてくるから」
「そうなんだ」
「……」
莉奈は無言のまま、少しだけ、振り返り、来栖尚央の顔を見ていた。
「それだけ?」
「え? それ以外に何かあるのか?」
尚央は逆に問う。
先ほどから、罵声染みた発言をする実の妹。
一緒にいるだけで苦しくなる。
さっさと、どこかに行ってほしいとさえ、内心思ってしまう。
「もう、いいから、もう……ね」
莉奈は視線を扉の方へ戻す。
不満げな口調に、悲し気な背中を見せつつ、莉奈は扉を開け、自宅から外に出る。優しく扉を閉めつつ、その後、彼女が戻ってくることはなかった。
どこかに出かけに行ったのだろう。
行先は聞いていない。が、仮に聞いたとしても、威圧的な言葉のオンパレードになるだろう。余計に聞かないのが吉だと思った。
「というか、この家に俺一人ってことか?」
来栖尚央は辺りを見渡す。
視界には玄関。
そして、右側を向けば、リビングがある。
左側には畳の床で構成された茶の間が存在していた。
確かに、この家は自分の家だ。
どこからどう見ても、知っている場所であり、間違えるわけがなかった。
「俺、何かのイベントに参加していなかったっけ?」
尚央は思考する。
そうかと思い出す。
「妹イベントか。そういや、色々トラブルがあって、それから事務所に行ったんだっけか。それから、ツインテールの子に追い出されて……そんくらいか」
尚央はイベント会場のホールにいたはずであり、事務所の一階部分で、鈴と再会したところまで何とか思い出したのだ。
「こんな場所にいるわけにはいかないし、俺も外に出るか」
尚央は自宅前の道路に出てみる。
しかし、そこには兄妹同士が付き合っているような光景はない。
自分と同じくらいの年代のカップルが、楽し気に会話しながら歩いている程度。
なんか、普通だな。
そもそも、妹イベントはどこで開かれてるんだ?
この世界が、兄妹同士が付き合う世界ならば、視界に映っているカップルらに話しかけた方が手っ取り早い。
尚央は恐る恐る、二人がいるところへと近づいていく。
カップルと言えども、兄妹同士かもしれない。
話しかければ、何かしらの情報を得られるはずだ。
「すいません……」
尚央は問いかける姿勢を見せた。
「なんでしょうか」
返答の仕方、その表情を見る限り、同世代くらいのカップルであり、男子生徒の方が最初に反応してくれた。
「妹イベントって、どこで開かれてるんでしょうか?」
「い、妹イベント? な、なんですか、それ」
男子生徒は首を傾げる。
隣にいた女子生徒は変なモノを見るような視線を、尚央に向けていた。
あれ? おかしいな。
今日は妹イベントの日じゃなかったのかな?
そのカップルからの返答が薄くなる。
雲息が怪しくなり、発言したことを多少なりとも後悔し、少しだけ後じさった。
「なに、この人。妹イベントとか。きしょ」
「やばい奴かもな」
女子生徒からは敬遠され、男子生徒からはヤバい人扱いまでされた。
心の距離感を感じた尚央は、すいませんといった感じに、逃げるように立ち去ったのだ。
な、なんだったんだ?
というか、俺の方がおかしいのか?
来栖尚央は自分の発言を激しく後悔する。
自宅の玄関に入るなり、頭を抱えていた。
ああ、これじゃあ、ただの変な人じゃないか。
妹イベントとか、そんなのあるわけないし。どう考えても、兄妹同士が付き合っている世界とかあるわけないよな。
だったら、俺が知っている妹イベントは?
そもそも、妄想だったのか?
いや、そんなはずは……。
尚央はもう一度確認のために、外に出ようとしたが、扉の取っ手に触れた瞬間、先ほどの情景が脳内をよぎり、羞恥心に襲われてしまう。
これじゃあ、今後外に出るのがハズいというか。あのことが妹の耳にでも入っていたら、終わりだ。
「はああ……今日は大人しく家にいようか」
尚央は靴を脱いで、一度自室に向かおうとする。
が、ふと思い返す。
「今日は……日曜日? あれ? いつの日曜日だっけ?」
尚央は自分のズボンのポケットを触る。
が、スマホのようなものはなかった。
どこにあるんだろ?
多分、自室かな?
尚央は近くの階段を駆け上がり、自室の扉まで向かった。
「ここが俺の部屋か。なんか、妙に懐かしいな」
何か月も訪れていなかった感じがして、複雑な心境になる。
扉を開け、部屋に踏み込んだ。
辺りを見渡せば、パッと見、雰囲気が違うような気がした。
「俺の部屋って、こんなにあっさりとした感じだったか?」
勉強机、ベッド。本当にそれくらいしかない。
「なんか、人が生活していた感じのない空気感だな」
不安な感情を抱きつつ、ひとまず、机の方へと移動した。
「えっと、俺のスマホは……ここかな? いや、引き出しの中か?」
尚央は手当たり次第にスマホを探す。が、まったくそれらしきものが見つからなかったのだ。
え? なんで、見つからないんだ?
尚央は焦る。
もしや、無くした?
そんな嫌な結末が脳内をよぎるのだ。
そ、そんなことあるわけ……。
ここにないってことは、あっちの方かな?
尚央は部屋を出、階段を下り、リビングへと向かう。
室内を見渡すと、普段から食事をしているテーブル。テレビに、ソファと、小型のテーブル、食器棚とかが視界に入る。
「俺のスマホは……」
どこを見渡しても、そんなものはなかった。
誰かに奪われたのか?
いや、そんな事件に巻き込まれた記憶はないし。
最後、どこに置いたのか、思考していると、カレンダーが視界に入った。
「まあ、日にちが分かれば、いいし」
カレンダーは五月になっていた。
けど、曜日や、日にちが分からないので、今日がいつなのか、さっぱりだ。
「多分、妹が私服で外出したってことは……休日なんだろうな。って考えると、土曜日? いや、日曜日かもしれないな。んん……」
尚央はジーッとカレンダーと睨めっこしている状態だった。
「ああッ、やっぱり、わかんない。スマホがあればな……妹が外出する前に聞けば……」
尚央はため息を吐く。
そもそも、そういったことができるのであれば、妹との関係性が悪化することなんてない。
目線が合うだけで罵声を浴びせられるのに、そんな事、聞けないしな。
それ以前に、なぜ、この家にいるのか不明なのだ。
現状を把握するだけでも情報量が多く、混乱していたこともあり、先ほど莉奈とうまく会話できていなかった。
「あれ? もしや、妹の部屋に俺のスマホがあるとか? ……いや、まさかな」
一瞬、そういった思考回路になるのだが、冷静考えると関係の悪い妹がスマホを取るなんてありえないという結論に至った。
けど、なぜか、妹の部屋にあるような気がして、心が揺れ動いてしまう。
「まあ、一応、確認のために入った方が……」
尚央はリビングから出るなり、玄関を見る。
妹が帰ってくるような雰囲気はない。
部屋に入るのなら、今しかないと思った。
階段を上り、妹の扉前まで到達する。
「……き、緊張するな」
尚央の手は少しだけ震えていた。
いや、昔は普通に会話してたんだ。
入っても問題ないって。
そもそも、妹は今、家にいないんだ。
尚央は何度も自分に自己暗示をかけていた。
「う、うん……大丈夫だ」
尚央はドアノブに手をかけ、引っ張った。
妹である莉奈の室内は、意外にも女の子っぽい。
ピンク色のモノが多く視界に入る。
昔はそんなに背伸びした感じのモノを購入するような感じではなかった。
見た目とかに拘るようになったのだろう。
しかも、今風の女の子の香水の匂いがする。
中学一年生にもなれば、大体の女の子が所有していてもおかしくないアイテム。
尚央は莉奈の机へと向かうなり、見覚えのあるモノが視界に入る。
「こ、これって……俺のスマホ⁉」
なんでこんなところに、と思う反面。妹が、隠し持っていたことに複雑な心境になった。
尚央はスマホを手に取り、画面を確認する。
「今日は……五月の二十一日……日曜日か」
あれ? 二十一日? それに日曜日?
ということは、この前付き合い始めた彼女――高嶺涼音とのデートの当日だ。
時間は……十時五分か。
ということはもう待ち合わせを過ぎてるな。
尚央は焦る。
外に出たくないと思っていたが、涼音に会いたいという気持ちが勝ったのだ。




